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作成: 2006/09/15 本多一郎

データ番号   :020266
イオンビーム処理当代より見いだされたピーマン一遺伝子劣性変異体
目的      :突然変異誘発技術の開発とその応用
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :重イオン加速器(12C135MeV/u, 20Ne135MeV/u)
フルエンス(率):12C135MeV/u:1.9×107(particles/cm2/sec), 20Ne135MeV/u:6.8×106(particles/cm2/sec)
線量(率)   :1-300Gy
利用施設名   :理化学研究所仁科加速器研究センター理研リングサイクロトロン(RRC)
照射条件    :大気中
応用分野    :農業、園芸学、植物育種

概要      :
 ピーマン乾燥種子に対するイオンビーム照射では、生存率を低下させない照射量の炭素及びネオンビーム照射により変異体が獲得できることが示された。処理当代種子より2個体の矮性と1個体の果皮黄化個体を得た。これらの後代の形態は固定しており、遺伝解析の結果、これらの個体に誘発された変異は、核支配の劣性一遺伝子変異であることが明らかとなった。

詳細説明    :
1.はじめに
 重イオン照射により変異体を獲得する技術は、花き等を中心にその有効性が示されつつあるが、本方法の野菜への応用例は少ない。演者らは野菜の生理機構解明のための変異体獲得を目的として、ピーマンへの本方法の適用を試みたところ、照射当代系統より変異体と思われる短節間個体および果実色変異個体を獲得した。またその変異の遺伝様式を解析した。
 
2.材料および方法
 ピーマン‘カリフォルニアワンダー’(タキイ種苗)の乾燥種子を種子袋に封入し、理化学研究所加速器施設生物照射装置(E5室)にてネオン、炭素イオンビーム(135MeV/u)、1-300 Gray (Gy)の照射を行った。照射種子各200 粒を通常のセルトレイに播種し、初期生育を調査し、変異体を得るための有効線量域を推定したのち、有効と考えられた線量で照射した種子群を栽培し、変異体を検索した。得られた変異体候補系統の後代種子を得、その分離を調査するとともに、親系統との正逆交雑を行い、それぞれの変異の遺伝様式を明らかにした。
 
3.変異誘発のための有効線領域
 炭素、ネオンとも100Gy以上の照射を行った種子はほとんど発芽せず、30Gy照射種子においても正常生育個体数が10Gy以下の照射種子と比較して減少した。一方、1, 3, 10Gy照射では、ほとんどの個体が、無処理同様、正常な生育を示した(図1A)。そこで、変異体検索には炭素、ネオンとも10Gy照射種子が適切と判断し、それぞれの幼植物を鉢上げし、栽培した。


図1 Effects of heavy-ion irradiation (HII) on pepper (Capsicum annuum). (A) Effect of HII on the early growth of sweet pepper. White and gray bars indicate the effects of 12C- and 20Ne-ion beam irradiation, respectively; black bars indicate control (untreated). (B) Frequency distributions of the plant height at first flower of M2 descendants of two putative HII dwarf mutants (D and SD). White and black bars indicate the D and SD mutant progeny, respectively; gray bars indicate the wild-type (untreated) plants. (C) Mean plant height at first flower of F1 plants of reciprocal crosses between putative dwarf mutants (D and SD) and wild-type plants. Error bars indicate standard error. Values with the same letter did not differ significantly (Tukey-Kramer test, α = 0.05). Reproduced with permission of the copyrighter, from Euphytica, 152, 61-66 (2006), Ichiro Honda, Kaori Kikuchi, Satoshi Matsuo, Machiko Fukuda, Hiroyuki Saito, Hiromichi Ryuto, Nobuhisa Fukunishi,Tomoko Abe, Heavy-ion-induced mutants in sweet pepper isolated by M1 plant selection, Copyright (2006) by Springer.(原論文1より引用)

 
4.変異体候補系統の獲得
 栽培したネオン照射種子群より、半矮性の形態を示したピーマンが2個体(D,SDと命名)、子房が淡黄色に着色し、初期の果実が淡黄色を示す個体が1個体(Yと命名)見いだされた(図2)。これらの個体それぞれに1個体あたり2果着果させ、採種し、その形質の分離を調査したところ、いずれについても、同一果実の後代間、同一個体の果実間では違いが見られなかった。すなわち、いずれの変異も固定していると考えられた。(図1B;黄色については省略)。


