放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2005/08/01 伊藤 均

データ番号   :020256
ヨーロッパ共同体・食品科学委員会の食品照射健全性に関する見解(2003年)
目的      :ヨーロッパ共同体の照射食品の健全性すなわち、安全性、栄養適性、微生物学的安全性に関する見解を示す。
放射線の種別  :エックス線、ガンマ線、電子線
放射線源    :60Co線源、電子加速器
線量(率)   :0.2-210kGy
照射条件    :水溶液、乾燥下、凍結下等
応用分野    :食品の衛生化、食品の貯蔵期間延長、飼料の殺菌

概要      :
 EU食品科学委員会は2003年までの毒性学的な研究成果から得られた健全性の観点から10kGyの上限を変更するのは困難であると結論した。すなわち、10kGy以上照射された食品については限られた食品の種類しか毒性試験が行われておらず、現時点では香辛料、乾燥薬味料、乾燥野菜調味料のみが衛生的な観点から30kGyまでの照射が技術的に必要であると委員会は認める。

詳細説明    :
 ヨーロッパ共同体(EU)食品科学委員会の1986年の見解では総平均線量10kGyまでの照射食品は安全で栄養学的に適性であると結論した。しかし、その後、10kGy以上の照射食品の健全性のデータが多く得られたので再評価作業を行った。
 
 この健全性の評価に際しては、1) 照射食品は健康に対する危険性がないこと、2) 衛生または健康、良好な製造手段の代替法として放射線処理を行わないこと、3) 放射線処理には正当な技術的な必要性があること、4) 食品照射は消費者にとって有用な技術であること、の立場で検討を行った。
 
 もちろん、この健全性の評価では1980年の照射食品の健全性に関するFAO/IAEA/WHO合同専門家委員会の結論と1994年のWHOの結論(照射食品の安全性と栄養適性)、1997年の10kGy以上の高線量照射食品の健全性に関するFAO/IAEA/WHO研究グループの結論も参考にしている。
 
 本食品科学委員会では照射食品の健康に関する毒性および栄養学的性質ばかりでなく、食品の照射処理後に生残している可能性がある生物や放射線によって起こる食品成分の化学変化についても検討した。
 
1) 放射線化学的評価
  放射線化学的な安全性評価については本データベース「020244、食品の放射線分解生成物と安全性」で述べているのとほぼ同じことを報告しており、放射線分解生成物は加熱分解生成物と似ており放射線特異分解生成物のアルキルシクロブタノン類のみが問題である可能性があると述べている。しかし、その生成量は59kGy照射した鶏肉1g当たり17μg生成されるにすぎない。その他にも、食品脂質から3種類の揮発性炭化水素化合物が放射線特異分解生成物として米国食品医薬品局によって認定されているが、これらの化合物は非照射食品中に存在する類似物質より炭素数が1個少ない分子量である。また、非揮発性の放射線分解生成物は非照射食品中にも見出されている。脂質とタンパク質のラジカル結合によって生成される非揮発性の放射線特異分解生成物は消化時に酵素によって分解されるであろう。これらのことから、放射線特異分解生成物は多くの食品で検出できない不確定な存在である。
 
2) 栄養学的評価
  食品を10kGy以上照射すると加熱調理された食品と同様に様々な栄養成分が分解されるので、全体的な効果は加熱調理と似ている。10kGy以上照射した多くの研究では無酸素下で包装して−20〜−40℃の極低温下で照射することによりビタミン類の損失を最小にすることができることを示している。水溶液中ではビタミン類は放射線で分解されやすいが、水を含んだ食品や乾燥食品では分解しにくく比較的放射線に安定であることがわかっている。ことに、乾燥香辛料中のビタミン類は放射線に対して著しく耐性である。タンパク質や多糖類などの主要な栄養成分は28〜210kGy照射しても動物試験で異常が認められていない。また、高分子不飽和脂肪酸は空気中で63kGy照射した穀類(ライムギ、小麦、米)や50kGy照射したニシン切り身でも損失は認められていない。また、鶏肉を−25℃で59kGy照射しても高分子不飽和脂肪酸の減少は認められていない。栄養成分の分解の代表例を表1に示す。

