放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2007/07/10 伊藤 均

データ番号   :020271
照射馬鈴薯の健全性試験−卵巣重量低減等について
目的      :照射馬鈴薯の安全性について慢性毒性試験および世代試験の結果の考察
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源(3.7x109MBq)
線量(率)   :0.15-0.60kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所Co1棟
照射条件    :室温下
応用分野    :馬鈴薯の発芽抑制

概要      :
 照射馬鈴薯のラット、マウス、サルを用いた慢性毒性試験においては馬鈴薯を飼料中に大量に添加したことによる影響が認められたが、照射馬鈴薯摂取によると考えられる影響は認められなかった。しかし、雌ラットの体重抑制が照射馬鈴薯群で認められたが線量依存性はなかった。卵巣重量の変化も0.60kGy群で認められたが組織学的異常は認められなかった。マウスの世代試験では催腫瘍性および催奇形性は認められなかった。

詳細説明    :
1.はじめに
 原子力特定総合研究の食品照射研究として実施された照射馬鈴薯の健全性試験では北海道産の男爵品種が日本原子力研究所高崎研究所のCo-60ガンマ線照射施設で0、0.15、0.30および0.60kGy照射され、乾燥工場で薄片状に切断され、80℃前後で熱風乾燥された。乾燥馬鈴薯は動物飼料粉末に重量比で35%の割合で混合され、水を加え成型し60℃で乾燥し固型飼料とした。この35%の混合割合は日本人1人当たりの摂取量の約330倍に相当する。なお、イギリスやフランスでの試験でも乾燥重量で35%、0.085〜0.60kGyの照射馬鈴薯が用いられており、国際的にも妥当な試験法であった。用いた動物数はdd系マウス総数400匹、ウイスター系ラット総数300匹による長期慢性毒性試験、アカゲザル5頭による短期毒性試験、dde系マウス41匹から出発して3代にわたる世代試験が行われた。マウスによる慢性毒性試験では雄雌おのおの40匹からなる5群で21ヶ月間飼育された。また、ラットによる慢性毒性試験では雄雌おのおの30匹からなる5群で24ヶ月飼育された。慢性毒性試験の目的は微量な化学物質(ここでは放射線分解生成物)が長期にわたって生体内に取り込まれることによって生じる有害な作用を検出しようとするもので、体重増、血液検査、腫瘍などの病理学的試験などによる検査が行われた。世代試験では繁殖性を2世代以上について行うことにより後世にどういう影響を及ぼすかを調べるものであり、胚毒性と催奇形性試験を含んでいた。マウスは化学物質に対する感受性が高いことから用いられたが、自然発生奇形率も比較的高い傾向がある。一方、ラットでは化学物質に対する感受性はやや低い傾向がある。なお、原子力特定総合研究とは別に照射馬鈴薯について遺伝子に対する影響を調べる変異原性試験も実施され、問題がないことが明らかにされている。
 
2.ラットの慢性毒性試験とサルの短期毒性試験
 ラットを24ヶ月飼育した期間の一般症状では対照群(標準飼料)、馬鈴薯添加の非照射群、0.15kGy群、0.30kGy群、0.60kGy群で殆ど差が認められなかった。一方、雄の体重増は図1に示すように対照群に比べて馬鈴薯添加各群で低い傾向が認められたが、非照射群と照射各群での大きな差は認められなかった。


図1 照射馬鈴薯を摂餌した雄ラットの体重増曲線(原論文1の図を参考に作成)

 また、雌では図2に示すように対照群と比べ馬鈴薯添加の0.15kGy群を除く各添加群で30週頃から体重増の抑制傾向が認められ、55週目以後は非照射群に比べ0.30kGy群と0.60kGy群で軽度の抑制が認められたが線量との相関性は認められなかった。


図2 照射馬鈴薯を摂餌した雌ラットの体重増曲線(原論文1の図を参考に作成)

 24ヶ月間の自然死亡率では雄の照射馬鈴薯添加各群で非照射馬鈴薯群に比べやや高い値を示したが、線量との間には一定の傾向が認められず、0.60kGy群の死亡率が照射群では最も低かった。血液の形態学的検査と生化学的検査では非照射群と照射群での差はほとんど認められなかった。臓器重量では卵巣重量に変化が見られ、表1に示すように非照射群に比べ0.60kGy群の6ヶ月で有意の減少を示し、12ヶ月では有意ではないが減少の傾向を示した。

