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作成: 2007/09/28 長澤 尚胤

データ番号   :020276
キトサン誘導体などからの抗菌性ハイドロゲルの作製
目的      :天然資源の有効利用及び多糖類の有効利用
放射線の種別  :ガンマ線,電子
放射線源    :電子加速器(3MeV,25mA)、60Co線源(104MBq)
線量(率)   :50〜200kGy、 1〜10kGy/pass、10kGy/h
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所1号加速器、日本原子力研究所高崎研究所コバルト第2棟第6照射セル
照射条件    :大気中、脱気中
応用分野    :農業、園芸、医療、環境

概要      :
カニやエビなどの食品廃棄物である殻から抽出されるキチン・キトサンは、放射線分解型の材料とされてきたが、それらの水溶性誘導体を高濃度の水溶液状態や橋かけする材料にブレンドすることで電子線照射することによりゲル化できることが示された。また、得られたゲルは吸水性を有し、大腸菌に対する増殖抑制効果を示した。

詳細説明    :
1.はじめに
 天然物由来の糖類などの生理活性の機能解明や応用研究が盛んに行われている。創傷被覆材や吸水材として応用されているハイドロゲルに抗菌活性を付与する目的として、電子線やγ線といった放射線照射による抗菌活性を有している天然物由来のキトサンを用いたハイドロゲルを作製し、その抗菌活性について検討した。
2.材料及び方法
 材料は、キトサン誘導体として甲陽ケミカル社製のカルボキシメチルキチン[CMCT](置換度:0.81、脱アセチル化度:24.6%)、カルボキシメチルキトサン[CMCTS](置換度:0.91、脱アセチル化度:84.0%)、クラレ社製のポリビニルアルコール[PVA]であるポバール117(ケン化度99%)を用いた。CMCT及びCMCTSを所定濃度になるように蒸留水に溶解した。そのCMCTS水溶液にPVA水溶液を添加してPVA濃度が10重量%に対してCMCTS濃度が1,3,5,8重量%と均一になるように70℃で30分間攪拌し混合液を調製した。CMCT、CMCTSの各溶液を真空パックに封入し、PVA/CMCTS混合液をプラスチックシャーレに流し入れ、サンプルとした。電子線照射処理は、日本原子力研究所高崎研究所(現 日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所)1号加速器において、加速電圧2MeV、電流1mA、コンベアスピード9.7m/minの条件で行い、線量は10〜200kGyとした。照射した試料の橋かけ度合いとしてゲル分率は、CMCT,CMCTSの場合、室温で48時間蒸留水に、PVA/CMCTSの場合、72時間ジメチルスルホキシドに浸漬した不溶分から下記の1式より算出した。吸水量として膨潤率は、72時間蒸留水に浸漬した後、一定重量になるまで50℃で乾燥し下記の2式より算出した。
 ゲル分率 (%) = (Gd / Gi)×100・・・(1)
 膨潤率 =(Gs − Gd) / Gd ・・・(2)
ここでGdはゲル分の乾燥重量[g]、Giは照射試料の乾燥重量[g]、Gsは吸水したゲルの重量[g]である。
 抗菌活性測定は、大腸菌B/rを用いた濁度法により評価した。乾燥ゲル0.05gを2%の大腸菌B/rを含む5mLの培養液(nutrient broth、Difico社製)に入れ、37℃で48時間培養した。2時間ずつ650nmにおけるODを測定し、濁度による大腸菌増殖抑制効果について評価した。
3.ゲル化挙動
 CMCT、CMCTSの20%以上濃度の水溶液において橋かけ反応が起こり、CMCTで50kGyまで、CMCTSで100kGyまで急激にゲル分率が増加し、結果として共有結合した3次元のネットワーク(ハイドロゲル)が形成された(図1)。溶液濃度、照射線量などの条件がハイドロゲル形成に効果的な影響を与えていることが分かった。最も橋かけした条件は、40%の濃度で電子線照射したとき、CMCTとCMCTSの最大ゲル分率はそれぞれ72%(100kGy)と50%(200kGy)に達した。得られたキチン・キトサン誘導体ハイドロゲルは、優れた吸水挙動を示すが(図2)、ゲル分率が高いと吸水性は低下した。キチン・キトサン誘導体は高分子電解特性を持っているために、溶液のpHとイオン強度に依存することもわかった。キチン・キトサン誘導体は、1kg当たり数万〜十万円と高価になるため、低価格なPVAに添加したゲル化挙動についても検討している。PVAブレンドゲルに対するCMCTSの添加効果はほとんどみられなかったが、線量40kGyまで、どの試料でも急激にゲル化が増加することがわかった(図3)。しかしながら、CMCTSの添加量が増加すると、吸水特性が向上した(図4)。これは、PVAゲルの網目中にCMCTSが絡み合ったセミ相互侵入高分子網目構造、もしくはPVA分子鎖にCMCTSがグラフトした構造を有することと、CMCTSが高分子電解質であるために水との親和性が高いこととの理由から吸水特性が向上したものと考えられる。


