放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2003/09/25 森下敏和

データ番号   :020236
ソバ属植物の放射線照射の生物効果
目的      :各種作物におけるガンマ線とイオンビームの生物学的効果の解明
放射線の種別  :ガンマ線,軽イオン,重イオン
放射線源    :60Co線源(44.4TBq)、AVFサイクロトロン(50MeVヘリウムイオン、100MeVヘリウムイオン、220MeV炭素イオン、320MeV炭素イオン、350MeVネオンイオン)、リングサイクロトロン(炭素イオン135MeV/u、ネオンイオン135MeV/u、アルゴンイオン95MeV/u、鉄イオン90MeV/u)
フルエンス(率):原研AVFサイクロトロン
           He50MeV 1.25×109 (particles/cm2/sec)
           He100MeV 1.25×109 (particles/cm2/sec)
           C220MeV 5×108 (particles/cm2/sec)
           C320MeV 4.17×107 (particles/cm2/sec)
           Ne350MeV 3.125×108 (particles/cm2/sec)
         理研リングサイクロトロン
           C135MeV/u 2.27×107 (particles/cm2/sec)
           Ne135MeV/u 1.01×107 (particles/cm2/sec)
           Ar95MeV/u 2.23×106 (particles/cm2/sec)
           Fe90MeV/u 1.00×106 (particles/cm2/sec)
線量(率)   :ガンマ線50-700Gy、ヘリウム・炭素10-500Gy、ネオン10-1000Gy、アルゴン・鉄1-50Gy
利用施設名   :農業生物資源研究所 放射線育種場 ガンマールーム
         日本原子力研究所高崎研究所AVFサイクロトロン
         理化学研究所加速器施設リングサイクロトロン
照射条件    :大気中
応用分野    :植物育種、放射線生物、作物、植物資源利用

概要      :
健康食品素材として注目されているソバ属植物の放射線育種法の開発を目的として、放射線育種場のガンマールームでガンマ線を、日本原子力研究所高崎研究所のAVFサイクロトロンおよび理化学研究所のリングサイクロトロンで各種イオンビームを普通ソバ(品種:牡丹そば)およびダッタンソバ(品種:Rotundatiem) 種子に照射した。その結果、生物効果に関する知見が得られたので紹介する。

詳細説明    :
これまで突然変異品種の80%以上が放射線育種によるもので、その中でもガンマ線が使いやすさと汎用性から最も利用されてきた。近年、新しい変異原として登場したイオンビームは、線エネルギー付与 (LET) や生物学的効果比 (RBE) がガンマ線よりも高い特徴を有し、変異誘発効果が異なることが報告されている。ここでは健康食品素材として注目されているソバ属植物の放射線育種法の開発を目的として、放射線育種場のガンマールームでガンマ線を、および日本原子力研究所高崎研究所のAVFサイクロトロンと理化学研究所のリングサイクロトロンで各種イオンビームを普通ソバ (品種:牡丹そば) およびダッタンソバ (品種:Rotundatiem) 種子に照射してそれらの生物効果を明らかにした。それらの結果を以下に示す。
 ダッタンソバの剥皮種子に関しては標的細胞に達するためには少なくとも1.7 mmの透過深度が必要であると推測された。また透過深度2.2 mmの炭素イオン (320 MeV) の場合、無傷種子と剥皮種子に対する影響を比較すると、剥皮種子の方がより強く影響を受けていた。したがって透過深度が2.2 mm程度では果皮の厚みがイオン粒子の標的細胞への到達に障壁として影響することが示された。透過深度が6.2 mmのヘリウムイオンは種子を完全に貫通するため果皮の有無による差異は認められなかった。したがって、イオンビームの場合は透過深度を考慮する必要がある。
 炭素イオンとネオンイオンについては同じイオン種でもLETの増加につれて半数致死線量 (LD50) は低下し致死効果は大きくなった。さらにLETの高いアルゴンイオンと鉄イオンの致死効果はこれらのイオンよりも10倍程度強かった。しかし致死効果が最も高かったのはLETが最も大きい鉄イオンではなくアルゴンイオンであった。これらのイオンにおける普通ソバとダッタンソバの半数致死線量は、生物効果の最も大きいアルゴンイオンではそれぞれ約10 Gyと30 Gy、最も生物効果の小さい炭素イオン (22 keV/μm) ではそれぞれ約300 Gyと500 Gyであった。このようにイオン種およびLETにより影響が異なった (表1)。

