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作成: 2006/06/20 伊藤 均、等々力節子

データ番号   :020255
照射食品中のチアミン(ビタミンB1)含量の変化
目的      :チアミンの照射食品中での分解と加熱調理との比較
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線, 電子線
放射線源    :電子加速器、60Co線源
線量(率)   :0.5 - 59kGy
照射条件    :脱酸素下、凍結下
応用分野    :食品照射、飼料の殺菌

概要      :
 チアミン(ビタミンB1)はビタミン類の中で最も放射線で分解しやすい。しかし、穀類や野菜の放射線処理は0.5kGy以下の殺虫または発芽防止であり、チアミンの分解は10%以下にすぎない。肉類や魚介類は脱酸素下で室温照射する場合は5kGy以下のためチアミンの分解は20〜50%以下であり、凍結下で照射する場合は50kGyでも50%以下である。

詳細説明    :
1.はじめに
 水溶性ビタミン類で放射線によって分解しやすい順序はチアミン(ビタミンB1)>アスコルビン酸(ビタミンC)>ピリドキシン(ビタミンB6)>リボフラビン(ビタミンB2)>葉酸>コバラミン(ビタミンB12)>ニコチン酸(ナイアシン)であるとされている。一般に水溶性ビタミン類は脂溶性ビタミン類より放射線で分解されやすいが、放射線で最も分解されやすいのはチアミンとされている。
 
 ビタミン類は化学構造として二重結合を持つもの(ビタミンAおよびE等)、硫黄原子を持つもの(チアミン等)、酸化還元されやすいもの(アスコルビン酸等)があり放射線や加熱、酸化処理で分解されやすいものが多い。例えば、アスコルビン酸は加熱処理で分解されやすいが、飼料を121℃・25分で滅菌処理すればビタミンAは53%が分解し、ビタミンEは44%、アスコルビン酸は100%分解される。これに対して、放射線で25kGyの滅菌処理ではビタミンAは0%、ビタミンEは7%、アスコルビン酸は21%が分解される。チアミンも放射線滅菌飼料では20〜30%が分解されるのに対し、加熱滅菌では70%以上が分解される。
 
 ビタミン類の放射線分解は酸素の有無や温度、共存物質などによって影響される。ことにチアミンは温度や酸素の影響を受けやすく、魚を常温で6kGy照射すると47%が分解するのに対し、鶏肉を無酸素下で凍結照射すれば59kGyでも32%しか分解されず、他のビタミン類はほとんど分解されなかった。ここでは穀類および肉類を中心にチアミン等の放射線による栄養成分の分解と加熱調理の影響について考察することにする。

2.穀類および野菜での分解
 食品の内、チアミン供給の約50%は穀類とイモ類で占められている。米では玄米1g当たり4μg(=mg/kg)、白米で0.9μgのチアミンが含まれている。穀類の放射線の影響については多くの研究がある。例えば、小麦(チアミン含量5.6μg/g)、トウモロコシ(チアミン含量4.7μg/g)、マンビーン(チアミン含量3.4μg/g)、エジプトマメ(チアミン含量2.9μg/g)にガンマ線を0.5〜5.0kGy照射してチアミン、リボフラビン、ニコチン酸への影響を調べたところ、表1に示すようにチアミンの分解が著しく、5kGyでは小麦で8.7%、トウモロコシで10%、マンビーンで15%、エジプトマメで17%が分解している。しかし、0.5kGyでは2〜9%が分解するにすぎない。
 
