作成: 2007/01/16 松橋信平

データ番号   :020267
ポジトロンイメージング技術を用いた光合成産物の転流の定量計測


目的      :ポジトロン放出核種トレーサを用いた植物機能の解析
放射線の種別  :陽電子(放出)、ガンマ線(検出)
放射線源    :11C(ポジトロン放出核種)
利用施設名   :日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所TIARA
応用分野    :植物生理学、植物栄養学、植物育種

概要      :
 植物が光合成により同化した糖は、植物体の構築やエネルギー源となる重要な栄養素である。食糧資源としての植物の生産を考える上で、光合成で生産された糖の動態観察は重要な情報源となる。ポジトロン放出核種である11Cで標識した11CO2を用いた光合成産物動態のポジトロンイメージング計測データを数理的に解析することで、従来技術では困難であった光合成産物の転流速度などを定量的に求めることができる。

詳細説明    :
 光合成は、植物が持つ最も重要な栄養獲得機能の一つである。光合成により生産される糖は、植物の成長や維持、次代への植物生理学、植物栄養学など植物分野の研究においても重要な位置を占めている。放射性同位元素を用いた光合成機能の研究では、当初11Cで標識した炭酸ガス(11CO2)が用いられていたが半減期が20分と短いことから、徐々に14CO2が利用されるようになった。14Cは崩壊に伴いβ線のみを放出するが、その最大エネルギーは156keVと低く、生体内での存在をそのまま観察することはできない。一方、11Cは100%近くがβ+崩壊し、結果的に511keVの消滅ガンマ線を発生することから、11Cであれば生体内での存在を消滅ガンマ線の検出により観察することが可能である。
 
 植物ポジトロンイメージング装置(positron emitting tracer imaging system, PETIS)は2次元平面上に存在するポジトロン放出核種の分布を消滅γ線の検出により経時画像化できる装置である。松橋ら(原論文1)は、植物の光合成機能について、11CO2を用いたポジトロンイメージング計測専用の研究設備を整備し(図1)、生きた植物内での光合成産物の動態の観察を実現した(図2)。PETIS計測による11Cトレーサの動画像は、視覚的な物質動態を理解するために大変有効であるが、その一方で直感的なものに止まることも否めず、植物の生理機能を定量的に捕らえるためには、画像データから意味のある数値データへの変換が必要となる。


図1  11CO2を用いたポジトロンイメージング計測専用の研究設備 This article was published in Appl. Radiat. Isot., vol.64, S. Matsuhashi, S. Fujimaki, H. Uchida, S. Watanabe, N. S. Ishioka, A. Osa, S. Hashimoto, T. Sekine, K. Arakawa, T. Kume, "A new visulalizaiton technique for the study of accumulation of photoassimilates in wheat grains using [11C]-CO2", Page 435-440, Copyright Elsevier (2006).(原論文1より引用)



図2 ポジトロンイメージング計測による光合成産物輸送の可視化画像This article was published in Appl. Radiat. Isot., vol.64, S. Matsuhashi, S. Fujimaki, H. Uchida, S. Watanabe, N. S. Ishioka, A. Osa, S. Hashimoto, T. Sekine, K. Arakawa, T. Kume, "A new visulalizaiton technique for the study of accumulation of photoassimilates in wheat grains using [11C]-CO2", Page 435-440, Copyright Elsevier (2006).(原論文1より引用)

 
 PETISの画像は、画像を構成する画素(1.1mm x 1.1mm)1つ1つにおける11C強度の経時変化データとして蓄積している。従って、任意の領域(region of interest, ROI)における11Cトレーサ強度の経時変化(time activity curve, TAC)を計測データから抜き出して解析することができる。
 
 PETISデータの解析では、各ROIにおけるTACの作成が出発点となる。TACのグラフはあるROIにおける画像を数値化しただけであり、グラフの読み取りから得られる情報は限られており、あくまでも目安の値にすぎない。伝達関数法など数理的な解析手法は輸送系路上の定点におけるTACをもとに、これを数理的に処理すると物質輸送に関する数値を定量的に求めることができる。
 
 Keutgenら(原論文2)はこの手法のPETISデータへの応用の可能性を示したが、実用には至らなかった。松橋と藤巻は伝達関数法によりPETISデータの解析手法を実用レベルで実現し、輸送系路上における11C-光合成産物の転流速度変化の算出に適用した(原論文3)。11Cの20分という短い半減期の特長を生かし、同一個体を用いたPETISでの繰り返し計測により、通常の炭酸ガス濃度環境と高濃度炭酸ガス環境との比較を行った(図3)。


図3 異なる炭酸ガス濃度環境下における光合成産物輸送のPETIS計測画像

 
 それぞれの炭酸ガス濃度環境下でのPETISデータより求めた茎中での光合成産物輸送速度から、栄養成長期にあるソラマメでは、根に近づくほど光合成産物の輸送速度が大きくなることを示した(図4)。さらに、輸送速度の解析で得られる輸送経路である茎への光合成産物の分配率について、高濃度炭酸ガス環境下では、栄養成長期の植物でシンク組織となる根への分配が増加することを明らかにした。


図4 光合成産物輸送速度と輸送過程における分配率のマッピング

 
 このように、ポジトロンイメージング計測で得られた画像データを数理的な手法で解析することにより、栄養成分の輸送速度や分配といった植物の生理機能を示すパラメータを意味のある数値として求めることが可能となりつつある。今後、養分輸送に限らず様々な植物内での物質移動計測に適用されれば、植物が持つ生理機能を動的に解析するための有力なツールとなると考えられる。

コメント    :
 これからの植物の機能解析研究では、単に定性的な比較だけに止まらず、機能の数値化による定量的な解析が不可欠になると考えられ、この観点において当該技術は一つのブレークスルーとなりうる重要な技術である。基礎的な植物研究だけでなく、農業や環境への応用を目指した植物育種などへの応用も可能であると考えられる。

原論文1 Data source 1:
A new visulalizaiton technique for the study of accumulation of photoassimilates in wheat grains using [11C]-CO2
S. Matsuhashi, S. Fujimaki, H. Uchida, S. Watanabe, N. S. Ishioka, A. Osa, S. Hashimoto, T. Sekine, K. Arakawa, T. Kume
Japan Atomic Energy Agency
Appl. Radiat. Isot., 64, 435-440(2006)

原論文2 Data source 2:
Transfer function analysis of positron-emitting tracer imaging system (PETIS) data
N. Keutgen, S. Matsuhashi, C. Mizuniwa, T. Ito, T. Fujimura, N. S. Ishioka, S. Watanabe, T. Sekine, H. Uchida, S. Hashimoto
Japan Atomic Energy Agency
Appl. Radiat.Isot., 57, 225-233 (2002)

原論文3 Data source 3:
Quantitative modeling of photoassimilate flow in an intact plant with the Positron Emitting Tracer Imaging System (PETIS)
S. Matsuhashi, S. Fujimaki, K. Sakamoto, N. S. Ishioka, S. Dongmei, T. Kume
Japan Atomic Energy Agency
Soil Sci. Plant Nutr., 51, 417-423(2005)

キーワード:ポジトロン放出核種、11C、光合成産物、転流、定量計測、植物、ポジトロンイメージング、トレーサ、植物ポジトロンイメージング装置、可視化、非侵襲、消滅γ線、positron emitting nuclide, 11C, hotoassimilate, transportation, quantitative monitoring, plant,positron imaging, tracer, positron emitting tracer imaging system, visualization, non-invasive, annihilation gamma-ray
分類コード:020501, 020101