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作成: 2004/9/22 鹿園 直哉

データ番号   :020239
イオンビームと低LET放射線によって誘発される突然変異の比較
目的      :植物におけるイオンビーム誘発突然変異の特徴解明
放射線の種別  :ガンマ線,電子,重イオン
放射線源    :60Co線源、電子加速器(2MeV,30mA)、AVFサイクロトロン
フルエンス(率):カーボンイオン108/cm2、 電子線 1011/cm2
線量(率)   :カーボンイオン 40-150Gy、電子線 750Gy、ガンマ線 75-600Gy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所1号加速器、AVFサイクロトロン。農業生物資源研究所放射線育種場ガンマールーム
照射条件    :大気、常圧
応用分野    :植物育種

概要      :
イオンビーム照射は局所的に大きなエネルギーを付与することから、誘発される突然変異は他の突然変異原によるものとは質的に異なる可能性があり、新しい突然変異原として有用であることが期待される。ここでは、モデル植物であるシロイヌナズナを用い、カーボンイオンと低LET放射線による誘発突然変異をDNAレベルで比較した結果を紹介する。

詳細説明    :
 イオンビーム照射は局所的に大きなエネルギーを付与することから、誘発される突然変異は現在まで主に使われてきた化学変異原やX線、ガンマ線といった低LET放射線と質的に異なる突然変異が得られる可能性がある。実際これまで、紫外線耐性のシロイヌナズナや、新しい花色のキク、花持ちの良いバーベナ等有用な植物を作り出すことができている。しかしながら、植物のイオンビーム誘発突然変異がどのような特徴をもっているのかは明らかになっていない。これが明らかになることでイオンビームの突然変異原としての特異性・有用性が明確になると考えられる。ここでは実験材料として遺伝学的解析やDNAレベルでの解析に適するモデル植物であるシロイヌナズナを用い、種子照射及び花粉照射による誘発突然変異をDNAレベルで解析した結果を述べる。
 1. 種子照射
 炭素イオン(220MeV)は低LET放射線である電子線(2MeV)に比べ致死効果が5倍高い。また突然変異誘発においては、生存率を著しく下げない線量を照射する必要があるため、炭素イオンは150Gy、電子線750Gyを照射した。
 炭素イオンと電子線をシロイヌナズナの種子に照射して、その次世代においてtt(種皮の色素欠損)、gl(葉の毛の欠損)の突然変異体を選抜した。これらの突然変異体から変異箇所をPCR, Tail-PCR等によりクローニングし、変異を塩基配列レベルで特定した。その結果、炭素イオンでは点突然変異の大部分が小さな欠失であること、大きな構造変化では欠失、逆位、転座が生じていた。一方、電子線においては点突然変異は塩基置換と小さな欠失で大部分が占められており、大きな構造変化として逆位、転座が観察された。

表1 炭素イオン及び電子線種子照射による誘発突然変異

炭素イオン

点突然変異
対立遺伝子 配列変化
tt3-3 TC→AA
tt4(C2)
tt4(C3)
tt4(C4)
tt4(C5)
G→欠失
22bp→欠失
C→欠失
CCAACAGTG→A
tt5-2 G→T
tt6-2
tt6-3
A→挿入
100bp→欠失
tt18-1
tt18-2
TT→欠失
GTTGA→欠失
ttg1-23
ttg1-24
A→欠失
ACTCT→欠失
gl1-5 38bp→欠失
gl2-7 13bp→欠失
大きな構造変化
対立遺伝子 変異の種類 構造変化
tt4(C1)
tt4(C6)
tt4(C7)
逆位
逆位
欠失
140kbp
12Mbp
5,444bp
tt5-3

挿入

第四染色体から第三染色体
1345bp
tt6-4 欠失 45,714bp
tt19-1
tt19-2
逆位
転座
980Mbp
17kbp
ttg1-21 相互転座 第五染色体と第三染色体
gl1-3
gl1-4
gl1-6
gl1-7
gl1-8
逆位
欠失
欠失
欠失
欠失
150kbp
88,813bp
6,142bp
233kbp
92,042bp


