放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2005/09/3 伊藤 均

データ番号   :020258
放射線による糸状菌類の突然変異と品種改良
目的      :糸状菌類の突然変異誘発に凍結乾燥と放射線処理を用いることにより効率良く品種改良を行うことについて解説する。
放射線の種別  :エックス線, ガンマ線, 電子線, 軽イオン, 重イオン
放射線源    :60Co線源(4PBq)、AVFサイクロトロン
フルエンス(率):C5+イオン108/cm2
線量(率)   :ガンマ線0.1-2kGy、320MeV C5+イオン0.05-1.2kGy
利用施設名   :(独)日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所食品照射ガンマ棟、同所AVFサイクロトロン
照射条件    :0.067M燐酸緩衝液中、凍結乾燥下
応用分野    :糸状菌の品種改良、生物農薬、生物資源の有効利用

概要      :
 糸状菌(真菌)類は紫外線や薬剤では突然変異が起こりにくいが、凍結乾燥してから放射線、ことにガンマ線またはX線を照射すると突然変異が誘発しやすくなる。突然変異は生存率10-4以下で誘発率が高く、色素産生能や毒素産生能の欠失、酵素生産能や脱色能の増大などの品種改良が可能である。ガンマ線やX線に比べC5+やHe2+などのイオンビームでは突然変異誘発率は5倍以上高い傾向がある。

詳細説明    :
1. はじめに
 糸状菌(真菌)類の中には醸造物や有機化学物質、医薬品の製造などに役立つものが多い。もちろん、糸状菌の仲間には食品の変敗に関与する菌や植物や動物の病気に関与する菌もあり、毒素を産生する菌もある。酵母菌も糸状菌の仲間であり、アルコール発酵を行う菌もあれば変敗に関与する菌もある。また、広義には糸状菌の仲間であるキノコ類もある。
 
 突然変異による糸状菌類の品種改良は主に紫外線または薬剤処理によって行われてきているが、変異率が低いとか変異処理を何度も繰り返して行うなど効率が悪いという欠点がある。
 
 X線も変異処理に用いられてきているが、0.1-1%の生残菌数(生存率10-3-10-2:未処理の生存率を1.0とした場合)で変異株を検出しょうとする試みが広く行われてきている。しかし、生残菌数が0.1-1%で突然変異率が高いという考えは特定の菌種で得られた結果によるものであり、放射線生物学の理論からすると生残菌数が低い方が突然変異発生率は高いはずである。すなわち、紫外線や薬剤、放射線による殺菌効果はDNAの損傷によるものであり、DNAの損傷は線量に比例して増加する。しかし、微生物のDNA修復率は高等生物に比べ高い傾向にあり修復ミスによる突然変異誘発は線量の増加とともに増大するはずである。
 
 紫外線の場合には透過率の関係からしても生存率10-4(生残菌数0.01%)以下にすることは困難であり、生存率10-5-10-7にするにはガンマ線、X線、電子線、イオンビームなどの放射線が適している。放射線の場合には1ml中の菌数を106-108個にしてからの照射が可能であり、線量を多く取れば突然変異発生率も高くすることが可能である。放射線による突然変異発生の機構は紫外線や薬剤と類似しており、照射方法の工夫によっては突然変異誘発率を著しく高くすることが可能である。
 
2. ガンマ線による糸状菌の突然変異
 コウジカビのAspergillus oryzae IAM 2630株の分生子を0.067M燐酸緩衝液中に懸濁してガンマ線または紫外線を照射してコロニーの突然変異誘発を比較するとPotato-dextrose agar上での生存率10-4で、ガンマ線で30%であるのに対し紫外線では17%であった。すなわち、ガンマ線の場合には図1に示すように線量に比例して突然変異誘発率が高くなっている。しかし、ガンマ線の場合にも培地が合成培地のCzapeck-starch agarでは生存率10-4での突然変異誘発率は5%であり、富栄養培地の方が突然変異検出に適していることを示している。α-アミラーゼ活性が2〜5倍に増大した変異株は生存率が約10-6では10株の正常型コロニー株中3株得られたが、生存率が約10-3ではガンマ線でも紫外線でも20〜40株からはα-アミラーゼ活性の高い株は分離できなかった。


図1 ガンマ線照射したA. oryzae IAM 2630株の生存曲線とコロニーの突然変異発生率(原論文2の図を参考に作成)。●:生存曲線、○:突然変異発生率

 
 アフラトキシン産生能のあるAspergillus parasiticus IFO 3017株およびA. flavus var. columnaris S46の分生子を0.067M燐酸緩衝液中に懸濁してガンマ線を照射してPotato-dextrose agarでの生存率約10-5で生残している正常型コロニー10株のアフラトキシン産生能を調べたところ、全体的に産生量は親株に比べ低下し、1〜2株は産生量がほとんど認められなかった。しかし、他の実験では、アフラトキシン産生量が親株より増大する株も1〜2%あった。
 
