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作成: 2007/09/03 伊藤 均

データ番号   :020273
耐熱性細菌の放射線感受性と照射後の耐熱性の変化
目的      :耐熱性細菌芽胞等の放射線感受性と照射後の耐熱性の変化について
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線,電子
放射線源    :60Co線源(4.0PBq)
線量(率)   :1-15kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所食品ガンマ棟
照射条件    :室温・乾燥下
応用分野    :香辛料の殺菌、加工食品の加熱殺菌

概要      :
 香辛料等を汚染している多くの有芽胞細菌と比べ耐熱性が強いBacillus stearothermophilusB.coagulansの放射線耐性は比較的弱い傾向が認められる。これに対して、B.pumilusB.megateriumClostridium botulinumなどは放射線耐性が強い。一方、細菌芽胞は照射によって耐熱性が低下する傾向が認められ、ことに水存在下・100℃での芽胞菌数の大幅な低減は非照射で30〜40分に対し5kGyで約20分となり殺菌時間が短縮された。

詳細説明    :
1.はじめに
 微酸性食品および中性食品の加熱殺菌処理では芽胞を形成するClostridium botulinum(ボツリヌス菌)などを死滅させる120℃・4分を最低限とする殺菌条件が採用されており、酸性食品では乳酸菌や真菌類を死滅させる93℃・0.5分などの殺菌処理が採用されている。有芽胞細菌の中で最も耐熱性を示すのはBacillus stearothermophilusB.coagulansCl.thermosaccharolyticumなどであり、B.subtilis(枯草菌)やCl.botulinumなどに比べ10倍以上耐熱性が高い。非芽胞細菌は耐熱性が低いが、PseudomonasAeromonasBrevibacteriumLactobacillusStreptococcusPsychrobacter(旧Moraxella-Acinetobacter)、腐敗性酵母菌のCandidaTorulopsisなどは80℃・20〜30分処理でも生き残る。
 食肉製品や魚肉製品などの加工食品は加熱条件として缶詰で120℃・30分以上、レトルト食品で115℃・30〜90分、ソーセージや水産練り製品で80℃・20分以上などが採用されている。しかし、これらの加工食品の栄養価や食味などの低下を抑制するには加熱条件の軽減が望ましい。この条件を満たすためには食品加工に用いる香辛料や澱粉などの耐熱性細菌の菌数を低減しておく必要がある。一方、香辛料等の乾燥食品材料には有芽胞細菌が多量に汚染しており、食品の加工・調理後にも生残し腐敗や食中毒の原因となることが多い。このため、食品衛生法では食品加工に用いる香辛料や澱粉、砂糖などの耐熱性の細菌芽胞を1g当たり103個以下とするように規定している。放射線は香辛料等の乾燥食品の殺菌にも有効であり、香辛料は7〜10kGyで1g当たりの細菌芽胞を103個以下に殺菌でき、澱粉は無処理でも103個以下の製品が多いが放射線処理では2〜5kGyで芽胞をほぼ殺菌することができる。しかし、放射線殺菌処理後に生残している有芽胞細菌等の耐熱性が増加するかどうかとか、耐熱性の強い菌の放射線耐性が高いかどうかについて明らかにしておく必要がある。ここでは、代表的な耐熱性の強い有芽胞細菌の放射線感受性と有芽胞細菌の照射後の耐熱性の変化、無芽胞細菌等の放射線感受性について考察する。
 
2.耐熱性細菌の放射線感受性
 有芽胞細菌は無芽胞細菌に比べ放射線耐性は2〜10倍である。特殊なものとしては放射線抵抗性細菌があり、放射線耐性は有芽胞細菌に比べ1〜2倍程度あるが、耐熱性は一般の無芽胞細菌と同じ程度である。しかも、放射線抵抗性細菌は食品中にはほとんど存在していない。
 有芽胞細菌の中で耐熱性が強いのは腐敗菌に属すB.stearothermophilusB.coagulansなどであるが、放射線殺菌における生存曲線の直線部分で90%殺菌するのに要するD10値は表1に示すように乾燥下でB.stearothermophilusは1.1kGy、B.coagulansは1.3kGyであり、図1に示す腐敗菌に属すB.pumilusの1.6kGyや食中毒菌Cl.botulinumの1.5〜1.7kGy、B.megateriumの1.5〜1.9kGy等に比べ放射線耐性が低い傾向を示している。

