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作成: 2003/07/30 伊藤 均

データ番号   :020228
放射線によるウイルスの不活性化
目的      :ウイルスの放射線感受性と不活性化処理への応用について紹介
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源(150kCi、等)
線量(率)   :2-36kGy、5kGy/h、等
利用施設名   :カナダ原子力公社ガンマセル、日本原子力研究所高崎研究所食品照射コバルト棟、等
照射条件    :室温下、ドライアイス温度、乾燥下
応用分野    :医療廃棄物処理、血清殺菌、血液殺菌、下水処理、食品衛生

概要      :
 ウイルスは細菌類に比べ核酸含量が0.1〜0.01倍と少なく、放射線耐性が強いことが予想される。多くの研究によれば、室温・水共存下での放射線感受性はD10値で1.1〜5.0kGyであり細菌芽胞と類似している。また、ドライアイス凍結下または乾燥下でのD10値は2.6〜6.5kGyに増加した。医療廃棄物中の病原性ウイルス不活性化線量は15kGyで十分と思われ、凍結血清や乾燥畜産製品は20kGyで十分と思われる。

詳細説明    :
1.ウイルス感染症
 コロナウイルスの仲間であるSARSウイルスによる被害は世界を震撼させた。ウイルスによる感染症(病気)にはエイズやB型肝炎、ハシカ、風疹、ラッサ熱、日本脳炎、インフェルエンザなどのように治療が困難なものが多い。ウイルス感染症はワクチンやインターフェロン以外に有効な治療法がほとんどないのが現状であり、しかもワクチンはエイズウイルスのように外皮タンパク質が変化しやすいものでは効果がないものもあるため自然治癒に多く頼っているのが現状である。したがって、患者を隔離するか消毒処理によりウイルスからの感染を防ぐのが最も確実な防御法である。
 ウイルスは遺伝物質であるDNAまたはRNAが主要成分であり、生物と無生物の境にある不完全な生命体であり、宿主となる細胞から分類すると動物ウイルス、植物ウイルス、細菌ウイルス(ファージ)に分けられる。一方、核酸の型によってDNAウイルスとRNAウイルスに大別することもある。動物のDNAウイルスは(1.5〜185)x 106ダルトン(相対分子量)の間に分布するものが多く、RNAウイルスは(2.5〜12)x 106ダルトンのものが多い。動物ウイルスでDNA型に属すものは疱瘡ウイルス、B型肝炎ウイルス、アデノウイルスなどがあり、RNA型にはエイズウイルス、A型肝炎ウイルス、はしかウイルス、ポリオウイルス、インフェルエンザウイルス、日本脳炎ウイルス、SARSウイルス、ラッサ熱ウイルス、狂犬病ウイルス、口蹄疫ウイルスなどがある。動物ウイルスの多くは生体内では安定であるが、エイズウイルスのように生体外では数日で活性を失うものもあればポリオウイルスや口蹄疫ウイルスのように長期にわたり安定なものもある。ウイルスは細菌類に比べ熱処理に弱いものが多く、ほとんどのウイルスは60〜70℃・30分で不活性化されるが口蹄疫ウイルスのように約90℃・1時間処理が必要なものもある。しかし、ウイルスで汚染された消毒対象物には熱に弱いものや内部まで消毒できないものがある。このため、透過力が優れ、成分に悪影響が少ない放射線によるウイルスの不活性化処理について検討しておく必要があると思われる。

2.室温・水共存下でのウイルスの放射線感受性
 ウイルスのDNAまたはRNA含量は細菌類に比べ0.1〜0.01倍と少ないため、放射線生物学の標的説によると著しく放射線に耐性ということになる。大腸菌などの一般細菌の場合には燐酸緩衝液中での生存曲線の直線部分で90%殺菌するのに必要な線量D10値は好気的条件下で0.04〜0.1kGyにすぎない。これに対し、Thomasらは動物のDNA、RNAウイルスのD10値は血清液中で2.0〜5.5kGyであると報告している(表1)。

