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作成: 2006/09/08 長谷純宏

データ番号   :020269
イオンビーム照射による紫外線耐性変異体の単離とその解析
目的      :植物の紫外線耐性機構の解明
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :サイクロトロン12C5+ 220 MeV
フルエンス(率):7.7×108 (particles/cm2)
線量(率)   :150 Gy
利用施設名   :日本原子力研究開発機構 イオン照射研究施設(TIARA)
照射条件    :大気中
応用分野    :植物生理学、植物育種

概要      :
 植物の紫外線耐性機構に関わる未知なる因子を明らかにするため、シロイヌナズナの乾燥種子に炭素イオンビームを照射し、得られた後代種子から紫外線に耐性を示す突然変異体を単離した。この変異体の解析から、DNA修復機構を負に制御する因子が存在することならびに核DNA量が植物の紫外線耐性に重要な因子の1つであることが明らかになった。

詳細説明    :
1.はじめに:
 オゾン層の破壊により、過去30年間で紫外線の量は10%程度増加している。特に、地上に届く紫外線のうち最も有害なB波(UVB, 波長 = 280〜320 nm)は、植物の生長に重大な影響を及ぼしている。これまでの研究から、紫外線によって起きるDNA損傷の修復能や紫外線を吸収する物質の量などが植物の紫外線耐性に重要であることが明らかになってきた(当データベースNo.020238参照)。我々は、紫外線耐性機構に関わる未知の因子を探索するため、イオンビームを利用して紫外線に超耐性を示す突然変異体の選抜を試みた。ここでは、紫外線耐性変異体の単離および変異体の解析から明らかになった植物の紫外線耐性機構について概説する。
 
2.紫外線耐性変異体の単離:
 シロイヌナズナの乾燥種子1,280粒に220MeV炭素イオンを150Gy照射した。得られた数千粒のM2種子を播種し、播種後10日目からUVB(13 kJ / m2 / day)を照射しながら育成し、その中から生育の良い個体を選抜した。選抜した個体の自殖後代において紫外線耐性の程度を再確認し、最終的に4系統の紫外線耐性変異体(uvi1〜4)を選抜した。これらの変異体は、UVBを付加した白色光下で生育させた場合、野生株に比べて新鮮重が2倍以上高いという特徴を示す(図1)。これまで、uvi1およびuvi4変異体について解析を進めてきた。


図1 紫外線環境下で約1ヶ月間生育させた植物体 上段;野生株、下段;紫外線耐性変異体(uvi4)。

 
3.uvi1変異体:uvi1変異体の紫外線耐性の原因を明らかにするため、紫外線によって起きる主要なDNA損傷であるシクロブタン型ピリミジン二量体(CPD)および(6-4)光産物の修復能を調査したところ、uvi1変異体では、明所でのCPDの修復および暗所での(6-4)光産物の修復の速度が速いことがわかった(図2)。つまり、uvi1変異体ではDNAの修復能が野生株に比べて高い。さらに、暗所、明所およびUVBを付加した明所、のいずれの条件下においても、CPDの修復を担うCPD光回復酵素遺伝子の発現量が野生株に比べて高いことがわかった(図3)。これらの結果から、uvi1変異体ではDNA修復機構を負に制御する因子に変異が生じていると考えられる。


図2 CPDおよび(6-4)光産物の修復速度の比較 (左):播種後5日目の幼苗に3 kJ / m2照射後の白色光下でのCPD残存量の推移、(右):播種後5日目の幼苗に1 kJ / m2照射後の暗黒下での(6-4)光産物残存量の推移。●;野生株、○;uvi1変異体。



図3  CPD光回復酵素遺伝子の発現量の比較

 
4.uvi4変異体:uvi4変異体では、DNA損傷の修復能や紫外線吸収物質の量については野生株との差が見られず、未知の因子によって紫外線に耐性になったと考えられた。uvi4変異体の表現型を詳細に調査した結果、野生株に比べて核内倍加が進むことが明らかになった(図4)。
 
 核内倍加とは、細胞分裂を伴わずDNAの複製だけが起きる云わば変則的な細胞周期であり、多くの植物種で起きることが知られている。図4に示すように、野生株では核内倍加が起きた結果、2Cから16Cまでの細胞が混在しているが、uvi4変異体では、16Cの細胞の割合が増え、さらに32Cの細胞が存在することがわかった。この結果から、核内倍加が進むことによる倍数性の上昇が、uvi4変異体の紫外線耐性の原因だと考えられた。この考えに基づき、倍数性と紫外線耐性の関係を確かめるため、野性株(2倍体)に比べてDNA量が元々2倍になっている4倍体の紫外線感受性を調査したところ、明らかに紫外線に強いことがわかった(図5)。核内倍加は多くの植物種で起きる現象であり、UVi4遺伝子の機能解析が進めば、他の植物の紫外線耐性の強化に利用できる可能性がある。


図4 野生株とuvi4変異体の核相の比較 uvi4変異体では、16Cおよび32Cの細胞の割合が増えている(赤矢印)。1Cは半数体のゲノムDNA量を示す。



図5 2倍体と4倍体の紫外線感受性の比較

 
 以上のように、イオンビーム照射によって得られた紫外線耐性変異体の解析から、DNA修復機構を負に制御する因子が存在すること、ならびに倍数性が植物の紫外線耐性に重要な因子の1つであることが明らかになった。

コメント    :
 ここで示されたように、イオンビームは今まで得られていない新しい突然変異体の作出に有効であり、得られた突然変異体の解析から、植物の未知なる能力を見い出したり、新しい遺伝子資源を開発することが可能である。

原論文1 Data source 1:
A mutation in the uvi4 gene promotes progression of endo-reduplication and confers increased tolerance towards ultraviolet B light
Y. Hase*, K. H. Trung*, T. Matsunaga**, A. Tanaka*
*Japan Atomic Energy Agency, **Kanazawa University
The Plant Journal 46: 317-326(2006)

原論文2 Data source 2:
An ultraviolet-B-resistant mutant with enhanced DNA repair in Arabidopsis
A. Tanaka*, A. Sakamoto*, Y. Ishigaki**, O. Nikaido**, G. Sun*, Y. Hase*, N. Shikazono*, S. Tano*, H. Watanabe*
*Japan Atomic Energy Research Institute, **Kanazawa University
Plant Physiology 129: 64-71(2002)

参考資料1 Reference 1:
イオンビームを用いて植物が紫外線に強くなる新たな仕組みを発見
長谷純宏
日本原子力研究開発機構
原子力eye Vol 52 No.10 pp 56 - 59 (2006)

キーワード:イオンビーム、突然変異体、シロイヌナズナ、紫外線、ピリミジンダイマー、
DNA修復、核内倍加、倍数性
ion beam, mutant, Arabidopsis thaliana, ultraviolet, pyrimidine dimer, DNA repair, endoreduplication, ploidy
分類コード:020501, 020301, 020101

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