図1 キチン・キトサン誘導体水溶液に対する電子線照射の影響 ●;カルボキシメチルキチン、○;カルボキシメチルキトサン(原論文1より引用)



図2 キチン・キトサン誘導体ハイドロゲルの膨潤特性 ●;カルボキシメチルキチン、○;カルボキシメチルキトサン(原論文1より引用)



図3 PVA/キトサン誘導体混合液のゲル化挙動 



図4 電子線照射したPVA/キトサン誘導体ブレンドゲルの膨潤特性 

4.抗菌活性効果
 キチンよりもキトサンの方がアミノ基を多く有するために抗菌活性を発現することから、40%濃度で100kGy電子線照射して作製したCMCTSハイドロゲルの大腸菌増殖抑制効果について検討した。その結果、未橋かけのCMCTSに比べて抑制効果は低下しているもののゲル化しても抗菌活性を保持することがわかった。また、PVA/CMCTSブレンドゲルについても測定した結果、PVA単独ゲルと1重量%CMCTS添加ゲルでは、大腸菌増殖抑制はみられず、3重量%以上添加すると著しい大腸菌増殖抑制効果が現われた(図5)。これはPVA/CMCTSブレンドゲル中のアミノ基の含量によって抗菌活性に寄与していることがわかった。


図5  大腸菌B/rに対するPVA/キトサン誘導体ブレンドゲルの抗菌活性効果 



コメント    :
従来、放射線分解型であったキチン・キトサン誘導体を、電子線照射によってゲル形成した結果であり、試料濃度、照射線量によってゲル化を制御できた。また得られたゲルは、吸水性が高いだけでなく大腸菌に対しても増殖抑制効果が確認された。今後、これらの結果を応用した機能性天然多糖類材料の開発により、積極的な天然資源の有効活用が期待される。

原論文1 Data source 1:
Radiation crosslinking of biodegradable carboxymethylchitin and carboxymethylchitosan.
J. M. Wasikiewicz*, H. Mitomo*, N. Nagasawa**, T. Yagi**, M. Tamada**, F. Yoshii**
*群馬大学、** 日本原子力研究所
Journal of Applied Polymer Science, 102(1), 758-767 (2006)

原論文2 Data source 2:
Synthesis of antibacterial PVA/CM-chitosan blend hydrogels with electron beam irradiation
L. Zhao*, H. Mitomo*, M. Zhai**, F. Yoshii***, N. Nagasawa*** and T. Kume***
*群馬大学、** 北京大学、*** 日本原子力研究所
Carbohydrate Polymers, 53, 439-446 (2003)

原論文3 Data source 3:
Radiation synthesis and characteristic of the hydrogels based on carboxymethylated chitin derivatives
L. Zhao*, H. Mitomo*, N. Nagasawa**, F. Yoshii** and T. Kume**
*群馬大学、** 日本原子力研究所
Carbohydrate Polymers, 51, 169-175 (2003)

キーワード:ガンマ線、電子線、橋かけ、キチン、キトサン、カルボキシメチルキチン、カルボキシメチルキトサン、ハイドロゲル、ゲル分率、膨潤性、抗菌性
gamma-ray, electron beam, crosslinking, chitin, chitosan, carboxymethylchitin, carboxymethylchitosan, hydrogel, gel fraction, swelling, antimicrobial property
分類コード:020301,020302,020304

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