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作成: 2004/08/27 新井正善

データ番号   :020247
カーネーションへのイオンビーム照射効果と誘導される変異の特徴
目的      :突然変異誘発技術の開発とその応用
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :重イオン加速器(12C135MeV/u, 20Ne135MeV/u)
フルエンス(率):C135MeV/u:2.27×107(particles/cm2/sec), Ne135MeV/u:1.01×107(particles/cm2/sec)
線量(率)   :1-50Gy
利用施設名   :理化学研究所加速器施設(RARF)
照射条件    :大気中
応用分野    :農業、園芸学、植物育種

概要      :
カーネーションの培養腋芽に対するイオンビーム照射では、生存率を低下させない照射量の炭素及びネオンビーム照射により変異の種類や頻度を拡大できることが示された。また、照射による芽の生育及び発根阻害は、継代培養を繰り返すことにより回避できることが確認された。観察された形質変異は、花色変化、葉幅変化、わい化、早晩性の変化、斑入りであり、品種により頻度が異なった。また、草丈や早晩性など量的形質の変化した個体の比率が極めて高かった。

詳細説明    :
1.はじめに:主要な切り花の一つであるカーネーションは生活様式の多様化により多種多様な品種が求められており、毎年数多くの品種が交雑や枝変わり選抜により育成されている。そこで、培養変異選抜による品種育成を目的として、変異の幅や頻度を拡大するため、近年注目されているイオンビームについて検討した。
2.材料及び方法:用いた品種系統はノラ(花色:ピンク)、DC1及びDC4(花色:いずれも赤)、実生系Af67(花色:赤紫)とした。イオンビーム照射は理化学研究所加速器研究施設において行い、無菌的に継代培養を行っている個体を節ごとに切り取り、培地を10mL入れた径6cmプラスチックシャーレに20個ずつ移植して8〜18日前培養し、供試材料とした。照射イオンは炭素及びネオン(6C+,10Ne+,135MeV/u)、線量は1〜50Gyとした。いずれも処理後、MSホルモンフリー培地で培養し、正常発根個体が得られるまで節培養による継代培養を繰り返した。培養は25℃、16時間日長で行った。発根植物体は順化・育苗後、径18cm黒ポリポットで栽培し、各株1花開花させて形質調査を行った。
3.培養物への効果:いずれの系統も生存率の低下は認められなかったが、正常生育率は20Gy以上で低下し、50Gy区で顕著であった(図1)。発根率も同様の結果であった。イオンの種類の影響は系統によって異なり、Af67は炭素で、DC1及びDC4はネオンで、より阻害効果が高かった。また、ネオンビーム照射の場合、前培養の期間が短いと生存率が低下した(図2)。これらの阻害効果は継代培養を2回行うことにより回避できた(図3)。カーネーションの場合、通常の継代培養でも正常化及び発根率が高められるため、同様の効果と考えられる。


図1 培養腋芽に対するイオンビーム照射の影響 ◯;炭素,▲;ネオン(原論文1より引用)



図2 DC1培養脇芽に対するイオンビーム照射と前培養期間の影響 ●;炭素前培養16日,○;炭素前培養8日,;ネオン前培養16日,◇;ネオン前培養8日(原論文1より引用)



図3 Af67培養脇芽への炭素ビーム照射と継代培養回数の影響 ●;継代培養1回,◇;継代培養2回(原論文1より引用)

4.各形質への効果:いずれの系統も照射により到花日数が大きく変化した。特にDC1及びDC4の高照射区で顕著であり、20Gy以上では40〜140日も増加し、一部には未開花株も観察された。また、前培養期間が短い区で、より到花日数が増加する傾向が認められた。これらの結果は培養腋芽の正常生育率及び発根率と符合し、順化時の植物体の状態にも影響されると考えられる。いずれの系統も照射区では萼割れ率及び節数が増加したが、照射量との関係は明瞭ではなかった。


図4 観察された形質変異

5.変異及び形質変化:観察された変異は花色変化、花型の変化、わい化、葉幅の増加、斑入りなどであり、花色変化は主に淡色化であった(図4)。頻度は系統により異なるものの、主に5Gy以上の区で変異が観察され、照射量が高い区ほど頻度も高い傾向が認められた(表1〜3)。また、DC1の花色変化を除き、ネオンより炭素で変異頻度が高かった。系統別に見ると、Af67では最も頻度の高い炭素50Gy区で、総数50%、花色変化13%、花弁数の変化25%、草姿の変化13%であり、炭素20Gy区で、草姿の変化25%、わい化9%が観察された。DC1では最も頻度の高い炭素50Gy区で総数36%(すべて花型の変化)、炭素20Gy区で斑入り3%、ネオン20Gy区で総数21%、花色変化17%、雌蕊の赤色化4%などが観察された。DC4では最も頻度の高い炭素20Gy区で総数45%、花色変化45%、花型の変化12%、草姿の変化3%、雌蕊の赤色化12%が観察された。これらの変異頻度は他の変異誘導処理と比較して非常に高かった。さらに、開花時期、花径、節数、草丈などの量的形質が変化した個体が、花色変異やわい化など明らかな形質変異が確認されない低照射区でも高頻度に観察された。1回の栽培では、これらのすべてが変異とは言い切れないが、低照射区でもかなりの頻度で変異が起きていると推察される。以上から、カーネーションの培養腋芽へのイオンビーム照射では、低照射量で早晩性や草丈などの変化が、高照射量で花色や花型などの変化が誘導できることが確認された。