 一方、リボフラビンは5kGyでも分解はほとんど起こらなかった。また、ニコチン酸は5kGyで1.8〜4.8%が分解したが、その分解は2.5kGy以上で増加した。他の研究では小麦(チアミン含量4.2μg/g)、トウモロコシ(チアミン含量2.0μg/g)、カラスムギ(チアミン含量6.17μg/g)の挽き割りにガンマ線を1〜25kGy照射してチアミンとリボフラビンの分解について調べている。この場合は、25kGyでチアミンの分解は小麦で50%に対し、トウモロコシで57.5%、カラスムギで24.2%であり、リボフラビンも23〜42.1%が分解されている。一方、1kGyでのチアミンの分解は3〜30%であった。また、他の研究では赤豆に10kGy照射するとチアミンが7.3%分解し、10kGy照射した赤豆を加熱調理すると合計で17.3%分解したが、非照射の赤豆を加熱調理すると23.9%が分解したとの報告もある。

表1 ガンマ線照射による小麦、トウモロコシ、緑豆、エジプトマメ中のチアミン、リボフラビン、ニコチン酸量(μg/g)の変化(原論文1の表を参考に作成)。
ビタミンの種類 線量(kGy 小麦 トウモロコシ 緑豆 エジプトマメ
チアミン 非照射 5.6 4.7 3.47 2.93
0.5 5.47 4.43 3.3 2.67
1 5.43 4.37 3.13 2.53
2.5 5.23 4.27 2.97 2.5
5 5.1 4.23 2.97 2.43
リボフラビン 非照射 0.117 1.43 3.17 2.63
0.5 0.117 1.43 3 2.57
1 0.117 1.43 3 2.57
2.5 0.117 1.42 1.42 2.5
5 0.116 1.4 2.93 2.5
ニコチン酸 非照射 65.57 27.37 30.6 23.3
0.5 65.3 27 30.3 23
1 65.2 26.5 29.7 22.43
2.5 64.7 26.2 29.7 22.43
5 64.4 26.2 29.7 22.17
 
 穀類の場合の照射の目的は殺虫であり、必要線量は0.5kGy以下で十分である。この場合にはチアミンの分解は2〜9%である。穀類の場合は飼料原料としての利用もあるが、30kGyの滅菌線量でもチアミンの分解は30%であるのに対し、加熱滅菌では70%以上分解している。飼料の加熱滅菌では必須アミノ酸類も11〜27%と著しく分解することが報告されているが、放射線滅菌では必須アミノ酸類の分解はほとんど認められていない。これらの結果は穀類でのチアミン等の栄養成分の放射線による分解は加熱滅菌に比べ少ない。
 
 照射による野菜中のチアミンの分解についてはサツマイモの研究がある。サツマイモ中のチアミン含量は1.0〜1.6μg/gであるが、照射直後は2kGyまでは非照射と同じであるが、15kGyで1/2に減少したという。しかし、常温で4ヶ月貯蔵すると非照射品が貯蔵前に比べ9%減少したのに対し、0.12kGy照射では貯蔵前に比べあまり変化せず、0.2kGyでは1/2に減少したという。総アスコルビン酸量は品種によって異なるが200〜500μg/gあり、照射直後には15kGyでも非照射と比べあまり変化しなかった。しかし、4ヶ月貯蔵すると0.2kGyまでは減少しなかったが、0.5kGyでは約1/4に減少した。馬鈴薯でのチアミン含量は約1μg/gであり、照射による減少は0.3kGyで10%、0.6kGyで15%であり120日貯蔵してもほとんど変化していない。タマネギ(チアミン含量約0.5μg/g)については0.15kGyまでについて調べられているが、照射の影響は認められていない。
 
 野菜や果実の場合は照射の影響は主にアスコルビン酸について調べられており、チアミンに関する研究は少ない。野菜や果実の必要線量は1kGy以下であり、多くの応用は0.5kGy以下である。サツマイモや馬鈴薯の例ではチアミンもアスコルビン酸も0.5kGy以下ではほとんど分解がない。また、貯蔵中の変化もほとんど無視できる。

