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作成: 2004/09/29 上野 敬一郎

データ番号   :020249
イオンビーム照射による無側枝性輪ギク「今神」「新神」の育成
目的      :イオンビームを用いたキクのワンポイント特性改良
放射線の種別  :重イオン,エックス線
放射線源    :AVFサイクロトロン(220MeV炭素イオン、320MeV炭素イオン、50MeVヘリウムイオン、100MeVヘリウムイオン)、軟X線照射装置 SOFRON TRS-100CX (85kVp, 3mA)
フルエンス(率):フルエンス(率):C220MeV:2.5×106(particles/cm2/sec)、He50MeV:3.5×107(particles/cm2/sec)、He100MeV:1.4×109(particles/cm2/sec)、X-ray: 3.6Gy/時間
線量(率)   :C220MeV:0.5-5Gy、C320MeV: 1-5Gy、He50MeV:1-3Gy、He100MeV:1-10Gy、X-ray:5-10Gy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所AVFサイクロトロン、鹿児島県バイオテクノロジー研究所、鹿児島県農業試験場花き部
照射条件    :大気中
応用分野    :植物育種、放射線生物学、花き園芸、植物資源利用

概要      :
 秋輪ギク「神馬(じんば)」は,純白で花形や草姿,栽培特性に優れることから,ここ数年で全国的に輪ギク最大の品種になってきた。しかし,摘蕾作業に多大な労力を要する,低温遭遇により開花遅延を引き起こす等の欠点がある。そこで,イオンビーム照射により変異を誘発し,早晩性や無側枝性の選抜を行い,2003年に「神馬」から「今神(いまじん)」「新神(あらじん)」の2品種を育成した。

詳細説明    :
1) 側枝数に及ぼす影響
側枝の発生の少ない「無側枝性」系統の育成について検討した。その結果,再生個体における摘芽・摘蕾数は,平均値では各照射の処理区による差は認められない。しかし,照射により摘芽・摘蕾数の増減する個体の広がりがみられ(図1),照射区から摘芽・摘蕾数の少ない個体を選抜することができた。また,選抜した無側枝性系統の基本特性は元品種「神馬」の特性を維持しており,イオンビームはキク無側枝性の育成に有効な手法であると考えられた。


図1  イオンビーム照射が摘芽・摘蕾数に及ぼす影響 (C320MeVの各線量における摘芽・摘蕾数別個体数比率)(原論文3より引用)


2) 開花の早晩に及ぼす影響
低温感応性の高い個体は,低温遭遇により開花遅延を起こし開花が遅れるのに対して,早生個体ではある程度の低温に遭遇しても正常に花芽を分化し,開花は遅れない。そこで,低夜温管理を行うことにより開花の早晩性の選抜を行った。その結果,消灯後9週までに開花する早生個体の割合は,220MeV・12C5+ 1.5〜4.0Gy及び軟X線5Gy照射区で増加した。また,14週以降に開花が遅れた晩生個体の割合についても,イオンビーム及び軟X線の照射により増加し,Cイオン4〜5Gy照射区では1/4以上が晩生の変異個体であった(図2)。そして,これらの中から低温開花性個体の選抜を行った。


図2  イオンビーム照射と早晩性変異個体の出現頻度(原論文2より引用)


3) 選抜の状況
 平成14年度までに「神馬」では約18,000個体を養成し,花容草姿が優れ,側枝の発生が少ない個体及び温開花性に優れた個体を90個体以上選抜した。その中で,特に13年度に選抜した2個体のうち,一個体は無側枝性が強く,もう一個体は無側枝性では若干劣るものの,花が大きく生育旺盛でボリュームがあり,総合的に有望な形質を示した。これらの選抜個体は栄養繁殖を行い,各個体を数十本単位の系統とし,選抜した翌年の平成14年度に12月,3月,4月開花の異なる作型で栽培し,系統ごとの特性を調査した。その結果,個体で選抜した際の特性を保持しており,前者を「今神(いまじん)」,後者を「新神(あらじん)」として平成15年6月に品種登録の出願を行った。
 図3に示したように,12月開花の作型で元品種の「神馬」は30個を超える摘蕾が必要であったのに対して,「今神」の摘蕾数は「神馬」の1/5〜1/6程度であり,「新神」は「今神」より摘蕾数は多いものの,「神馬」の1/2程度に減少していた。特に消灯前に展開した節は,切り花の下半分に位置し,その部位の摘芽・摘蕾作業は位置が低いことから,さらに時間と手間を要する。そのため,これらの特性は多大な省力化に結びつくものと言える。


図3   「神馬」と「今神」・「新神」の側枝着生状況 (H14.12開花)(原論文4より引用)