表1 照射馬鈴薯でのラットの慢性毒性試験における卵巣重量の変化(体重比、mg/100g;原論文1の表を参考に作成)

 | 試験群  |動物数 |     3ヶ月    |     6ヶ月     |   12ヶ月     |    24ヶ月    |
 | 対照    |  5    | 32.60±12.89 |  26.96±3.58  | 21.38±9.81  | 26.56±14.89 |
 | 非照射  |  5    | 33.79±14.12 |  25.99±6.37  | 22.71±9.73  | 47.17±35.36 |
 | 0.15kGy |  5    | 46.40±13.15 |  28.34±6.01  | 25.11±18.07 | 67.05±37.68 |
 | 0.30kGy |  5    | 41.52±21.81 |  26.46±10.79 | 18.08±3.44  | 33.54±13.98 |
 | 0.60kGy |  5    | 42.62±12.31 |  17.74±2.75* | 16.02±2.83  | 42.25±13.19 |
  *対照群および非照射群と比べて有意差あり。
 しかし、このような重量の変動にかかわらず、組織学的所見では異常は認められなかった。腫瘍の発生は馬鈴薯添加の非照射群と照射各群での差はなかった。アカゲザルの短期毒性試験では体重、血液学的検査、病理組織学的検査で照射馬鈴薯の摂取に起因すると考えられる影響は認められなかった。イギリスでのラットの3世代試験でも0.12kGyおよび0.60kGy照射馬鈴薯を摂取したことによる体重増、臓器重量等での影響は認められていない。
 
3.マウスの慢性毒性試験と世代試験
 マウスを21ヶ月飼育した慢性毒性試験での一般症状は対照群(標準飼料)と馬鈴薯添加の非照射群、照射各群(0.15、0.30、0.60kGy)で殆ど差が認められなかった。体重増も雄では対照群と馬鈴薯添加の非照射群、照射各群での差は認められなかった。一方、雌では対照群に比べ52週以後で馬鈴薯添加群で体重の抑制傾向が認められたが、非照射群と照射各群での差は認められなかった。死亡率でも対照群と馬鈴薯添加の非照射群、照射各群で著しい差は認められなかった。臓器重量においては馬鈴薯添加の影響が一部で認められたが、非照射群と照射各群の差は認められなかった。腫瘍の発生は雌で多い傾向が認められたが、対照群、馬鈴薯添加の非照射群、照射各群での著しい差は認められなかった。
 マウスによる3世代試験での体重増加は1世代、2世代の雄雌とも対照群と比較して馬鈴薯添加の非照射群、0.60kGy照射群とも差がほとんど認められなかった。妊娠率も対照群、馬鈴薯添加の非照射群、0.60kGy照射群の間で差がほとんど認められず、保育率も差が認められなかった。3世代までの骨格等の催奇形性試験は検査仔数52〜131匹について調べられたが、異常仔数は各群とも2〜11匹で群間に一定の傾向は認められず、骨格標本検査では1例も異常は認められなかった。また、催腫瘍性も認められなかった。フランスでのマウスの4世代試験でも0.10〜0.15kGy照射馬鈴薯での異常は認められていない。
 
4.まとめ
1)照射馬鈴薯の飼育試験における雌ラットの卵巣重量減少ついて
 照射馬鈴薯の上限線量は0.15kGyであるが、0.60kGyまでの照射馬鈴薯を35%含む飼料で飼育した慢性毒性試験でのウイスター系ラット5匹当たりの卵巣重量の体重比(mg/100g)を表1に示す。測定値には各試験区でバラツキがあり、飼育6ヶ月目の0.60kGyのみが有意に減少し、12ヶ月で有意ではないが減少の傾向を示したが3ヶ月、24ヶ月では有意差は認められていない。多くの試験区で卵巣重量が21〜47mgであったのに比べ0.60kGyでの16〜17mgは少ない値である。しかし、タマネギの慢性毒性試験での照射および非照射タマネギ添加2%の飼料で飼育時のウイスター系ラットの多くの試験区での卵巣重量が19〜33mgに対して、標準飼料の対照群・6ヶ月で15.77±3.13mgという値を示している例もある。しかも、照射馬鈴薯などの重量が減少した卵巣について組織学的観察を行っても異常は認められていない。薬剤試験の場合には卵巣重量の減少が認められる場合には萎縮などの異常が認められると専門家は述べている。
2)照射馬鈴薯の飼育試験での雌ラットの体重増低減の問題について
 慢性毒性試験での飼育開始時、各群30匹で対照および非照射、照射馬鈴薯を含んだ飼料で飼育した雌ラットの体重増は図2に示すように60週前後までは各群とも体重増に大きな差はないが、70週以後では差が生じている。すなわち、対照飼料群が最も体重増が良好で、非照射群と0.15kGy群も比較的良好である。しかし、0.30kGy群と0.60kGy群は体重増が比較的悪いが、0.60kGy群の方が0.30kGy群より体重増が良好で線量との相関性は認められない。ラットの70週以後は老齢期に入っており、生残動物数も少なくなっているため個体差の影響が出やすくなる。しかも、照射馬鈴薯で体重増が減少している飼料群でも血液検査や病理学的検査でも異常は認められていない。雄ラットの体重増では対照飼料群に比べ馬鈴薯添加各群は照射の有無にかかわらず抑制傾向が認められており、雌ラットの体重増低減にも馬鈴薯の添加量が多いことが関係していると思われる。薬剤試験の場合には投与量が多いと用量に応じて体重増の減少が明確に認められ、血液検査や病理学的検査でも異常が認められる。なお、表2に示すラットの体重増加率は53週まで飼育した時点での各群の生残動物13〜14匹を飼育開始時までさかのぼって表に示したものであり、飼育開始時の各群30匹を基に作成されたデータに比べ客観性は低い。しかし、この表で見ても全体での体重増加率と線量との相関性は認められない。