3.肉類、魚介類での分解
 肉類や魚介類中のチアミン含量は1〜2μg/gであり、例外は豚肉で約10μg/g含んでいる。牛肉を空気存在下、常温でガンマ線を30kGy照射するとチアミンの60〜70%が分解する。一方、鶏肉(チアミン含量2.31μg/g)を−25℃の凍結下で59kGyのガンマ線を照射すると32%が分解されるが、加熱滅菌では34%が分解された。一方、豚肉を異なった温度の凍結下でガンマ線を30kGy照射すると−45℃で35%分解したのに対し、−30℃では55%、−15℃では70%が分解した。ベーコンを真空包装して2℃または−40℃でガンマ線を7.5〜30kGy照射してフライに揚げてからチアミン含量を調べると表2に示すように凍結下での照射の方が分解が著しく少なかった。しかし、フライで揚げてから凍結照射すると30kGyでチアミンの分解は36%であり、照射してからフライに揚げた場合よりもチアミン残存量ははるかに多かった。また、牛肉を異なった凍結温度で10kGyの電子線を照射すると室温では65%のチアミンが分解するのに対し、−10℃では24%、−20℃で12%、−75℃で5%が分解している。なお、電子線ではガンマ線に比べチアミン等の分解は同じ線量でも少ない傾向にあることがわかっている。

表2 生ベーコンおよびフライに揚げたベーコンを2℃または−40℃でガンマ線を照射した場合のチアミン含量の影響と照射ベーコンをフライに揚げた場合の影響(参考資料1の表を参考に作成)。
ベーコンの状態
線量
(kGy)
2℃照射での
チアミン含量
(μg/gタンパク質)
−40℃照射での
チアミン含量
(μg/gタンパク質)
生ベーコン 0 44.2 45.4
7.5 17.7 38.4
15 9.5 30.9
30 4 17
照射後に揚げる 0 22.8 22.8
7.5 7.6 17.3
15 4 13.4
30 0.7 1.6
揚げてから照射 0 23.2 21.8
7.5 20.2 19.4
15 17.8 17.3
30 14.9 14.8
 
 室温で牛肉、子羊肉、豚肉、七面鳥肉を照射するとチアミンの分解は肉の種類によって大差がないが、牛肉での分解が多い傾向があるとの報告がある。一方、鶏肉を真空包装して電子線を照射すると表3に示すように3.1kGyでチアミンが35%分解する。生のタラを室温で6kGy照射するとチアミンの47%が分解し、さらに加熱調理すると合計で54%が分解している。一方、非照射のタラを加熱調理すると10%が分解するにすぎなかった。これに対し、リボフラビンやニコチン酸は照射してもほとんど分解しなかった。しかし、タラの必要線量は3kGy以下であり、チアミンの分解は30%以下と思われる。

表3 真空包装した鶏肉を10MeVの電子線で照射して8℃で貯蔵した場合のチアミン含量(μg/g)の変化(原論文3の表を参考に作成)。
線量 貯蔵日数
(kGy) 0 22 35
0 1.60±0.10 1.77±0.1* 1.76±0.11*
1.1 1.38±0.13 1.35±0.29 1.14±0.4*
2.1 1.36±0.11 1.03±0.33 1.36±0.14
3.1 1.02±0.10 1.44±0.4 1.41±0.05
*この時点で腐敗している。
 
 肉類や魚介類の放射線殺菌は主に食中毒菌の殺菌や寄生虫の殺虫であり、必要線量は室温下で5kGy以下であり脱酸素してから照射するとチアミンの分解は低減でき、20〜50%以下と思われる。また、滅菌を目的とする10kGy以上の高線量照射は食味低下を防ぐためにも凍結照射が必要であり、−25℃前後で50kGy照射してもチアミンの分解は50%以下である。したがって、全ての食事を放射線殺菌した食品で占められないかぎり、チアミン不足による栄養障害は起こらないであろう。すなわち、穀類や野菜の必要線量は1kGy以下でありチアミンの分解はほとんど問題にならず、たとえ肉類を室温で5kGy照射してもチアミンは十分に摂取できるであろう。