4) さらなる改良に向けて
 今回「神馬」から育成した「今神」「新神」の2品種は,基本的には元品種「神馬」の特性を保持している。しかし,白系秋輪ギク品種の理想的な特性としては,無側枝性+低温開花性+ボリュームといった三要素を満たす必要があり,「今神」はボリュームが,「新神」は低温開花性が若干劣っている。
 一方,従来から変異原として用いられているガンマ線やエックス線では,イオンビームに比べてLETが低いため,変異した形質だけでなく生育や他の諸形質にも影響が現れる場合が多い。それに対して,イオンビームは局所的に大きなエネルギーを与え変異を生じることから,他の箇所への影響が少なく,不良変異を伴わない変異体の獲得が期待される。
 そこで,「今神」「新神」にイオンビームの再照射を行い,さらに改良する試みを開始した。しかし,「今神」の場合,元品種と比較してDNA量が1〜2%減少し,その葉片から再度不定芽を経由して再生した植物では,照射の有無にかかわらずDNA量がさらに減少して,生育不良や葉の奇形が高頻度に出現した。これはDNAの損傷に伴い,DNAの修復能力も低下していることを示唆しており,イオンビームによる変異が,点様突然変異と大きな構造変化を1:1に誘発し(参考資料1),染色体欠損等の大きな構造変化を高頻度に含んでいることを示している。
 それに対して「新神」は低線量区から得られた個体であり,DNA量は減少していない。そのため,「新神」の葉片から再生した個体では奇形等の頻度も低く,イオンビーム照射を行った場合でも不良形質を伴う頻度は低く,正常な生育を示した。現在,「新神」の早生化を目指した選抜を行っており,まもなく三要素を合わせ持った白系秋輪ギクが育成できるものと期待している。

コメント    :
 品種改良(育種)の基本は,交配によって多種多様な必要形質を集積し,優良形質を兼ね備えた優秀な品種を育成することにある。しかし,キクのような高次倍数体作物では遺伝形質の集積が難しく,交配による育種には多大な労力と長い年月を要する。ところが,諸形質を変えることなく,特定の形質(早生,低温開花性,無側枝性など)について改良できるということになれば,交配によって集積し選抜する形質が少なくなり,育種年限の大幅な短縮に結びつく。さらに,キクの場合の無側枝性など,育種の根幹に関わる形質が改変できるということは,品種育成プログラム自体を見直し,これまで以上に優れた品種を短期間に育成できる可能性を秘めている。また,現在行っている再照射による再改良が実現すれば,イオンビームは改変可能な複数の形質を段階的に改良できる実証となり,変異原としての有用性がさらに増すこととなる。

原論文1 Data source 1:
Effects of Ion Beam Irradiation on Chrysanthemum Leaf Discs and Sweetpotato Callus
K. Ueno*, S. Nagayoshi*, K. Shimonishi*, Y. Hase**, N. Shikazono** and A. Tanaka**
*Kagoshima Biotechnology Institute, **Department of Ion-Beam-Applied Biology, JAERI
TIARA Annual Report 2001 (JAERI-Review 2002-035), 44-46 (2002)

原論文2 Data source 2:
Effects of Ion Beam Irradiation on the Mutation Induction from Chrysanthemum Leaf Disc Culture
K. Ueno*, S. Nagayoshi*, Y. Hase**, N. Shikazono** and A. Tanaka**
*Kagoshima Biotechnology Institute, **Department of Ion-Beam-Applied Biology, JAERI
TIARA Annual Report 2002 (JAERI-Review 2003-033), 52-54 (2003)

原論文3 Data source 3:
鹿児島県における放射線育種 〜イオンビームによる「無側枝性キク」の育成〜
永吉実孝
鹿児島県バイオテクノロジー研究所
放射線と産業,No.98, 10-16 (2003)

原論文4 Data source 4:
ワンポイント改良による無側枝キクの育成
上野敬一郎
鹿児島県バイオテクノロジー研究所
第2回イオンビーム生物応用ワークショップ論文集 (JAERI-Conf 2004-001), 30-33 (2003)

原論文5 Data source 5:
Additional Improvement of Chrysanthemum using Ion Beam Re-irradiation
K. Ueno*, S. Nagayoshi*, Y. Hase**, N. Shikazono** and A. Tanaka**
*Kagoshima Biotechnology Institute, **Department of Ion-Beam-Applied Biology, JAERI
TIARA Annual Report 2003 (JAERI-Review 2004), in press

参考資料1 Reference 1:
イオンビーム誘発突然変異の分枝機構
鹿園直哉
日本原子力研究所,高崎研究所,イオンビーム生物応用部,植物資源利用研究室
第1回イオンビーム生物応用ワークショップ論文集 (JAERI-Conf 2003-003), 9-12 (2003)

キーワード:イオンビーム、キク、突然変異、育種、秋輪ギク、低温開花性、無側枝性、DNA量、新品種
Ion Beam, Chrysanthemum, mutation, breeding, autumnal flowering mum, low temperature flowering, few axillary bud, amount of total DNA, new varieties
分類コード:020101, 020301, 020501

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