表1  各種放射線の物理的特性および普通ソバおよびダッタンソバの半数致死線量
線種 照射施設 エネルギー  LET
(keV/μm)
透過深度
(mm)
半数致死線量 (Gy)
普通ソバ ダッタンソバ
(MeV) (MeV/u) 無傷種子 剥皮種子 無傷種子 剥皮種子
ガンマ線
ヘリウム
ヘリウム
炭素
炭素
ネオン
炭素
炭素
炭素
ネオン
ネオン
アルゴン

60Co
4He2+
4He2+
12C5+
12C6+
20Ne8+
12C6+
12C6+
12C6+
20Ne10+
20Ne10+
40Ar17+
56Fe24+
放育場
原研
原研
原研
原研
原研
理研
理研
理研
理研
理研
理研
理研

50
100
220
320
350
1620


2700

3800
5040






135


135

95
90
0.2
16
9
107
76
316
22
39
99
64
107
305
630

1.7
6.2
1.1
2.2
0.6
40


23

8
4
341



65

299
239

145
91
12
21




52








577
371
354
87
128

501
371
49
267
150
32
35

206
343
26
91








 
ガンマ線を基準放射線として平均致死線量 (D37) を指標としたRBEとLETとの関係を示した (図1)。普通ソバおよびダッタンソバともアルゴンイオンの305 keV/μmにRBEのピークが認められた。大きな照射効果を得たい場合にはこの付近のLETを選択することも手法として考えられる。


図1  普通ソバとダッタンソバの線エネルギー付与 (LET)と生物学的効果比 (RBE) との関係(原論文4より引用)

 
ダッタンソバのM世代における変異を調査した結果、100 MeVのヘリウムイオンおよび220 MeVの炭素イオンでは線量の増加とともに葉緑素変異および形態変異等の可視的な変異率は上昇した。一方、ネオンイオンは透過深度が浅すぎるためと考えられるが、線量と変異率との関係は明らかでなかった。またヘリウムイオンの40 Gyにおける変異率はガンマ線の200 Gyの変異率とほぼ等しかった。さらにイネの場合と同様にネオンイオン照射系統の葉緑素変異率は低いことが認められた (表2)。

表2  ダッタンソバのM2系統の変異率
イオン種 線量
(Gy)
葉緑素
変異率
(%)
形態
変異率
(%)
可視的
変異率
(%)
ヘリウム
100MeV
   20
   40
   60
   80
  100
   1.8
   2.1
   7.4
   4.2
   5.1
   4.8
   8.3
   7.4
  12.7
   9.1
   6.1
   9.7
  12.3
  14.1
  14.1
ネオン
350MeV
   20
   40
   60
   80
  100
   0.6
   0.6
   0.5
   0.0
   0.7
   4.9
   4.9
   9.2
   7.1
   4.4
   4.9
   4.9
   9.8
   7.1
   5.1
炭素
220MeV
   20
   40
  100
   1.6
   4.5
   0.0
   6.6
   9.1
  14.3
   6.6
  13.6
  14.3
ガンマ線    50
  100
  200
  300
  400
   2.8
   0.0
   4.7
  12.5
   6.3
   4.2
   6.3
   4.7
  17.2
  21.9
   6.9
   6.3
   9.4
  25.0
  25.0

ヘリウムのLET:9keV/μm, 炭素のLET:107keV/μm, ネオンのLET:316keV/μm

 