コメント    :
 成人の1日当たりのチアミンやリボフラビン、ビタミンAのようなビタミン類の必要量は1〜2mg、アスコルビン酸50〜75mg、ビタミンE 5mg、ニコチン酸13mgといわれている。食品を照射することによるチアミン等の栄養価の損失とチアミン等の栄養価の損失は必要線量を低くするか、脱酸素包装または凍結下での照射によって低減することができる。現実には日常食品に占める照射食品の割合はわずかでありチアミン等の栄養価の損失は無視することができよう。

原論文1 Data source 1:
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A. Badshahkhattak* and C. Klopfenstein**
*Nuclear Institute for Food and Agriculture, Tarnab, Peshawar, Pakistan, **Dept. of Grain Science and Industry, Kansas State University, Manhattan 66502.
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原論文2 Data source 2:
Effect of gamma irradiation on survival of natural microflora and some nutrients in cereal meals
T. Hanis1, J. Mnukova2, P. Jelen1, P. Klir1, B. Perez3, and M. Pesek4
1Institute of Physiology, Czechoslovak Academy of Science, Prague, Czechoslovakia, 2Institute of Hygiene and Epidemiology, Prague, 3Institute de Investigaciones Para la Industria Alimenticia, Havana, Cuba, 4Institute for Research, Production, and Application of Radioisotopes, Prague
Cereal Chemistry, 65, 381 - 383(1988).

原論文3 Data source 3:
Effects of combined electron-beam irradiation and sous-vide treatments on microbiological and other qualities of chicken breast meat
K. Shamsuzzaman, L. Lucht, and N. Chuaqui-Offermanns
Radiation Applications Research Branch, AECL Research, Whiteshell Labotatories, Pinawa, Manitoba, ROE ILO, Canada
Journal of Food Protection, 58, 497 - 501(1995).

参考資料1 Reference 1:
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Joint FAO/IAEA/WHO Study Group
World Health Organization
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参考資料2 Reference 2:
照射食品の安全性と栄養適性
世界保健機関
世界保健機関
コープ出版、1996年

参考資料3 Reference 3:
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岡上誠子、福谷マツエ、杉原瑞穂*、橋田 勲*
広島大学教育学部家政科栄養化学教室、*大阪市立研究所
RADIOISOTOPES,14,103 - 109(1965)

参考資料4 Reference 4:
γ線照射による馬鈴薯の栄養成分の変化に関する研究、1.ビタミンB1、ビタミンB2およびビタミンC含量におよぼす影響
国立衛生試験所
食品照射研究運営会議、原子力委員会
放射線照射による馬鈴薯の発芽防止に関する研究成果報告書(付録)、昭和46年

参考資料5 Reference 5:
γ線照射玉ねぎの栄養学的研究、1)γ線照射による玉ねぎの栄養成分変化と組織変化について
国立栄養研究所応用食品部
食品照射研究運営会議、原子力委員会
放射線照射による玉ねぎの発芽防止に関する研究成果報告書(付録)、昭和47年

参考資料6 Reference 6:
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J. B. Fox, Jr., L. Lakritz, J. Hampson, R. Richardson, K. Ward, and D. W. Thayer
Dept. of Agriculture, Agricultural Research Service, Eastern Regional Research Center, Food Safety Research Unit, 600 East Mermaid Lane, Philadelphia
Journal of Food Science, 60, 596 - 603(1995)

参考資料8 Reference 8:
Decontamination of animal feeds by irradiation
Advisory group meeting on radiation treatment of animal feeds
Joint FAO/IAEA Division of Atomic Energy in Food and Agriculture
STI-TUB-508, International Atomic Energy Agency, Vienna, 1979.

キーワード:照射食品、チアミン、アスコルビン酸、穀類、肉製品、脱酸素下、凍結下、加熱処理
irradiated foods, thiamine, ascorbic acid, grains, meat products, oxygen free conditions, frozen conditions, heat treatment
分類コード:020405, 020403, 020407

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