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作成: 2004/07/28 伊藤 均

データ番号   :020245
食品中の残留殺虫剤に対する放射線照射の影響
目的      :放射線処理による食品中の残留殺虫剤の安全性を明らかにする
放射線の種別  :ガンマ線,電子
放射線源    :60Co
線量(率)   :12.9 Gy/min, 10 - 80 kGy
照射条件    :有機溶媒または水溶液中
応用分野    :食品照射、生薬の放射線殺菌、飼料の放射線殺菌

概要      :
 殺虫剤など多くの農薬は有機塩素系化合物でありヘキサンなどの有機溶剤や水溶液中では比較的分解しやすく、DDTやパラチオンなどは3kGyで5〜20%分解することもある。しかし、実際の食品中では40〜80kGy照射してもほとんど分解しないものが多い。また、放射線照射により解離した塩素や臭素などは他の有機物と反応することもない。

詳細説明    :
1.はじめに
 食品中には残留殺虫剤などが微量に含まれていることが多い。ことにDDTなどは発展途上国でも数十年前から使用禁止されているにもかかわらず、現場では使用されているこがある。DDTは生体内で分解されにくいため、魚介類など多くの食品類に残留していることが多い。その他の殺虫剤とか変圧器用油などに使用されたPCBなども微量に食品中に混入している可能性がある。食品を放射線処理する場合、これらの残留農薬などが食品成分と反応して有害物質に変わるかどうかを明らかにしておく必要がある。このため、照射食品の安全性評価の一つとして残留殺虫剤などが放射線によりどのように分解し、毒性がどのように変化するのか検討した。
 
2.殺虫剤などの放射線分解
 有機塩素系化合物などの農薬は食品中に微量に残留しているが、放射線によって起こる反応は主に水和電子と水酸基ラジカルによって起こる脱塩素反応である。農薬の多くは塩素または臭素化合物である。放射線によって起こる化学反応は塩素や臭素を解離しやすく、解離したこれらのハロゲン元素は水和電子や水酸基ラジカルなどを消滅させる働きがある。したがって、解離した塩素や臭素が食品成分と反応する可能性はほとんど考えられない。ところで、有機塩素系化合物などの殺虫剤は有機溶媒や水溶液中では放射線で分解しやすいが食品中では分解しにくい傾向がある。
 

表1  異なった溶媒中のDDT、DDD、DDEに10kGy照射した後の分解率、%(原論文2の表を参考に作成)。
    DDT DDD DDE
2-プロパノール
シクロヘキサン
シクロヘキセン
99.2
71.8
47.1
24.5
60.4
42.0
47.5
53.9
25.0
 
 有機塩素系化合物の代表例であるDDTは放出された自然環境中ではDDTとその分解物であるDDD[2,2-bis(4-chlorophenyl)-1,1-dichloroethane]とDDE[2,2-bis(4-chlorophenyl)-1,1-dichloroethylene]の形で存在している。DDTを2−プロパノールに溶解させて10kGy照射すると、表1に示すように著しく分解する。また、シクロヘキサンやシクロヘキセンに溶解しても約50〜70%が分解する。これに対して、DDDやDDEの状態では分解は各溶媒とも抑制される傾向が認められる。DDTは先ず塩素が1つ減ったDDDまたはDDEとなり、さらに脱塩素反応が進行するようである。DDTを水溶液中で照射すると表2に示すように3kGy照射で5%分解し分解率は有機溶媒に比べ低下している。
 PCBの放射線分解もDDTと類似しており、水溶液中では3.8 x 10-6または5.4 x 10-6(mol L-1)/kGy)であった。有機塩素系化合物の殺虫剤であるBHCは水溶液中でも放射線に安定であり、3kGy照射しても0.3%しか分解しない。デイルドリンやアルドリンなども放射線に安定である。
 

表2  水溶液中の殺虫剤に3kGy照射後の分解率、%(原論文1の表を参考に作成)。
殺虫剤 分解率 分解活性(mol L-1)/kGy
パラチオン 
BHC 
デイルドリン 
DDT 
パラコート 
メチルパラチオン 
マラチオン 
  20 
   0.3 
   0.7 
   5 
  17.8 
   0.5 
   1 
8.5x10-6
3.4x10-7
9.7x10-7
4.6x10-6
6.5x10-5
1.2x10-5
5.1x10-6
 
 有機燐酸化合物のパラチオンやマラチオンなども放射線で分解されやすいものもあれば分解しにくいものもあり、水溶液中3kGyで0.5〜20%分解する。
 一方、BHCなどはヘキサン中では10kGyで10〜15%分解するが、実際の食品中では殆ど分解しないし、DDTの場合でも実際の食品中では40〜80kGy照射しても分解しないことが報告されている。他の報告でも25〜48kGy照射しても各殺虫剤の含量は非照射に比べ変化しなかったと述べている。たとえ分解するとしても1 x 10-7(mol kg-1)/kGyであり、50kGyで分解率は最大でも38%程度にすぎない。
 
3.毒性学的影響
 照射した農薬類の毒性評価の研究はほとんど行われていない。ことに、動物を用いた長期飼育試験は全く実施されていない。DDTをステアリン酸トリグリセライドと1:2の割合で混合して、280kGy照射してDDEが主要な分解生成物であることを確認してからラットに与えた。その結果、死亡計数LD50に非照射と照射で差が認められなかったと報告されている。また、100ppb濃度のPCB水溶液と100kGy照射したものを用いてエビを飼育したところ、100kGyではPCBが92%分解したため、毒性が大幅に低減したとの報告もある。いずれにせよ、食品中の農薬の残留量は非常に少ないため、毒性学的な影響を調べるのは困難である。事実、25〜48kGy照射しても農薬の残存量はほとんど変化しないという結果は、照射による農薬の毒性増加はないと結論ずけることができる。

コメント    :
 食品中に微量に残留している農薬が照射によって強力な毒性物質に変わると心配する人がいるようである。しかし、ここに示したデータから明らかなように食品中では農薬類は放射線で分解されにくく、40kGyの高線量でもほとんど変化しないことが明らかである。もちろん、残留農薬が食品中に混入することは望ましいことではないが、放射線処理によって毒性が増加することは考えられず、高線量では若干農薬の毒性が低減する可能性が考えられる。

原論文1 Data source 1:
Effects of Ionizing Radiation on Pesticides in a Food Irradiation Perspective : A Bibliographic Review
Franqois L. Lepine
Institut Armand-Frappir, 531des Prairies Boulevard, Laval, Quebec, Canada.
J. Agric. Food Chem., 39, 2112 - 2118(1991).

原論文2 Data source 2:
γ-Irradiation-Induced Degradation of DDT and Its Metabolites in Organic Solvents
F. L. Lepine*, F. Brochu*, S. Milot*, O. A. Mamer**, and Y. Pepin***
* Institut Armand-Frappier, ** McGill Iniversity, *** Universite du Quebec a Montreal
J. Agric. Food Chem., 42, 2012 - 2018(1994).

参考資料1 Reference 1:
Effect of gamma irradiation on pestiside residues in food products
S. Bachman and J. Gieszczynaka
Institute of Applied Radiation Chemistry, Technical University, Poland
Agrochem. : Fate Food Environ., Proc. Int. Symp. IAEA and FAO, Rome,IAEA-SM-263/19 p. 313 - 315, 1982.

キーワード:食品照射、残留殺虫剤、農薬、有機塩素系化合物、放射線分解、DDT、PCB、BHC、毒性
food irradiation, pesiticide residues, agricultural medicines, organochlorinated substances, radiation degradation, DDT, PCB, BHC, toxicity
分類コード:020405, 020403

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