 このようにA. oryzaeA. flavus群はガンマ線や紫外線で突然変異が誘発しやすいが、黒コウジ菌のAspergillus awamoriA. usamii、有機酸を生産するA. niger、一般糸状菌のPenicillium属やFusarium属などは突然変異誘発率が著しく低い。たとえば、A. awamoriA. usamiiを0.067M燐酸緩衝液中でガンマ線を照射してPotato-dextrose agarで生残菌数を調べても10-6の生存率でも白色コロニー(親株は黒色)が得られることはめったにない。
 
 ところが、これらの菌の分生子を−60℃で凍結乾燥してからガンマ線を照射すると図2に示すように白色コロニーが線量に比例して増加した。A. awamori IFO 4388株を0.067M燐酸緩衝液中または真空乾燥下、凍結乾燥下でガンマ線を照射して、生存率が約10-4での正常型コロニー10株中で最高の値を示すアミラーゼ活性を比較しても、表1に示すように凍結乾燥したもので高い活性を示した。また、液体窒素凍結下や液体窒素凍結乾燥下で照射しても高い突然変異が誘発されるはずである。なお、ガンマ線でなくともX線や電子線でも同じ様な変異が誘発されるであろう。

表1 A. awamori IFO 4033株の胞子を異なった条件下でガンマ線を照射して得られた変異株のα-アミラーゼ活性、U/liter(原論文3の表を参考に作成)
照射条件・変異株 37℃・pH3.7 37℃・pH4.5
親株 2330 2410
燐酸緩衝液・W4 3280 3115
真空乾燥・R6 4240 3950
凍結乾燥・F9 4930 4880

*各10株の分離株中で最も活性の高い株での値。



図2 凍結乾燥したA. usamii IFO 4388株のガンマ線およびC5+イオンビームによる生存曲線と白色コロニー変異発生率(原論文4の図を参考に作成)。ガンマ線照射 ○:生存曲線、●:突然変異発生率、C5+イオンビーム照射 □:生存曲線、■:突然変異発生率

 
3. イオンビームによる糸状菌の突然変異
 イオンビームはガンマ線、X線、電子線と比べDNA損傷がDNA鎖の局部に集中的に生じやすいため、突然変異が発生しやすい可能性がある。しかし、イオンビームはガンマ線などに比べ透過力が著しく小さく、(独)日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所AVFサイクロトロンのイオンビームはガンマ線などに比べて透過力が小さく、320MeV C5+イオンビームで照射した場合せいぜい1mm厚程度の試料しか照射できない。そこで、A. usamii IFO 4033株の分生子をペプトン2%、グリセリン2%、ポリビニルアルコール2%、グルタミン酸ナトリウム1%水溶液に懸濁して直径1.5cmのミリポア・メンブランフィルター(0.22μm pore size)上に約1 x 106個となるように濾取してから−60℃で凍結乾燥した。これにC5+のイオンビームを照射してガンマ線と比較した。
 
 Potato-dextrose agar上で生存率を求めたところ、図2に示すようにガンマ線ではシグモイド型の肩を有する生存曲線を示したのに対して、イオンビームでは直線的に菌数が低減する指数関数型の生存曲線を示した。突然変異で発生する白色コロニー(親株は黒色コロニー)はイオンビームでは最高で約30%に達した。これに対し、ガンマ線では10〜20%であった。このような現象はA. awamoriでも認められHe2+照射でも認められた。
 
 つぎに、A. awamori IFO 4388株の凍結乾燥分生子にC5+イオンを0.2、0.5、0.75kGy照射後に生残した正常型コロニー10株を釣菌して、ガンマ線を2kGy照射後の正常型コロニー10株についてα-アミラーゼ活性を比較した。その結果、図3に示すようにイオンビームではα-アミラーゼ活性の高い変異株がガンマ線に比べ5倍以上多く誘発された。これらの変異株のα-アミラーゼ活性は2倍以上に増加した株もあり、表2に示すようにグルコアミラーゼ活性も1.1〜1.3倍に増加し、pH4.5よりpH3.7で酵素活性が増加する変異株も多く得られた。また、キャッサバやサゴヤシ澱粉を糖化する能力も1.1〜2倍に増加し、消化する能力は2〜3倍に増加した。しかし、イオンビームによる変異株は安定化のために5〜6回の再分離操作が必要であった。


図3 凍結乾燥したA. awamori IFO 4033株にガンマ線またはC5+イオンビームを照射し、生残した正常型コロニー各10株でのα-アミラーゼ活性の分布、pH4.5(原論文3の図を参考に作成)。(ガンマ線は2kGyより分離;イオンビームの1-3は0.2kGy、4-6は0.5kGy、7-10は0.75kGyより分離)


表2 凍結乾燥したA. awamori IFO 4033株にC5+イオンビームまたはガンマ線を照射して得られた突然変異株のpH3.7における酵素活性(原論文3の表を参考に作成)
変異株 α-アミラーゼ グルコアミラーゼ キャッサバ
澱粉糖化能
サゴヤシ
澱粉糖化能
親株 2400 440 1376 470
C2-1 3500 520 1550 640
C7-3 5500 560 1640 710
C7-4 5800 560 1750 1010
F9 5000 490 1520 510