電子線

点突然変異
対立遺伝子 配列変化
tt3-2 T→欠失
tt4(e1)
tt4(e2)
TC→AA
T→A
tt6-5 G→A
tt19-3 A→T
ttg1-25
ttg1-26
TA→欠失
A→欠失
gl2-4
gl2-5
T→挿入
AAGGGACA→欠失
大きな構造変化
対立遺伝子 変異の種類 構造変化
tt18-4



逆位
転座


3.8Mbp
第四染色体内の転座
230kbp
2.3Mpb
ttg1-27 逆位 260kbp
gl2-5 相互転座 第五染色体と第一染色体
 2. 花粉照射
 シロイヌナズナのColumbia (Col)の花粉に放射線を照射し、これを劣性のマーカー形質を導入したLandsberg erecta (Ler)に交配して得たF1を利用することで,照射当代におけるゲノム構造変異が解析可能となる方法を開発し、解析を行った。
 γ線150-600Gyを照射した花粉を、マーカー遺伝子としてgl1を持つ母本に交配して得られたF1のうち、gl形質を示した変異体のDNAをPCRで増幅し、変異を特定した。その結果、変異体45個体中43個体において約80kbpから最大で6Mpb以上におよぶ巨大欠失が観察された.γ線処理花粉を別のマーカー遺伝子ttg1を持つ母本に交配して得られたF1についても同様に、5個体の変異体すべてで巨大欠失が観察された.また、これらの巨大欠失は配偶子致死を引き起こすと考えられ、全てF2には伝達されなかった。炭素イオン40, 150Gyを照射した花粉を,gl1を持つ母本に交配して得られたF1を用いて解析を行った結果,13個体中1個体を除く全ての変異体でγ線同様巨大欠失が観察され,その大きさは450kbp〜4.5Mbp以上であった。これらの巨大欠失の大部分はF2には伝達されなかった。

表2 炭素イオン及びガンマ線花粉照射による誘発突然変異
   炭素イオン ガンマ線
突然変異体数
欠失
欠失の大きさ
(Mbp)
13
12
0.5->4.5

51
48
0.08->6

 これらの実験結果から種子照射では様々な変異が観察されるのに対し、花粉照射ではそのほとんどが巨大欠失であることが示された。これらは、変異生成後の減数分裂の有無、組織による修復機構の違い、水分含量の違いによる生成DNA損傷の違い等に起因すると考えられる。
 一方、種子照射、花粉照射のいずれにおいても、イオンビーム特異的な変異というものは明確には観察されていない。しかしながら、イオンビームによる誘発突然変異率は低LET放射線に比べ非常に高く、変異の誘発機構が異なる可能性が考えられる。今後、異なるエネルギー、種類のイオンの照射効果をより詳細に調べることが必要であろう。

コメント    :
これらの誘発突然変異の解析はイオンビームは突然変異原としての特徴を示すものであり、今後の植物の遺伝学的研究や作物育種への応用の基礎を築いた意義は大きいと考えられる

原論文1 Data source 1:
Analysis of mutations induced by carbon ions in Arabidopsis thaliana
Shikazono N, Suzuki C, Kitamura S, Watanabe H, Tano S, Tanaka A
Department of Ion Beam Applied Biology, Japan Atomic Energy Research Institute
To be published in Journal of Experimental Botany

原論文2 Data source 2:
Transmissible and untransmissible mutations induced by irradiating Arabidopsis thaliana pollen with γ-rays and carbon ions
Naito K, Kusaba M, Shikazono N, Takano T, Tanaka A, Tanisaka T, Nishimura M
Department of Agriculture, Kyoto University
Institute of Radiation Breeding, National Institute of Agrobiological Sciences
Department of Ion Beam Applied Biology, Japan Atomic Energy Research Institute
To be published in Genetics

キーワード:カーボンイオン, 電子線, ガンマ線, 線エネルギー付与, シロイヌナズナ,誘発突然変異, 種子照射, 花粉照射,点突然変異, 大きな構造変化, 欠失, carbon ion, electron, gamma-rays, LET, Arabidopsis thaliana, induced mutation, seed irradiation, pollen irradiation,
point mutation, rearrangement, deletion
分類コード:020105, 020301, 020501

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