表1 濾紙乾燥下で照射した細菌芽胞のD10値による放射線感受性の比較(原論文2、原論文1等の表より作成)
 |       菌      株            	|   D10 値 (kGy)	|
 |B. pumilus E601              	|     1.6       	|
 |B. pumilus B11-2             	|     1.6        	|
 |B. sphaericus B8             	|     1.6        	|
 |B. subtilis IAM1069          	|     1.4        	|
 |B. subtilis B10-1            	|     1.4        	|
 |B. firmus B13                	|     1.4        	|
 |B. stearothermophilus B16-3* 	|     1.1        	|
 |B. brevis S7                 	|     1.8        	|
 |B. brevis S5                 	|     1.9        	|
 |B. coagulans H9*             	|     1.3        	|
 |B. megaterium S31            	|     1.9        	|
 |B. megateirium B2            	|     1.5        	|
 |B. cereus ATCC4342           	|     1.1        	|
 |B. cereus KL-19              	|     1.1        	|
 |Cl. botulinum A型 62A        	|     1.5        	|
 |Cl. botulinum E型 Biwako     	|     1.7        	|
 *高耐熱性芽胞細菌


図1 乾燥下でのB.pumilus E601株、B.cereus ATCC4342株とCl.botulinum A型菌芽胞の放射線殺菌効果(原論文1の図を参考に作成)

また、香辛料等を汚染している腐敗菌(まれに食中毒も起こす)B.subtilisのD10値は1.4kGyであり、食中毒菌のB.cereusは1.1kGyであった。なお、食品中では有芽胞細菌の放射線耐性は若干増大し、D10値は表1の1.5〜2.0倍に増加する。
 無芽胞細菌のPseudomonasAeromonasなどのD10値は燐酸緩衝液中で0.04〜0.06kGyでありPsychrobacterは0.50kGyであるが、これらの菌は80℃・20分でも若干生き残っている。しかし、100℃ではほとんど死滅する。一方、これらの菌の食品中でのD10値は5〜10倍と著しく増大する。腐敗性酵母菌のCandidaTorulopsisなどのD10値も燐酸緩衝液中では0.46〜0.80kGyであり、食品中では2〜5倍に増加する。

3.照射芽胞の耐熱性の変化
 細菌芽胞は著しく耐熱性があり、乾燥下では100℃で殺菌処理に2時間以上必要であり、水存在下でも100℃では30分以上必要である。B.pumilusB.cereusは香辛料等に広く分布している有芽胞細菌であり、食品中での放射線殺菌に必要なD10値はB.pumilusで1.6〜3.2kGyであり、B.cereusでは1.1〜1.3kGyである。B.pumilusの芽胞を乾燥下で照射してから乾燥下・100℃で加熱処理すると非照射では菌数の大幅な低減に必要な殺菌処理に約180分かかるのに対し5kGyでは120分であり耐熱性が低下している。一方、乾燥下で照射して半乾燥下で100℃で加熱すると非照射では殺菌に60分以上必要なのに対して5kGyでは約30分で殺菌された。また、B.pumilus芽胞を乾燥下で照射して水中で100℃で加熱すると図2に示すように非照射では菌数を大幅に低減するのに必要な殺菌処理に40分以上要するのに対し、1kGyでは20分、5kGyでは15分必要であった。


図2 乾燥下で照射したB.pumilus E601株芽胞の100℃(○△□)または80℃(●▲■)熱水中での耐熱性の変化(原論文1の図を参考に作成)