表2 照射馬鈴薯を摂餌したラットの体重増加率(原論文1の表を参考に作成)

|     | 試験群     |       53週     |     81週       |    105週      |
|  雄 | 対照       | 175.9±36.7   | 196.6±31.5    | 189.7±39.5   | 
|     | 非照射     |  168.8±62.2   | 193.9±79.8    | 193.3±68.3   | 
|     | 0.15kGy    |  142.7±47.2*  | 160.8±45.7    | 176.2±29.5   |
|     | 0.30kGy    |  138.2±20.0** | 141.1±39.6**  | 158.0±37.2   |
|     | 0.60kGy    |  147.8±47.3*  | 150.7±29.9**  | 140.4±19.6** |  
|  雌 | 対照       |  102.3±27.2   | 127.4±31.5    | 137.8±54.6   |
|     | 非照射     |   92.9±15.5   | 124.7±50.1    | 130.4±36.2   |
|     | 0.15kGy    |   95.1±19.3   | 139.8±35.1    | 124.5±45.4   | 
|     | 0.30kGy    |   83.4±28.6   |  92.0±29.1**  |  84.6±33.3*  |
|     | 0.60kGy    |   74.7±27.3* |  93.6±43.9** |  90.9±40.1*  |
*対照群および非照射群に対し有意差あり、**対照群に対し有意差あり。
    
        測定時の体重−当初体重
体重増加率=  ---------------------- × 100
             当初体重


コメント    :
 原子力特定総合研究における照射馬鈴薯の健全性試験は1970年頃までに行われたもので、実験動物用飼料の調整、無菌下で飼育してきた動物を飼料中に雑菌が存在する条件下で飼育するなど多くの問題があった。そのような困難な問題点がある中で国際的レベルでの研究成果が出されたことは高く評価できる。照射馬鈴薯の試験が行われていた当時は変異原性試験は導入されていなかったため実施されなかったが、その後で照射馬鈴薯のアルコール抽出液を用いた細菌での遺伝子突然変異試験および動物個体による優性致死試験が実施され、照射馬鈴薯に変異原性がないことが明らかにされた。これらのことから、照射馬鈴薯0.60kGy群で卵巣重量が有意に減少したのは照射による影響ではなく、実験誤差によるものであると推定できる。

原論文1 Data source 1:
放射線による馬鈴薯の発芽防止に関する研究成果報告書(付録)、2(4)γ線照射馬鈴薯の安全性に関する研究
国立衛生試験所
食品照射研究運営会議
放射線による馬鈴薯の発芽防止に関する研究成果報告書(付録)、1971年

参考資料1 Reference 1:
動物を使った毒性試験(国立衛試内部資料)(体重、卵巣等)
国立衛生試験所
国立衛生試験所
(独)日本原子力研究開発機構;食品照射データベース、http://takafoir.taka.jaeri.go.jp/

参考資料2 Reference 2:
食品照射の効果と安全性
藤巻正生(監修)
元東京大学教授
(財)日本原子力文化振興財団、1991年

参考資料3 Reference 3:
Reproduction and longevity of rats fed an irradiated potato diet
A. K. Palmer, D. D. Cozens, D. E. Prentice, J. C. Richardson, D. H. Chrisopher, H. M. Gottschalk and P. S. Elias
Huntingdon Research Centre, Cambridgeshire, England
Final Technical Report, IFIP-R25(1975)

参考資料4 Reference 4:
To assess the wholesomeness of irradiated potatoes by means of a reproduction and carcinogenicity study in mice
B. Coquet, D. D. Guyot, L. Calland, X. Fouillet and J. L. Rouaud
Centre de Recherche et d'Elevage des Oncins, France
Technical Report IFIP-R18(1974)

参考資料5 Reference 5:
食品照射Q&Aハンドブック
(社)日本原子力産業協会(監修)
(社)日本原子力産業協会、2007年

キーワード:馬鈴薯、健全性試験、慢性毒性試験、世代試験、催奇形性、ラット、マウス、卵巣、体重増
potato, wholesomeness test, chronic toxicity test, reproduction test, teratogegenicity test, rat, mouse, ovary
, growth
分類コード:020405, 020407

放射線利用技術データベースのメインページへ