図2 処理当代で見いだされた変異体 D,SD;短節間変異体、Y;果皮黄化変異体、WT:親系統(無処理)

 
5.親系統との正逆交雑による変異の遺伝解析
 これらの個体の一部を親系統と正逆交雑したF1はいずれも親系統等同様の形態を示した(図1C;黄色については省略)。また、D、SD系統と親系統との正逆交雑のF2の草丈は、いずれも矮性1:正常3の分離を示した。また戻し交雑したF1においてはいずれも矮性1:親系統1の分離を示した。Y系統と親系統の正逆交雑F2のうち変異体を花粉親としたF2では、変異体(黄色)1:正常3の分離比からはずれたものの、その戻し交雑F1は変異体(黄色)1:正常1に分離した。また親系統を花粉親にしたF2は、変異体(黄色)1:正常3の分離比に適合した(表1)。すなわち、これらの個体に誘発された変異はいずれも核支配の劣性一遺伝子変異であること示唆された(原論文1)。

表1  Segregation of F2 and BC1F1 of the crossing between D, SD, and Y mutant and wild type plant. Reproduced with permission of the copyrighter, from Euphytica, 152, 61-66 (2006), Ichiro Honda, Kaori Kikuchi, Satoshi Matsuo, Machiko Fukuda, Hiroyuki Saito, Hiromichi Ryuto, Nobuhisa Fukunishi,Tomoko Abe, Heavy-ion-induced mutants in sweet pepper isolated by M1 plant selection, Copyright (2006) by Springer.(原論文1より引用)
Mutant/
Progeny
Cross  Number of Plants χ2 value Probability
Mutant Wild Total (1:3) (1:1)  
D mutant
F2 WT/D 13 47 60 0.356 - 0.55
D/WT 13 44 57 0.146 - 0.7
BC1F1 WT/D//D 13 12 25 - 0.04 0.84
SD mutant
F2 WT/SD 16 42 58 0.207 - 0.65
SD/WT 16 43 59 0.141 - 0.71
BC1F1 WT/SD//SD 12 17 29 - 0.862 0.35
Y mutant
F2 WT/Y 36 103 139 0.06 - 0.81
Y/WT 16 42 58 0.207 - 0.65
BC1F1 WT/Y//Y 11 18 29 - 1.69 0.19
 
 化学変異剤やガンマ線処理などの既知の変異誘発手法では、通常、変異はヘテロに誘発されるため、処理当代で劣性変異は検出されない。また処理当代での形質の固定は通常おこらないとされている。これらの理由で、変異体検索はM2世代以降で行われるのが通常である。重イオン処理においても、これまでM2世代以降で変異体が検索され、見いだされてきており、今回見いだされたような処理当代で固定した一遺伝子劣性変異体は見いだされていない。今回、これらの変異体が見いだされた原因が、ピーマンのゲノム構造などのピーマンの何らかの特殊性によるのか、重イオン処理に特徴的な現象であるのかは不明であり、今後の検討を待たねばならないが、本結果は重イオン処理の特殊性を示しているものかもしれない。
 
 また、本研究で得られた矮性や果実色変異体は、野菜類の生長や葉形成機構の解明のため、また、重イオン変異の変異様式を探るためのツールとして今後利用可能である。

コメント    :
 これまで変異体検索には、M2世代以降を用いるのが通常であったため、照射個体を一度採種栽培し、後代種子を取り、その後検索することが必要であった。これらの作業には多大な労力が伴う。今後、今回示されたような重イオン処理当代で固定した変異体が得られる現象が他の植物でも一般的におこることが明らかになれば、変異誘発における重イオン処理の有利性を示すものとして、注目されてくるであろう。

原論文1 Data source 1:
Heavy-ion-induced mutants in sweet pepper isolated by M1 plant selection
Ichiro Honda*, Kaori Kikuchi*, Satoshi Matsuo*, Machiko Fukuda*, Hiroyuki Saito**, Hiromichi Ryuto**, Nobuhisa Fukunishi**, & Tomoko Abe**
*農研機構・野菜茶業研究所、**理化学研究所
Euphytica, 152, 61-66(2006)

キーワード:イオンビーム、育種、ピーマン、突然変異、果皮色、黄色、矮性、短節間
ion beam, breeding, pepper, mutation, pericarp color, yellow, dwarf, short internodes
分類コード:020101, 020301, 020501

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