表1 Af67へのイオンビーム照射で観察された形質変異 2001〜2002年度栽培。表の値は対照が平均値(早晩性;日、花径・草丈;cm)、他の処理は出現頻度(%)。花径:対照よりも5mm以上異なる。草丈;対照よりも15cm以上異なる。変異:花色:いずれも淡色化。花弁:花弁数の減少。草姿;葉幅減少または節位のねじれ。わい化:対照よりも30cm以上低下。
処理 早晩性 花径 節数 草丈 変異個体の比率(%)
早生 晩成 総数 花色 花弁 草姿 わい化
対照 80.0 7.2 19.7 85.4 0 0 0 0 0
C1
C5
C10
C20
C50
50
33
25
26
13
0
0
25
17
44
0
17
33
17
19
25
17
25
43
31
0
0
17
13
13
50
33
25
43
6
0
0
0
0
0
50
17
25
35
38
0
0
8
25
50
0
0
0
4
13
0
0
0
0
25
0
0
4
25
13
0
0
8
9
0
Ne1
Ne5
Ne10
Ne20
Ne50
0
0
17
25
0
63
85
17
25
13
50
35
17
50
25
13
20
50
50
25
13
55
33
50
50
0
0
0
25
0
0
5
17
50
25
0
5
0
25
13
0
0
5
17
25
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
5
17
25
0
0
0
0
0

表2 DC1へのイオンビーム照射で観察された形質変異 花径;対照よりも5mm以上異なる。花形:花弁減少または奇形花。雌蕊赤;めしべが赤色に変化。他は表1に準ずる。
処理 早晩性 花径 草丈 変異個体の比率(%)
早生 晩成 総数 花色 花形 草姿 斑入り 雌蕊赤
対照 188 7.1 106.3 0 0 0 0 0 0
C1
C5
C10
C20
C50
44
38
32
14
0
32
31
46
66
91
32
35
32
28
36
8
8
3
10
9
0
0
0
0
0
8
0
8
7
18
4
8
11
14
36
0
0
3
7
0
0
4
3
3
36
0
4
0
0
0
0
0
0
3
0
4
0
8
3
0
Ne1
Ne5
Ne10
Ne20
13
9
8
9
47
55
67
87
31
32
4
9
0
36
13
26
0
0
0
0
0
0
0
4
0
5
17
21
0
5
17
17
0
0
0
4
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
4
4

表3  DC4へのイオンビーム照射で観察された形質変異 表2に準ずる。(原論文2より引用)
処理 早晩性 花径 草丈 変異個体の比率(%)
早生 晩成 総数 花色 花形 草姿 雌蕊赤
対照 163.0 6.8 105.0 0 0 0 0 0
C1
C5
C10
C20
4
3
0
0
48
61
96
82
16
9
13
18
8
9
9
6
0
0
0
0
0
3
9
12
12
24
39
45
8
24
39
45
0
3
0
12
0
0
4
3
12
18
4
12
Ne1
Ne5
Ne10
Ne20
0
4
4
0
84
64
75
84
29
12
8
19
13
20
0
6
0
0
0
3
3
0
8
3
13
8
8
34
13
4
8
34
6
4
0
0
0
4
0
0
10
0
4
6


コメント    :
カーネーションの培養腋芽へのイオンビーム照射でも、生存率は低下させないが正常な芽の生育や発根率を低下させる照射量で、変異誘導効果が高いことが示された。また、継代培養を繰り返すことにより、照射による正常な芽の生育や発根率の阻害効果を低減できることが示された。さらに、イオンビーム照射では花色や花型の変化の他に、低照射区でも草丈の低下や開花期の遅延効果が極めて高いことが確認された。今後、これらの結果を応用したカーネーションのイオンビーム育種が期待される。

原論文1 Data source 1:
カーネーションへのイオンビーム照射による変異誘導
新井正善
秋田県農業試験場
東北農業研究56:235-236(2003)

原論文2 Data source 2:
イオンビーム照射によるカーネーションの変異誘導と他の変異誘導処理との比較
新井正善*・阿部知子**
*秋田県農業試験場、**理化学研究所
育種学研究6(別2):192(2004)

参考資料1 Reference 1:
EMS処理によるカーネーションの変異誘導と他の変異誘導処理との比較
新井正善
秋田県農業試験場
東北農業研究57:192(2004)

キーワード:イオンビーム、育種、カーネーション、花色、早晩性、突然変異, 培養腋芽、量的形質、わい化
ion beam, breeding, carnation, flower color, flowering time, mutation, tissue culturing axillary bud, quantitative character, dwarfing
分類コード:020101, 020301, 020501

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