表1 代表的照射食品の栄養学的評価(参考資料2、3の表を参考に作成)
品目 線量(kGy) 観察される栄養成分の変化
サバ 1〜45 -22℃の照射ではアミノ酸は45kGyでも変化しない。室温
照射でナイアシン(ビタミンB群のニコチン酸)は45kGyで
も安定であるが、3kGyでチアミン(ビタミンB1)とピリド
キシン(ビタミンB6)はそれぞれ15または26%減少する。
最高線量(45kGy)でチアミンは完全に分解する。
ニシン切
り身と油
最高50 真空下、0℃の照射では切り身中の高分子不飽和脂肪酸の分
解はない。油の状態では50%の不飽和脂肪酸の分解が認められた。
豚肉  1 0℃での照射直後に5%のビタミンB1の損失があった。
5〜30 ビタミンB群が74〜95%損失した。
鶏肉 59 -25℃の照射でチアミン、ピリドキシンが若干分解するが、
他のビタミン類は安定であった。高分子不飽和脂肪酸の減少
は認められなかった。
マンゴー 最高2 アスコルビン酸(ビタミンC)とカロチンが若干減少。リボ
フラビン(ビタミンB2)、ナイアシン、チアミン、脂質、タ
ンパク質、糖類、無機塩類は変化しなかった。
馬鈴薯 最高0.15 照射直後と貯蔵によりビタミンCが減少。
赤豆 10 チアミンやリボフラビン、ナイアシン
が若干減少する。
63 1kGy以上ではチアミンやリボフラビン、ナイアシン、
ピリドキシンが減少する。
小麦  0.15〜1.0 タンパク質、脂質、炭水化物は変化しない。ビタミンE、B
複合体はほとんど変化しないがチアミンは若干変化する。
2 チアミンが20%減少し、ビタミンEもわずかに減少する。
 
3) 微生物学的評価
  食品中の芽胞を形成しない食肉等の病原菌の非凍結下での殺菌線量(1〜3kGy)は腐敗菌(3〜7kGy)に比べ少ないことがわかっている。これに対して、ボツリヌス菌などの芽胞形成細菌の殺菌には10kGy以上の線量が必要である。微生物の照射により有害で放射線抵抗性の突然変異株が出現する証拠は見出されておらず、反対に照射により感染能や毒性が低減した変異株が見出されており、それらの株は競争力や適応力が減少している(本データベース020229、「食品照射の微生物学的安全性−突然変異と毒素産生促進効果について−」参照)。なお、突然変異は加熱や保存料、乾燥処理でも起こることがわかっている。微生物毒素は微生物類より放射線に抵抗性であり、微生物毒素の被害を防ぐには照射前の良好な製造工程と照射後の良好な貯蔵管理が必要である。
 
4) 毒性評価
  米国FDAは400件以上の亜慢性毒性試験のうち、約34件については試験方法が完全であると認めた。これらの試験では一部の栄養学的な欠乏によるものを除いて照射による異常は認められていない。そして、90日間の照射鶏肉(3または6kGy)を飼料に35%含む試験などではラットは体重増、臓器重量、血液検査、尿検査等で照射飼料群と非照射飼料群で著しい差は認められなかったと述べている。また、繁殖世代試験では照射鶏肉(3または6kGy)等では繁殖性に放射線処理の影響は認められず、幼動物の重量、死亡率、成長率にも異常は認められていない。
 
 米国FDAは約60件の慢性毒性試験についても評価を行ったが、その内32件はラットを使用したもので(365〜999日間)、18件はマウス(365〜800日間)、11件がイヌ(365〜999日間)、各1件がブタ(300日間)とサル(730日間)であった。多くの研究では25、55.8、56、59、74、94kGyなどの高線量が用いられ、個々の食品や混合された食品、全食品が飼料として照射され飼育に供された。FDAによると、ラットの研究では腫瘍の増加とか著しい毒性などは全く認められず、2世代または3世代の乳離れした幼動物で血清酵素活性や体重がまれに減少する事例があった程度であったという。マウスやイヌ、ブタ、サルの研究でも慢性毒性試験での異常は認められていない。
 
 さらに、オランダの研究でも豚肉のハムを37または74kGy照射してラットによる飼育試験が行われたが、照射による異常は認められず、繁殖性にも異常は認められていない。鶏肉を照射処理(3または6kGy)したものでもラットの慢性毒性試験での異常は認められなかった。
 
 遺伝毒性試験ではインドの栄養失調児に0.75kGy照射した小麦を4〜6週間食べさせたところ血液にポリプロイド(染色体異常の一種)細胞が出現したということについて、多くの追試が行われた。追試した一連の研究ではリンパ球での染色体異常を示すデータは得られておらず、チャイニーズハムスターを15または30kGy照射した小麦で飼育しても骨髄細胞と末梢赤血球でのポリプロイドの増加は認められなかった。
 
