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作成: 2003/10/25 等々力節子

データ番号   :020232
2-アルキルシクロブタノン類の毒性評価試験-独・仏プロジェクト研究
目的      :食品由来放射線分解生成物(2-アルキルシクロブタノン類)の毒性評価
放射線の種別  :ガンマ線,電子
応用分野    :食品照射,健全性評価

概要      :
高純度の2-アルキルシクロブタノン類(2-ACB)を合成し、毒性試験を行った。Ames試験による変異原性は認められなかったが、高濃度の2-アルキルシクロブタノン類による酸化的DNA障害、細胞毒性が認められた。また、ラットに高濃度の2-ACBを投与すると、そのうちの極微量が腸管から吸収され脂肪組織に蓄積すること、高濃度の2-ACBを6ヶ月間投与することにより化学発ガン物質によるラット結腸ガンの発生が促進され、発ガンプロモーター活性を有する可能性が示された。しかし、本結果は純粋の系で行われたものであり、実際の照射食品には適用できない。

詳細説明    :
2-アルキルシクロブタノン類(以下2-ACB)は、食品中の脂質に由来する放射線照射分解生成物である。1999年から2001年にかけて、独仏の研究グループは、2-ACB類を新たに合成し、毒性に関する再試験をおこなった。(最初の研究については、020215参照)
1.ヒト培養細胞における細胞毒性と遺伝毒性
ヒト培養ガン細胞系における細胞毒性を細胞生存率の測定によって行うと、培養細胞の生残率は、2-ACB類の短時間(30分)処理において、400μMまで影響がなく、コメットアッセイを行っても、DNA鎖切断の有意な増加は観察されなかった。細胞を長時間にわたって処理した場合には、高濃度の2-ACB処理で、細胞の生残率が減少し毒性が示された。
2.ヒト培養細胞における酸化的DNA障害
ヒトHeLa細胞及び、ヒト結腸ガン細胞HT29を用いて、酸化的DNA塩基修飾の検出を行うと、炭素数の少ない2-ACBによる酸化的DNA障害の増加が認められた。
3.微生物に対する細胞毒性と微生物を使った変異原性試験(Ames試験) 
Salmonella typhimurium TA97,TA98,TA100株を用い、3種の飽和2-ACB(2-テトラデシルシクロブタノン:2-TCB、2-ドデシルシクロブタノン:2-DCB、及び、2-デシルシクロブタノン)のAmes試験を行ったところ、代謝活性化の有無によらず、すべての菌株において、復帰突然変異によるコロニー形成数の有意な増加は認められなかった。

表1 Ames試験の結果 (原論文1より引用)
菌株 TA97 TA98 TA100
変異 -C -CG G→T
自然発生復帰
(コロニー数)
90-180 30-50 120-200
   -S9 +S9 -S9 +S9 -S9 +S9
2-Decyl-CB
0.4μM
1μM
2μM
4μM