コメント    :
イオンビームがガンマ線等の低LET線よりも生物効果が大きいことが様々な植物で確認されている。しかし変異誘発効果についてはシロイヌナズナやキクで確認されている。今後、ソバ属植物をはじめ、各種植物に対してイオンビームの変異スペクトルが明らかにされることで、イオンビーム育種のさらなる発展が期待される。

原論文1 Data source 1:
Dose response and mutation induction by ion beam irradiation in buckwheat
T. Morishita*, H. Yamaguchi*, K. Degi*, N. Shikazono**, Y. Hase**, A. Tanaka** and T. Abe***
*National Institute of Agrobiological Sciences, **Department of Ion-beam-Applied Biology, JAERI, ***RIKEN
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section B 206:565-569 (2003)

原論文2 Data source 2:
イオンビームによる効率的な突然変異育種法の開発
森下敏和*、山口博康*、出花幸之介*、長谷純宏**、鹿園直哉**、田中淳**
*農業生物資源研究所、**日本原子力研究所高崎研究所
第12回TIARA研究発表会要旨集:126-127 (2003).

原論文3 Data source 3:
Biological effects of ion beams on buckwheat.
T. Morishita*, T. Abe**, N. Fukunishi**, Y. Miyazawa**, K. Sakamoto** and S. Yoshida**
*National Institute of Agrobiological Sciences, **RIKEN
RIKEN Accel. Prog. Rep. 36 : 137 (2003) .

原論文4 Data source 4:
ソバ属植物の重イオン照射の生物効果
森下敏和
農業生物資源研究所
育種学研究5(別2):56-57 (2003)

原論文5 Data source 5:
イオンビームがダッタンソバに及ぼす影響
森下敏和
農業生物資源研究所
育種学会研究集会サイクロトロンミュータジェネシス研究会:32-33 (2001)

原論文6 Data source 6:
The dose response and mutation induction by gamma ray in buckwheat.
T. Morishita, H.Yamaguchi and K.Degi
National Institute of Agrobiological Sciences
Advances in buckwheat Research :334-343 (2001)

参考資料1 Reference 1:
突然変異育種におけるイオンビームの利用
森下敏和
農業生物資源研究所
放射線と産業99:11-16 (2003)

参考資料2 Reference 2:
イオンビーム照射によるイネの突然変異誘発
山口博康*、加藤章夫*、永冨成紀*、田中淳**、鹿園直哉**、渡辺宏*、田野茂光**
*農業生物資源研究所、**日本原子力研究所高崎研究所
第8回TIARA研究発表会要旨集:124-125 (1999).

参考資料3 Reference 3:
Effect of heavy ions on the germination and survival of Arabidopsis thaliana.
A. Tanaka, N. Shiakzono, Y. Yokota, H. Watanabe
Department of Ion-beam-Applied Biology, JAERI
Int. J. Radiat. Biol. 72:121-127 (1997)

参考資料4 Reference 4:
Mutation induction on Chrysanthemum plants regenerated from in vitro cultured explants irradiated with 12C5+ ion beam..
S. Nagatomi*, A. Tanaka**, A. Kato*, H. Watanabe** and S. Tano**
*National Institute of Agrobiological Sciences, **Department of Ion-beam-Applied Biology, JAERI
TIARA annual report 1995: 50-52 (1996)

参考資料5 Reference 5:
Relative biological effectiveness of heavy ions in producing mutations, tumors, and growth inhibition in the crucifer plant,Arabidopsis.
Y. Hirono*, H. H. Smith**, J. T. Lyman**, K. H. Thompson** and J. W. Baum**
*Nippon Soda, **Brookhaven National Laboratory
Radiation Research 44:204-223 (1970)

キーワード:普通ソバ, ダッタンソバ, ガンマ線, イオンビーム, 線量反応, 変異率, 生物学的効果比 (RBE), 線エネルギー付与 (LET), common buckwheat, tartary buckwheat, gamma ray, ion beam, dose response, mutation rate, relative biological effect,linear energy transfer
, , , ,
分類コード:020101,020301,020501

放射線利用技術データベースのメインページへ