表1 カナダで行われた組織培養細胞または血液中で増殖させた病原性家畜ウイルス類の室温でのガンマ線感受性(原論文1の表を参考に作成)
ウィルスの種類 科名 核酸型 分子量
(x106ダルトン)
D10値
(kGy)
ブタ・パルボウイルス
ピコルナ・テスチェン ウイルス
ブタ小胞ウイルス
牛下痢性ウイルス
マエデイビスナウイルス
鳥アデノウイルス
ブルータングウイルス
牛伝染性鼻気管炎ウイルス
偽恐水症ウイルス
赤羽ウイルス
伝染性胃腸炎ウイルス
ニューカスルウイルス
鳥天然痘ウイルス
パルボウイルス
ピコルナウイルス
ピコルナウイルス
トガウイルス
レトロウイルス
アデノウイルス
レオウイルス
ヘルペトウイルス
ヘルペトウイルス
ブニヤウイルス
コロナウイルス
パラミクソウイルス
ポックスウイルス
S-DNA
S-RNA
S-RNA
S-RNA
S-RNA
D-DNA
D-RNA
D-DNA
D-DNA
S-RNA
S-RNA
S-RNA
D-DNA
1.5〜2.0
2.5
2.3
3〜4
6〜7
20〜30
12〜15
54
54
6〜7
5〜6
5〜8
125〜185
4.0
2.8
5.5
2.0以下
3.5
4.5
2.0以下
2.0以下
2.0以下
2.0以下
2.0以下
2.0
2.2

* S: 1本鎖、D: 2本鎖、分子量は参考資料1より引用。

 野々宮らの結果でも図1および表2に示すように血清液中でのD10値は1.1〜3.4kGyであり同じような感受性を示している。しかも、一般細菌の生存曲線は肩を有するシグモイド型や肩を有さない指数関数型が入り交じっているのに対し、ウイルスは全て指数関数型の生存曲線を示している。


図1  室温下における各種ウイルスのガンマ線照射による生存曲線

 一方、Baldelliはラクトアルブミン水溶液に懸濁した口蹄疫ウイルスのD10値は4.7kGyであったと報告している。Wardは燐酸緩衝液中に懸濁したポリオウイルスのD10値は1.92kGyであり、下水汚泥が共存すると3.40kGyに増加したと報告している。その他、インフェルエンザウイルスやファージなどの場合でもD10値は1.1〜5.0kGyの間に分布しており、有芽胞細菌のD10値1.0〜3.7kGyと大差ない値を示している。さらに、Wardの報告に見られるように汚泥などのラジカル捕捉物質が懸濁液中に共存しない場合にはD10値は比較的小さいが、ラジカル捕捉物質が共存するとD10値は2倍以上に増加することを示している。

表2 わが国で行われた各種病原性家畜ウイルスを血清中に懸濁した状態でのガンマ線感受性(原論文2の表を参考に作成)
ウイルスの種類 核酸型 分子量
(x106ダルトン)
室温でのD10値
(kGy)
凍結下でのD10値
(kGy)
牛下痢性ウイルス
(BVD-MD)
牛RSウイルス
(RS)
水胞性口炎ウイルス
(VS)
ブルータング
ウイルス(BT)
牛伝染性鼻気管炎
ウイルス(IBR)
S-RNA

S-RNA

S-RNA

D-RNA

D-RNA
4

5.8

3.5〜4.6

15

54
1.5

3.4

2.2

2.5

1.1
2.6

4.4

3.6

5.0

3.4

3.凍結下または乾燥下でのウイルスの放射線感受性
 ウイルスの場合も、一般微生物と同様に乾燥下または凍結下では放射線耐性が増加することが予想される。野々宮らの結果では図2および表2に示すように放射線耐性は1.3〜3.0倍に増加しており、D10値は2.6〜5.0kGyになった。


