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作成: 2004/3/3 阿部 知子

データ番号   :020237
イオンビームで誘発したタバコ葉色突然変異体の特性
目的      :植物育種へのイオンビーム利用のためのモデル実験
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :重イオン加速器(135MeV/u, 1pnA)
線量(率)   :5-200Gy
利用施設名   :理化学研究所加速器施設(RARF)
照射条件    :大気中
応用分野    :農業、園芸学、植物生理学

概要      :
重イオンビームを栽培タバコの受精胚や乾燥種子に照射した。得られたM1種子を播種し、生存率をおよび形態異常率を調査した。また誘発された葉色突然変異体、アルビノ株・斑入り株(周縁キメラ株・区分キメラ株)の生理特性および遺伝様式を解析した。アルビノ株についてはRLGS法(Restriction Landmark Genomic Scanning)によるゲノム解析を行ったところ、約800のスポットのうち4つの多型スポットが検出された。

詳細説明    :
栽培タバコは1花当りの種子数が多く、休眠が浅く発芽率が高く、組織培養法が確立し、栽培や交雑が容易である。そこで栽培タバコをモデル植物として、重イオンビーム照射を行い、変異誘発効果を検証した。 栽培タバコ(Nicotiana tabacum L., キサンチ品種,BY-4品種)の鉢植えをRARFに持ち込み,乾燥種子は紙袋に入れ照射野に合わせて固定し,受粉24-108時間後の子房は14N・20Ne(135 MeV/u)ビームを5〜200グレイ(Gy)で照射した。 LETは14N,20Ne,それぞれ28.5および63keV/mmであった。1カ月後に子房照射個体よりM1種子を収穫した。M1種子は滅菌後,1/2MS寒天培地に播種し25℃連続光下に置き育苗し、1ヵ月後に生存率を観察した。生存個体は2ヵ月後に順化し、温室にて育成を続けた。M1個体の生存率は、子房照射では20Gyより低下しはじめ、100Gyでは半減した。形態異常株出現率はBY-4品種では処理ステージによる明確な差異を示さず,2%以下であったが、キサンチ品種では受粉後30-48時間のステージに明瞭なピークが認められ, 8.3-18.1%と高かった。乾燥種子では200Gy照射でも生存率は低下せず、形態異常株出現率は0.1%と低かった。M1世代やM2世代に斑入り(周縁キメラ)株やアルビノ株が出現した。

1. アルビノ株
BY-4品種受粉84時間後の子房に14Nビームを50Gy照射した試験区よりM2世代にアルビノ株が分離する系統が観察された。電子顕微鏡観察では色素体の数は野生型と変わらないが、包膜は持つもののチラコイド膜の発達は認められなかった。接ぎ木(図1)しアルビノ形質の遺伝様式を解析したところ劣性の核遺伝子に支配されていることが示唆された。
 


図1 野生株に接ぎ木したali変異株(阿部知子オリジナル)

 
このアルビノ株(ali) を用いて、光合成関連遺伝子の転写を解析したところ、核にコードされた遺伝子 (Lhc, rbcS)の転写は正常であったが、葉緑体ゲノムの遺伝子 (rbcL, psbA) の 転写は著しく減少した。このことは、ali が葉緑体ゲノム遺伝子の発現調節に特異的な変異を生じており、核-葉緑体間のクロストーク異常変異株であること強く示唆する。次に、高精度ゲノム解析法であるRLGS法を用い、アルビノ株の変異スポットの検出を行った。この方法は、制限酵素処理を施したDNA断片の末端を放射標識後、二次元電気泳動により展開し、スポットパターンとしてのプロファイルを作出するというものであり、1度に効率よくゲノムをスキャニングできる。アルビノ株のRLGSプロファイルを作成したところ、野生株と比較して約800のスポットのうち欠失していたもの3つおよび新たに出現した1つの多型スポットが検出された。
 


図2 野生株とali変異株のRLGSプロファイル比較.(ali)ali変異株、(WT)野生株(阿部知子オリジナル)

