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作成: 2007/09/07 伊東 靖之

データ番号   :020281
ベゴニア類のイオンビーム照射による変異誘発
目的      :ベゴニア類へのイオンビーム照射の影響調査と有用変異の誘導
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :重イオン加速器(12C135MeV/u,20Ne135MeV/u,14N135MeV/u)
線量(率)   :5-50Gy
利用施設名   :理化学研究所RIビームファクトリー(RIBF)、AVFおよび理研リングサイクロトロン(RRC)
照射条件    :大気中
応用分野    :農業、園芸学、植物育種

概要      :
 イオンビーム照射がベゴニア類の生育にどのような影響を与えるかを調査し、新規の突然変異誘発原としての可能性とその利用方法について検討した。その結果、千葉県で育成した新しいタイプのベゴニア「コーラルファンタジー」(Begonia tuberhybrida × B. bolibiensis )を対象として、花色等のバリエーション拡大を目的とした一連の実験から、黄色系の変異系統を作出した。 

詳細説明    :
1 生育に及ぼす影響
 ベゴニア原種の完熟種子(吸水及び乾燥)及び球根性ベゴニアの挿し穂を材料にイオンビーム照射を実施した。B.pearceiの2日間吸水した種子に対するネオンイオン及び窒素イオン照射(ともに135MeV/u)を行い、照射8週間後における生存率を調査した。その結果、ネオンイオン及び窒素イオンの10Gy照射までは影響はなかったが、20Gy以上の照射ではほとんど生存できなかった(図1)。また、B.socotoranaの乾燥種子に対するネオンイオン照射(135MeV/u)での生存率は、無処理区に対して10Gyで86%、20Gyで75%、50Gyで20%という結果であった。
 さらに、「コーラルファンタジー」の挿し穂(一部、発根苗)に対する炭素イオン照射(135MeV/u)の8週間後の生存率は、無処理区に比べて10Gyまではほとんど低下が認められなかったが、20Gyは半致死線量となった(図2)。これに対してネオンイオン(135MeV/u)では、5Gyで30%となり、10Gyではほとんど生存するものはなかった。しかし、挿し穂より新たに伸長した腋芽を材料に組織培養を行うことにより、多くの生存順化個体を獲得することが可能となった。一方、「コーラルファンタジー」と比較して草勢の弱い種を用いた場合、照射によるダメージからの回復が遅くなり、結果的に生存個体が少なくなることを確認した。
 以上の結果及び一般的にイオンビームによる変異誘発では生存率が低下し始める線量を基準としてその1/2程度でも充分であるとされていることを踏まえて、ベゴニア類へのイオンビーム照射の適正線量は吸水種子へのネオンイオン及び窒素イオン照射で5〜10Gy、乾燥種子へのネオンイオン照射で10〜20Gy、また、挿し穂を材料とし組織培養を併用した場合は、炭素イオン照射で5〜10Gy、ネオンイオン照射では5Gy以下と判断した。


図1 B.pearcei 吸水種子へのイオンビーム照射が生存率に及ぼす影響(照射8週間後) 注)生存率は無照射区の生存率を100%とした場合の比数(原論文1より引用)



図2 「コーラル・ファンタジー」への炭素イオン照射が生存率に及ぼす影響 (8週間後調査) 注)生存率は無照射区の3週間後の生存率を100%とした場合の比数(原論文1より引用)

2 有用変異個体の作出
 ベコニア類は雌雄異花であり、交配による変異の固定には時間がかかる。イオンビームでは、ナス科植物の種子照射において照射当代に劣性変異が固定されたという報告がある。そこで、B.pearcei及びB.socotoranaの照射種子において、生存した個体(B.pearcei 235個体及びB.socotorana 121個体)を育成・開花させて、照射当代において外観形態を調査した。しかし、草姿、花型及び花色等において有用な変異個体を得ることはできなかった。
 一方、「コーラルファンタジー」の挿し穂を材料に炭素イオンまたはネオンイオンを照射し、新たに展開した腋芽の葉片培養を行い、生育した植物体を順化個体として鉢上げし、総計2,417株を温室に展開した。開花期に花色を観察したところ、炭素イオン10Gy照射区527個体からのみ花色が濃桃色より黄色に変異した1個体を獲得した。しかし、有用変異の誘導率は0.19%と低い結果であった。今後、この誘導率を高めるためには、組織培養の適用方法等についてさらに改善することが必要と考えられる。
3 「コーラルファンタジー」の花色変異
 獲得した「イオンビーム変異個体」1系統について形質調査を行った結果、開花株の生育量は対照品種「コーラルファンタジー」と比較して、草丈や株張りでやや大きな値を示したが、いずれの調査項目についても明確な差は認められなかった。開花性状については、花梗長と花弁数には差がなく、花径がやや小さい値を示した。花弁の色についてのみ、明確な違いが認められた(表1、表2)。
 選抜した「イオンビーム変異個体」は、葉挿し繁殖によるソマクローナル変異から選抜・育成された類似花色品種の「クリーミーファンタジー」と比較し、生育及び花色に差はなかったが、商品性を大きく左右する花径の大きさ及び花弁数でやや劣る結果となった。

表1 「イオンビーム変異系統」と「コーラルファンタジー」系品種の開花時の生育(cm)(原論文1より引用)

 品種名                   草丈   株張り     葉頂部   葉基部    葉幅 葉柄長 茎径 節間長
                                横    縦    の長さ   の長さ
イオンビーム変異系統     12.5   20.5 19.7    10.2      2.7     4.8   4.0   0.4   1.5
コーラルファンタジー     12.0   18.0 18.0     9.6      2.6     4.9   4.5   0.4   1.5
クリーミーファンタジー   13.5   20.0 19.6    10.1      2.5     4.9   4.5   0.4   1.5
アプリコットファンタジー 12.5   21.0 20.5     9.8      2.6     4.8   4.0   0.4   1.5

表2 「イオンビーム変異系統」と「コーラルファンタジー」系品種の開花性状 注1)日本園芸植物標準色票による判定(原論文1より引用)

   品種名                花梗長     花梗長        花弁数           花径長花弁の色*1
                                    長径  短径                     表面         裏面
                            cm       cm     cm          枚
イオンビーム変異系統     9.0      6.8    6.7      33〜35           2503(淡黄) 2503(淡黄)
コーラルファンタジー     9.0      7.0    7.0      32〜38           0405(濃桃) 0405(濃桃)
クリーミーファンタジー   8.3      7.2    7.1      33〜37           2503(淡黄) 2503(淡黄)
アプリコットファンタジー 8.5      7.2    7.2      40〜42           1302(浅橙) 0703(黄桃)


コメント    :
 重イオンビームによる作物育種における多くの成功例が報告されている。原生地が世界に分布し、原種及び種類の多いベゴニア類においてもその適用が望まれるが、本実験ではソマクローナル変異の方が有効であった。今後、ベコニア類に対する重イオンビーム照射の検討を行うときは、種間差の有無、照射する材料(組織)の最適化、交配や組織培養法との併用等の検討が必要であろう。

原論文1 Data source 1:
ベゴニア類のイオンビーム照射による変異誘導
伊東靖之、関栄一、大越一雄、渡邉学、斉藤宏之、林依子、阿部知子
千葉県農業総合研究センター、理化学研究所
千葉県農業総合研究センター研究報告 6. 75-84.(2007)

キーワード:ベゴニア、イオンビーム、コーラルファンタジー、突然変異、育種、組織培養、葉片培養、花色変異、begonia,ionbeam,coralfantagy,mutation,breeding,tissue culture,leaf culture,flower color variation,
分類コード:020101、020301、020501

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