40μM




307
314
336
147
133


207
133



321
317
432
262
365


264
360



26
30
28
27



32




39
32
29
40



43




204
162
183
161
177
176

160
187
188


191
162
174
177
167
164

212
174
199

2-DCB
4μM

40μM



174
133
155
133


241
339
203
293


37

37



34

49



172
154
160
171
167

152
183
172
177
178
2-TCB
40μM

400μM



184
133
172
316


218
300
228
277


36

34



42

32



158
207
146
174
175

159
189
160
183
184
無添加





134

294


188

286


36




36




167

143
162

172

196
187
2-AF
55μM

550μM



168
260
130
342


595
826
1636
1654


33

138



1824

5736



158
190
184
184
159

371
698
3476
3128
2936
4.発ガンプロモーター活性試験
ウィスター系ラット、各群6匹を、実験用混合試料で飼育し、飲料水として、0.005% (wt/vol)の2-テトラデシルシクロブタノン(2-TCB)または、2-テトラデセニルシクロブタノン:2-TeCB(1%エタノールに溶解)を、1日あたり、ラット1匹に対して、平均1.6mg程度毎日与えた。2-ACB投与開始2週間後、2回にわたって、化学発ガン物質であるazoxymethane(AOM)を体重あたり15mg/kg投与した。3ヶ月および6ヶ月後に解剖して結腸末端の腫瘍の発生を観察した。
実験の期間において、2-TCBおよび2-TeCB投与群とAOMコントロール群での体重増加量に差は認められず、急性毒性は示されなかった。
いずれの動物もAOM投与6ヶ月後になって、腫瘍の発生が認められ、2-ACB投与に発生した腫瘍の総数は、AOMコントロールの動物に比べ3倍増加しそのサイズも大きかった。


図1  AOM投与ラット結腸腫瘍の発生数に対するシクロブタノン摂取の影響(6ヶ月後) 図中の□は、動物1個体を表し、○は各個体の腫瘍を表す。腫瘍サイズ;○:小(〜6mm3),:中 6<S<25mm3)●:大(>25mm3)2-TCB :2−テトラデシルシクロブタノン、2-TeCB :2−テトラデシニルシクロブタノン (原論文3より引用)

これらの実験から非常に高濃度の2-ACB(2-TCBおよび2-TeCB)は、それ自身が発ガン物質として働くのでは無いが、化学物質による大腸ガンの発生を促進するプロモーター活性を有する可能性があると結論づけられた。しかし、本実験に用いた2-ACBの投与量は59kGy照射した鶏肉に生成する2-ACBの約1000倍の量であり、実際の食品中には発ガンを抑制する脂肪酸類も共存している。したがって、発ガンプロモ−タ−活性試験で得られた結果から照射食品をヒトが摂取する場合のリスク評価に適用する妥当性については、さらなる検討が必要と思われる。
5.ラットにおける2-ACB体内吸収
上記と同様に、飲料水に溶解した2-TCBおよび、2-TeCBを毎日1mg、4ヶ月間、ラットに投与し、の糞中および脂肪組織中に回収される2-ACBの定量を行った。

表2  2−テトラデシルシクロブタノン(2-TCB)および、2−テトラデシニルシクロブタノン(2-TeCB)のラット体内からの検出量(原論文4の表の一部を引用)
2-ACB検出量 2−TCB 2−TeCB 
脂肪組織
(μg/gfat)

(μg/gfeces)
脂肪組織
(μg/gfat)

(μg/gfeces)
実験群
  Control
  2-TCB投与群
  2-TeCB投与群

ND
0.31 ± 0.08
ND

ND
1.0 ± 0.2
ND

ND
ND
0.07 ± 0.03

ND
ND
0.5 ± 0.2
コントロール群の糞および脂肪組織では、いかなる2-ACBも検出されず、2-ACB投与ラットの脂肪組織と糞からは、それぞれ投与したのと同種の2-ACBが検出された。これらの結果から、2-ACBは、腸管のバリアーを通過して血流に入り脂肪組織へ蓄積することが明らかになった。
なお、ラット体内の脂肪量を30gと仮定すると、毎日1mgの2-ACBを4ヶ月摂取したラットの脂肪組織への蓄積量は、2-TCBで9μg 、2-TeCBでは2μgと推定され、摂取総量に対する蓄積量は、1/105と極めて低い。また、糞中からの検出量も、ラットが毎日摂取した2-ACB量に対して、0.1-0.3%にすぎない。これらの結果から明らかなように、ほとんどの2-ACBは他の組織に蓄積したか、速やかに代謝されたことになる。2-ACBの生体内での代謝動態については、さらに検討が必要である。

