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作成: 2005/11/30 天野和宏

データ番号   :020250
「刺さないミツバチ」の系統造成
目的      :ミツバチ刺針の無害化系統の樹立
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源
線量(率)   :30Gy
利用施設名   :(独)農業生物資源研究所 放射線育種場 ガンマルーム
照射条件    :王台(女王育成巣房)をガンマルーム内で照射
応用分野    :ミツバチの家畜化

概要      :
 
 刺針の機能を喪失した突然変異体、すなわち「刺さないミツバチ」がガンマ線照射により生じることが明らかとなった(データー番号020126を参照)。この現象を解析し、系統樹立を含めた利用方策を検討している。

詳細説明    :
 
 これまでの研究(データー番号020126)により「刺さないミツバチ」の作出には以下の2つの方法が見い出されている。1)受精嚢に精子を蓄えている成熟女王バチにガンマ線照射をする場合と、2)個体の発育段階(蛹化期)にガンマ線を照射する方法である。
 
 前者の場合低率ではあるが「刺さない形質」が遺伝することが確かめられている。後者の場合は羽化成虫のほとんどの個体が刺針構造に変異をもたらした「刺さないミツバチ」となる。これらの成虫は働きバチであるため次世代への遺伝性は不明であった。
 
 本研究では、2)の作出方法を女王バチ育成(王台形成)に応用しその遺伝性を明らかにするとともにそのための適正照射量、照射時期、および次世代(働き蜂バチ)の遺伝子変異を解析したものである。
  
「刺さない」形質を有する女王バチの作成における照射時期および有効線量の特定:
 移虫(grafting:幼虫を王台に移すこと。孵化直後の幼虫を使う)後5日目、および照射線量は29.25Gyが最適であった(図1)。すなわち、女王バチの羽化までの発育期間は16日(卵期(3日)幼虫期(6日)蛹期(7日))であるから、蛹化初期に30Gyを照射することによって刺さない形質を有する女王バチが効率的に誘起できる。こういった女王バチをコロニーに導入・飼養すると野生女王バチ同様正常に産卵する。その内、いくつかのコロニーでは「刺さないミツバチ(働きバチ)」を産出し、遺伝性を確認した。


図1 ガンマ線量(上図)と照射時期(下図)による「刺さない」形質を有する女王バチの出現頻度(原論文1より引用)

 
照射女王バチの特性:
 照射女王バチによるコロニーの恒温調整機能は野生ミツバチコロニーと同様の能力を保持しており、コロニー内での行動も野生ミツバチコロニーと何ら変わらない(図2)。しかし、照射女王は、ガンマ線照射による生理的あるいは体力的にかなりのダメージを受けていることから、照射女王の生存価は劣っていることが明らかとなった。そのため、「刺さないミツバチ」の系統作成には、自家授精の手法が有効であるが、自家授精女王のコロニー形成後速やかに次世代王台の育成を行う必要がある。


図2 働きバチに取り囲まれている照射女王。この行動は野生コロニーで見られるのと同じ正常なものである。

 
変異遺伝子の解析:
 照射女王バチコロニーから産出された「刺さないミツバチ(働きバチ)」を材料にDNA解析を行った。
 
 調製DNAの精度を上げるために、野生ミツバチおよび「刺さないミツバチ」の腸内不純物を除去したサンプルからのDNAを調製し、遺伝子解析のツールを用い遺伝子変異部分を探索した結果、野生型の個体間の変動に比べ、「刺さないミツバチ」の個体間ではバンドパターンの変動が大きく観察され、ガンマ線照射によりゲノムDNAに変異が生じていることが明らかとなった。
 
 次に、6MW, CTA4DOPおよびRAPDプライマーを用い、詳細な遺伝変異およびその領域を調べた。
 
1)DNAの調製:実験蜂場から、野生ミツバチおよび「刺さないミツバチ」を採取し-20℃にて保存し、後にそれぞれ個体の胸部から、3通りの方法(Dneasy tissue kit、DNA extraction kit、Phenol/Chloroform extraction)により行った。得られたDNAはおよそ23kbのサイズで明確なものであった。
 