 2-アルキルシクロブタノン類の変異原性試験では1本鎖DNAの電気泳動によるコメット分析、結腸細胞による生体内試験等で遺伝毒性の可能性が示されたが、標準的な復帰変異試験では遺伝毒性は認められていない。しかし、哺乳動物細胞による生体外試験等は行われていないので遺伝毒性の有無を評価するのは困難である(本データベース020215「放射線特有の分解生成物2−アルキル・シクロブタノン類の安全性」、020232「2-アルキルシクロブタノン類の毒性評価試験-独・仏プロジェクト研究」参照)。なお、照射によるシクロブタノン類生成量は微々たるものである。
 
 人間による臨床検査が米軍のボランテイア10〜15名によって高線量の照射食品(20〜40kGy)について行われ、食事は15日間提供されたが、3回の結果とも照射による異常は認められなかった。中国では36人の男子学生と34人の女子学生による試験が90日間にわたって行われた。試験食品は2種類の穀類、10種類の豆類と製品、約20種類の果実と野菜、約30種類の肉類、魚、卵、食鳥肉、10種類の香味料であり、1〜8kGy照射された。その結果、臨床検査での照射食品摂取による異常は認められず、ポリプロイドやその他の染色体異常も認められなかった。
 
5) 結論
 照射食品の線量が10kGy以下については毒性学的、栄養学的研究成果は1980年のFAO/IAEA/WHO食品照射合同専門家委員会や1986年のEU食品科学委員会の報告に比べて著しい進歩は認められない。このため、食品科学委員会としては1986年の見解をくつがえすことは考えられず、表2に示す食品の類別と照射線量は引き続いて受け入れられるべきと考える。

表2 EUで許容する食品の類別と照射線量(参考資料2の表を参考に作成)
食品の種類 総平均線量(kGy)
1.果実 2まで
2.野菜 1まで
3.穀類 1まで
4.澱粉質根茎野菜 0.2まで
5.香辛料および調味料 10まで
6.魚および貝類 3まで
7.生鮮肉 2まで
8.食鳥肉 7まで
 
 照射食品の臨床学的研究でも照射食品の消費による異常は認められていないが、総平均線量10kGy以下ではいかなる食品も安全で健全であるという最高線量を変更するのに十分なデータは得られていない。したがって、委員会としては毒性学的に得られている研究成果から10kGyの上限を変更するのは原時点では困難であり、例外として香辛料と乾燥薬味料、乾燥野菜調味料のみが衛生的な観点から30kGyまでの照射が技術的に認められると考える。

コメント    :
 
 2003年のEU食品科学委員会の照射食品健全性に関する結論は10kGy以下の線量を維持することを強調しており、1997年のFAO/IAEA/WHO食品照射専門グループの10kGyの上限を撤廃する勧告と異なった結論である。EU食品科学委員会の結論はヨーロッパ中心の考えが強く、10kGy以上の照射食品の毒性試験が不十分という理由も欧米以外で使用されている食品類の一部が調べられていないという理由によるもので、EU報告書の内容とも矛盾した政治的なものが感じられる。しかし、EUの考えは2003年のコーデックスの食品照射規格基準改訂にも反映されており、原時点ではやむを得ない結論かもしれない。

原論文1 Data source 1:
Revision of the opinion of the Scientific Committee on Food on the irradiation of food
Scientific Committee on Food
European Commission, Health and Consumer Protection Directorate-General
SCF/CS/NF/IRR/24 Final, 24 April 2003

参考資料1 Reference 1:
照射食品の健全性、FAO/IAEA/WHO合同専門家委員会(1980)報告
(訳)川嶋浩二*、林 徹*、川端俊治**
*農林水産省・食品総合研究所、**厚生省・国立予防衛生研究所
食品照射、16, 89−111 (1981)

参考資料2 Reference 2:
food-science and techniques, Reports of the Scientific Committee for Food (Eighteenth series)
Scientific Committee for Food
Commission of the European Communities, Directorate-General
ISBN92-825-6983-7, Brussels-Luxembourg, 1987

参考資料3 Reference 3:
照射食品の安全性と栄養適性
世界保健機関
世界保健機関
コープ出版、1996年

参考資料4 Reference 4:
High-dose irradiation : wholesomeness of food irradiated with doses above 10kGy
Joint FAO/IAEA/WHO Study Group
World Health Organization
WHO Technical Report Series 890, Geneva 1999

キーワード:健全性、放射線化学、衛生、健康、栄養、微生物、慢性毒性、遺伝毒性、臨床検査
wholesomeness, radiation chemistry, hygiene, health, nutrition, microorganisms, chronic toxicology, genotoxicity, clinical study
分類コード:020405, 029407

放射線利用技術データベースのメインページへ