  *C2-1、C7-3、C7-4:C5+イオンビームより得られた変異株
    **F9:ガンマ線より得られた変異株

 
 A. usamiiやカワラタケのCoriolus versicolorは糖蜜の黒色発酵廃液を脱色したり、リグニンを分解する能力がある。そこで、A. usamii IFO 4033株の凍結乾燥分生子にC5+イオンを照射して得られた正常型の黒色コロニーを釣菌して糖蜜廃液の脱色能を調べた。表3は8倍希釈した廃液の脱色能を比較したものであるが、親株は2〜3日間の振とう培養で約30%の脱色能を示したのに対し、変異株では40%以上の脱色能を示す株が得られた。A. usamiiの親株は培養中に褐色色素を産生するが、イオンビーム変異株は褐色色素産生能がない株が得られ、25倍希釈の廃液では親株が約26%の脱色能を示したのに対し変異株では約50%の脱色能を示した。一方、ガンマ線では脱色能の強い変異株は分離できなかった。

表3 凍結乾燥したA. usamii IFO 4388株にC5+イオンビームを照射して得られた突然変異株による糖蜜廃液の脱色効果、8倍希釈液**(原論文4を参考に作成)
変異株 脱色率(%) 培養後のpH 乾燥菌体収量(g/60ml)
親株 30.2 3.8 0.29
U4-1* 42.4 2.7 0.27
U5-3 34.4 3.5 0.31
U5-22 39.4 3.1 0.30
U6-2* 40.0 3.0 0.29

*褐色色素産生能のない変異株、
**8倍希釈糖蜜廃液にNaNO3 0.3%、KH2PO4 0.1%、MgSO4・7H2O 0.05%、glucose
0.3%を添加(pH5.5)、30℃・2〜3日間振とう培養。

 
 カワラタケのC. versicolorは菌糸の状態で照射した。Potato-dextrose agar平板培地上に菌糸を一面に発生させ、コルクボーラで1.5cmの円形に切り取った試料をイオンビームまたはガンマ線で照射した。照射後、菌糸を滅菌水中に懸濁させ、Potato-dextrose agar上に塗布して生残コロニーから変異株を選別した。その結果、ガンマ線では3株、イオンビームでは2株が親株より高い脱色能を示した。約5日間の振とう培養で親株が58%の脱色能を示したのに対し、変異株では約70%の脱色能を示し、ガンマ線とイオンビームでの差は認められなかった。

コメント    :
 
 微生物の品種改良には遺伝子組み替えや細胞融合が脚光をあびているが、自然界から分離された野生株の改良には突然変異処理が適していると思われる。醸造製品や医薬品、有機化学製品などを製造する微生物の多くは自然界から分離されており、突然変異処理により産業化することが多い。その意味でガンマ線、X線、イオンビームと凍結乾燥処理との組み合わせによる変異処理技術が役立つ可能性がある。

原論文1 Data source 1:
Aspergillus oryzaeのガンマ線および紫外線での突然変異の比較
伊藤 均、A. Nessa
日本原子力研究所高崎研究所
食品照射、29, 8-10 (1994)

原論文2 Data source 2:
Induction of Aspergillus oryzae mutant strains producing incereased levels of α-amylase by gamma-irradiation
H. Ito and A. Nessa
Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute
Radiat. Phys. Chem., 48, 811-813 (1996)

原論文3 Data source 3:
Increased digestibilty of raw starches by mutant strains of Aspergillus awamori
A. Amsal, M. Takigami and H. Ito
Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute
Food Sci. Technol. Res., 5, 153-155 (1999)

原論文4 Data source 4:
Decolorization of darkbrown pigments in molasses wastewater by mutant strains of Aspergillus usamii and Coriolus versicolor
N. Sermkiattipong, M. Takigami, S. Ponpat, O. Sukusudej, S. Charoen and H. Ito
Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute
Biocontrol Science, 4, 109-113 (1999)

参考資料1 Reference 1:
麹カビと麹の話
小泉武夫
東京農業大学
光琳テクノブックス(1) (1990)

参考資料2 Reference 2:
Aspergillus parasiticusA. flavusのアフラトキシン産生に及ぼす低線量照射の影響
伊藤 均、ジンタナ ブナック、ゼナイダ M. de グズマン
日本原子力研究所高崎研究所
食品照射研究委員会研究成果最終報告書、p. 235 - 244、日本アイソトープ協会 (1992)

キーワード:糸状菌、酵母菌、突然変異、品種改良、放射線、イオンビーム、紫外線、黒コウジ菌、アミラーゼ活性
fungi, yeast, mutation, breeding, radiation, ion-beam, ultraviolet, Aspergillus awamori, amylase activity
分類コード:020503, 020102, 020302

放射線利用技術データベースのメインページへ