コメント    :
これらの研究は、Delinceeらが、先に行った2-ドデシルシクロブタノンのコメットアッセイによるDNA鎖切断の実験に関する議論が契機となって行われた再実験である。先の実験で不備が指摘された、シクロブタノンの純度の問題を克服するために、新しい合成法を用いて多種のシクロブタノンを調製し試験に用いている。
ただし、用いられた試験法としては、エームス試験以外は、各国の規制当局が採用している毒性評価試験法が含まれず、"この試験結果を、ヒトが脂質を含む照射食品を摂取することのリスク評価に用いるのは適当でない"というのがEUのScientific Committee on FoodやWHOの見解である。そして、Ames試験が陰性であることと、過去に行われた、高線量照射した鶏肉の各種動物による長期摂食試験で安全性が確認されていることなどの結果をふまえて、"照射食品中に生成するシクロブタノンの安全性には問題が無い"とこれらの専門機関は考えている。
WHOなどの見解にも関わらず、ここに挙げた実験結果をもって、照射食品に発ガン性物質や発ガンプロモ−タ−が生成すると述べる消費者グループなどが存在している。しかし、ラットにおける投与実験で用いた2-ACBの1日あたりの用量は体重1kgあたりに換算すると3.2mg/ kg 体重であり、ヒトが照射食品から摂取する最大量と想定される1日あたり5-10μg/ kg体重および実際の照射食品に含まれる2-ACB量に比べて1,000〜10,000倍と極めて大きいことを十分に考慮する必要がある。

原論文1 Data source 1:
"Etude toxicologique transfrontaliere destinee a evaluer le risque encouru lors de la consommation d'aliments gras ionises / Toxikologische Untersuchung zur Risikoberwertung beim Verzehr von bestrahlten fetthaltigen Lebensmitteln
Burnouf D, Delincee H, Hartwig A, Marchioni E, Miesch M, Raul F, Werner D (2001).
Faculty of Pharmacy, University Louis Pasteur, Institute of Nutritional Physiology, Federal Research Centre for Nutrition
Eine franzosisch-deutsche Studie im Grenzraum Oberrhein". Rapport final / Schlussbericht Interreg II. Projet / Projekt No 3.171.

原論文2 Data source 2:
Genotoxicity of 2-alkylcyclobutanones, markers for an irradiation treatment in fat-containing food - Part I: cyto- and genotoxic potential of 2-tetradecylcyclobutanone,
H. Delincee, C. Soika, P. Horvatovich, G. Rechkemmer, E. Marchioni,
Institute of Nutritional Physiology, Federal Research Centre for Nutrition
Radiat.Phys.Chem., 63, 431-435 (2002).

原論文3 Data source 3:
Food-borne radiolytic compounds promote experimental colon carcinogenesis,
F. Raul, F. Gosse, H. Delincee, A. Hartwig, E. Marchioni, M. Miesch, D. Werner, D. Burnouf
Universite Louis Pasteur de Strasbourg-INSERM
Nutr. Cancer.,44,188-191 (2002).

原論文4 Data source 4:
Detection of 2-alkylcyclobutanones, markers for irradiated foods, in adipose tissues of animals fed with these substances,
P. Horvatovich, F. Raul, M. Miesch, D. Burnouf, H. Delincee, A. Hartwig, D. Werner, E. Marchioni
Faculty of Pharmacy, University Louis Pasteur. 
J.Food Prot., 65, 1610-1613 (2002).

参考資料1 Reference 1:
Statement of the Scientific Committee on Food on a Report on 2-alkylcyclobutanone
The European Comittiee
http://europa.eu.int/comm/food/fs/sc/scf/index_en.html

参考資料2 Reference 2:
Efficient reaction pathway for the synthesis of saturated and mono-unsaturated 2-alkylcyclobutanones,
M. Miesch, et al.
University Louis Pasteur.
Radiat.Phys.Chem., 65, 233-239 (2002).

キーワード:2-アルキルシクロブタノン類,変異原性, 健全性, 発ガンプロモーター活性, 遺伝毒性, 放射線分解生成物, エームス試験, 細胞毒性, ラット脂肪組織, コメットアッセイ,酸化的DNA障害, 2-alkylcyclobutanones, mutagenecity, wholesomeness, promoter activity, genotoxicity, radiolutic compounds, Ames test, cytotxicity, rat adipose tissues, comet assay, oxidative DNA damege
分類コード:020405,020404

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