 
2.周縁キメラ株
アルビノ株が分離した系統に、1個体のみ葉の周縁に斑が入る周縁キメラ株(図3A)が観察された。周縁キメラ株は一般に茎頂組織のL1層-L2層-L3層のうち、L1層またはL2層が葉緑体欠乏の白色組織(W)、L3層は葉緑体を形成し緑色組織(G)となる場合に現れる。この周縁キメラの自殖後代は全てアルビノであり、斑入り個体は観察されなかった。またこの親株と野生株間で正逆交配を行ったところ、次世代は全て緑色個体であった。生殖細胞は茎頂組織のL2層に由来するため、この周縁キメラ株のL2層はWであることが示され、また細胞観察より、L1層-L2層-L3層はW-W-Gであることが判明した。斑入り株の葉の白色組織ではアルビノ個体とは異なり光合成関連の遺伝子(rbcL、rbcS)の発現および微量のクロロフィルが観察された。周縁キメラ変異株はキサンチ品種乾燥種子に14Nビームを200Gy照射した試験区のM1世代でも出現した(図3B)。

3.区分キメラ株
キサンチ品種受粉48-72時間後の子房に20Neビームを10Gy照射した試験区よりM2世代に小さな斑が入る区分キメラ株が分離する系統が観察された(図3C)。この区分キメラ株では葉面、萼、花弁ともにキメラ斑が出現した。M2世代での区分キメラ株と緑色株の分離比は1:15(χ=0.0014)であったが、斑入り個体のM3世代自殖後代では97%が斑入り個体であり、少量の緑色個体の混在が観察された。
 


図3 重イオン照射により誘発した斑入り変異株(阿部知子オリジナル)

 

コメント    :
2004年2月までにイオンビーム照射により斑入り変異誘発に成功した植物種は先の栽培タバコのほかに、野生タバコ、アラビドプシス、イネ、ソバ、シバ、トレニア、ペチュニア、サンダーソニア、ヒメイタビ、リンゴなどがある。斑入り株は、園芸植物として観賞価値があるとともに、植物の細胞分化プログラム研究においても重要な情報を提供することが期待される。

原論文1 Data source 1:
Stress-tolerant mutants indueced by heavy-ion beams
T.Abe, C.H.Bae, T.Ozaki, J.M.Wang and S.Yoshida
理化学研究所植物機能研究室、日本原子力研究所東海研究所、秋田県立大学生物資源科学部
Gamma Field Symposia, 39, 45-56, (2000)

原論文2 Data source 2:
Effective plant-mutation method using heavy-ion beams(IV)
T.Abe, M.Miyagai and S.Yoshida
理化学研究所植物機能研究室
RIKEN Accel.Prog.Rep., 33, 140, (2000)

原論文3 Data source 3:
Regulation of chloroplast gene expression is affected in ali, a novel tobacco albino mutant
C.H.Bae, T.Abe, T.Matsuyama, N.Fukunishi, N.Nagata, T.Nakano, Y.Kaneko, K.Miyoshi, H.Matsushima and S.Yoshida
理化学研究所植物機能研究室、加速器基盤部、埼玉大学理学部、秋田県立大学生物資源科学部
Ann. Bot. 88, 545-553, (2001)

原論文4 Data source 4:
Adaptation of restriction landmark genomic scanning (RLGS) to plant genome analysis
T.Matsuyama, T.Abe, C.H.Bae, Y.Takahashi, R.Kiuchi, T.Nakano, T.Asami and S.Yoshida
理化学研究所植物機能研究室
Plant Mol. Biol. Rep. 18, 331-338, (2000)

原論文5 Data source 5:
Characterizaion of a periclinal chimera in variegated tobacco (Nicotiana tabacum L.)
C.H.Bae, T.Abe, N.Nagata, N.Fukunishi, T.Matsuyama, T.Nakano, and S.Yoshida
理化学研究所植物機能研究室、加速器基盤部
Plant. Sci. 151, 93-101, 2000

キーワード:重イオン,突然変異,アルビノ, 斑入り, 園芸, 突然変異育種, heavy ion, mutant, albino, variegation, horticulture, mutation breeding
分類コード:020101、020301、020501

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