2)RAPDプライマーによるPCR増殖:6MW (5-CCG ACT CGA CNN NNN NAT GTG G-3)およびCTA4DOP (5-CTA CTA CTA CTA CCG ACT CGA G-3)を用い、初期処理は3分間の94℃、続いて94℃1分間、37℃1分間、72℃3分間の35サイクルである。後期処理は72℃10分間である。他に20のRAPDプライマーをスクリーンにかけた結果、RAPD1 (GCA TCG ACT T)、 RAPD2 (ACA CTT CCC A)、 RAPD3 (GAC GCT TGA C)、RAPD4 (CGA TTC CCG T)が明確なバンドを示した(図3)


図3 RAPD1-3による野生ミツバチサンプルDNAの増殖(上図)、同「刺さないミツバチ」(下図)。Mはサイズマーカー、1-5はRAPD1、6-10はRAPD2、11-15はRAPD3。バンド図から分かるように、RAPDプライマーにより、野生ミツバチと「刺さないミツバチ」では、遺伝子増幅に顕著な差異が現れ、野生ミツバチに比べ変異体での多型現象が見られる。

 
 本解析で用いた制限酵素(HindIII、AvaI、DraI、TaqI、HinfI、HpaII、 Sau3AI、KpnI、XhoI、EcoRI、EcoRV、BamHI、EcoRI)の内、DraI、HinfI、HpaII、Sau3AI、EcoRVが、何れもよく双方のサンプルDNAを切断することがわかったので、DraIを用いての研究を進展させた。
 
 それらの結果は、野生ミツバチと変異体とでは断片の数が顕著に異なり、このことは、DraIにおける切断箇所が「刺さないミツバチ」において数多く変異していることを示している。
 
 DNAライブラリーを作成するために、野生ミツバチと「刺さないミツバチ」双方のSa/I、BamHIによるDNA断片を精製し、前もってEcoRVによって処理されているpBlueScript SK(+/-)ベクターに、挿入し、これらの形質転換後、ホワイトコロニーを選別した(挿入サイズはSa/I、BamHIの切断によって決定される)。このようにして、双方におけるDNAライブラリー中に種々の挿入サイズが明らかに認められた(図4)。これらのライブラリーは、野生種と変異種における塩基配列の変異決定に連なる。


図4 野生ミツバチのDNAライブラリー(左)と「刺さないミツバチ」のDNAライブラリー(右)。Mはサイズマーカー。



コメント    :
 
「刺さないミツバチ」の形質が遺伝するのであれば、その系統樹立にはミツバチのもつ自家受精機構を利用することができる。すなわち、王台から羽化した処女女王蜂を交尾させずに飼養するとやがて単数体(n)の卵を産み、雄蜂となる。雄蜂の精巣成熟を待ってその精子による母女王蜂への人工授精をすることにより、二倍体(2n)の受精卵が産下される。働き蜂も女王蜂も二倍体であり、この世代交代により変異遺伝子の集約が効率的に行なわれる。本報告での遺伝性の部分を要約すると、ガンマ線照射の核DNAに対する作用はランダムな変異をもたらし、これらは刺針システムの構築を担っている遺伝子域にも影響しており、「刺さない」形質の遺伝性を説明しているとのことである。系統樹立の作業は研究面よりもむしろ事業的な色彩を持つ。本報告は、今後の実利用に楽しみな技術開発を提供している。

原論文1 Data source 1:
Mutation breeding of sting-broken honeybees by gamma irradiation
K. Amano
Gamma Field Symposia Number 40, 53-65 (2001)

原論文2 Data source 2:
The detection of DNA variation in mutant “sting-broken honeybees (Apis mellifera)” induced by gamma radaition
C. Chanchao, K. Amano, and S.Wongsiri
Journal of KMITL 4, 74-80 (2004)

キーワード:ミツバチ、刺さないミツバチ、ガンマ線、突然変異体、養蜂、女王バチ、働きバチ、王台、honeybee, sting-broken honeybee, gamma irradiation, mutant, bee-keeping, queen, worker, queen cell
分類コード:020103

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