一方、水中・80℃で加熱した場合には非照射や1kGyでは120分でも菌数はほとんど低減せず、5kGyでも加熱殺菌促進効果はわずかしか認められなかった。B.cereusの場合にも同じような傾向が認められた。
 有芽胞細菌のCl.botulinum A型菌やE型菌は強い毒素を産生する食中毒菌として知られており、香辛料等にもA型菌等が汚染していることがある。放射線殺菌でのD10値は図1に示すように乾燥下、無添加でA型菌は1.5kGy、E型菌は1.7kGyであり、ペプトン・グリセリン添加ではA型菌は2.2kGy、E型菌は2.4kGyである。A型菌を乾燥下で照射して水中・100℃で加熱処理すると図3に示すように非照射では30分以下で殺菌され、5kGyでは約15分で殺菌された。E型菌の場合も同じような傾向を示していた。


図3 乾燥下で照射したCl.botulinum A型菌芽胞の100℃(◆◇)または80℃(●○)熱水中での耐熱性の変化(原論文1の図を参考に作成)

この場合、A型菌やE型菌の生存曲線は肩が大きく5kGyでも殺菌効果がほとんどないのに加熱殺菌促進効果は明確に認められている。一方、水中で80℃で加熱処理した場合には非照射のA型菌やE型菌では120分で菌数が若干低減し、5kGyでは若干加熱殺菌促進効果が認められた。この結果は、Cl.botulinumの耐熱性がB.pumilusB.cereusより低いことを示しているが、放射線による加熱殺菌促進効果は同じように認められることを示している。
 細菌芽胞をあらかじめ70℃で約15分前処理してから放射線を照射しても殺菌促進効果は認められないが、80℃以上で10〜15分加熱処理すると殺菌効果が促進される。放射線殺菌処理後に生残している芽胞の耐熱性が低減する理由は放射線で受けたDNAの損傷が加熱によってさらに拡大するためと考えられる。放射線による乾燥食品材料の殺菌処理には2〜10kGyが必要である。しかし、放射線殺菌された乾燥食品材料を用いた食品加工での加熱処理では期待される菌数低減以上の調理時間の短縮が可能であろう。


コメント    :
 加熱殺菌処理された食品でも食中毒がしばしば発生している。この原因としては耐熱性の芽胞を有する食中毒性細菌が主に関係している。そして、香辛料等の乾燥食品材料が関係した食中毒にはセレウス菌やウエルシュ菌によるものが多いが、ボツリヌス菌が関係したものも希に起こる。放射線による有芽胞細菌等の殺菌処理後の食品の加工処理では生き残った芽胞の耐熱性が低下するため、放射線照射は加熱処理時間の短縮や衛生化の向上に役立つと思われる。

原論文1 Data source 1:
照射細菌芽胞の耐熱性変化
伊藤 均
日本原子力研究所高崎研究所
食品照射、36、1-7(2001)

原論文2 Data source 2:
医療用具中の微生物分布とガンマ線殺菌効果
伊藤 均、石垣 功
日本原子力研究所高崎研究所
食品照射、21、1-7(1986)

参考資料1 Reference 1:
加熱による微生物制御
柴崎 勲
大阪大学名誉教授
殺菌・除菌応用ハンドブック、p.22-27、サイエンスフォーラム、1985年

参考資料2 Reference 2:
High-dose irradiation:Wholesomeness of food irradiated with doses above 10 kGy
Report of a Joint FAO/IAEA/WHO Study Group
World Health Organization
WHO technical report series:890,Geneva, 1999.    

参考資料3 Reference 3:
ガンマー線照射によるリテーナ成形かまぼこの変敗抑制効果
伊藤 均*、飯塚 廣**
*日本原子力研究所高崎研究所、**東京理科大学応用生物科学科
日本食品工業学会誌、25、14-21(1978)

キーワード:細菌芽胞、耐熱性細菌、放射線、Bacillus stearothermophilis、ボツリヌス菌、食中毒、食品加工、香辛料
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分類コード:020403、020503

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