図2 ドライアイス凍結下における各種ウイルスのガンマ線照射による生存曲線

 Baldelliは口蹄疫ウイルスを乾燥してガンマ線を照射した場合のD10値は6.5kGyになると報告しており、この場合の放射線耐性は室温・ラクトアルブミン水溶液に比べ約1.5倍増加している。一方、Campbellがブルータングウイルスのドライアイス凍結下でのD10値を求めたところ5.6〜6.5kGyとなり菌株による差はほとんどなく、野々宮らの結果より若干大きな値を得ている。これらの結果は、ウイルスの放射線感受性は凍結下でも乾燥下でも大差がなく、D10値は2.6〜6.5kGyの間に分布していることを示している。


4.ウイルスの不活性化線量
 Thomasらが放射線感受性の研究に用いたウイルスは核酸の分子量が(1.5〜185)x 106ダルトンであるが、表1に見られるようにD10値と分子量との相関性は明確には認められなかった。また、野々宮らの結果でも同様の傾向が認められている。しかし、同じ科に属すウイルスなら同じような放射線感受性を示すものと思われ、菌種によるD10値の差はラジカル捕捉物質の有無が関係していると思われる。エイズウイルスはレトロウイルスの仲間であるが、同じ仲間のマエデイビスナウイルスの場合のD10値は3.5kGyである。一方、A型肝炎ウイルスはピコルナウイルスの仲間であり、D10値は2.8〜5.5kGyであろう。B型肝炎ウイルスはDNAウイルスの仲間であり、D10値は4.5kGy以下と思われる。また、SARSウイルスはコロナウイルスの仲間であり、伝染性胃腸炎ウイルスのD10値2.0kGyと同じような感受性を示すと思われる。
 ウイルスの不活性化を目的とした放射線による消毒処理が考えられるのは医療廃棄物の衛生化であろう。この場合に問題となるウイルスはB型肝炎ウイルスやエイズウイルスと思われるが、これらのウイルスは生体外では活性を失いやすく、血液中でのエイズウイルスの汚染力価は103〜104と報告されている。このため、生体外での汚染力価は103以下と思われる。これらのウイルスを感染力がない1以下の力価にするには14kGyで十分であろう。また、SARAウイルスでは10kGy以下で不活性化されると思われる。しかし、医療廃棄物には破傷風菌などの有芽胞細菌や放射線耐性の強い連鎖球菌も汚染している可能性もあるため15kGyが消毒に必要な線量と思われ、この条件では病原菌が照射後に若干生残しているとしても感染力は失われていると思われる。
 輸入されてくる畜産製品の組織培養用の子牛血清や動物の乾燥血液、骨粉、肉粉なども病原性細菌ばかりでなく、家畜病原性ウイルスで汚染されている可能性がある。口蹄疫ウイルスの場合、少なくとも20kGyが凍結された畜産製品の不活性化線量として必要であるとBaldelliは述べている。また、野々宮らは凍結下での各種ウイルスの不活性化線量は15〜30kGyと述べている。しかし、これらの値はウイルスの力価を106と想定して算出したものであり、実際の汚染力価は104以下と考えられるので20kGyで十分に各種汚染ウイルスを不活性化できると思われる。なお、野々宮らは牛血清を照射した場合の中和抗体価の影響について検討しており、室温照射では6〜16kGyで抗体価が若干低下するのに対し、凍結下照射では36kGyでも抗体価は全く変化しないと報告している。このことは、凍結下の牛血清中の汚染ウイルスを放射線で不活性化すれば組織培養用に十分利用できることを示している。

コメント    :
 ウイルスの研究は特殊の施設と取り扱い技術がないと実施できない。このため、ウイルスの放射線感受性試験が簡単に行えないためにウイルスの放射線による不活性化条件の設定に混乱を招いてきている。ここに紹介した各種論文は世界でも数少ないデータと思われるが、各データとも相関性が認められることから信頼できる値と思われる。ことに野々宮らの研究は線量評価をフリッケ鉄線量計で行っており、アラニン線量計とも一致している。なお、ウイルスなどの病原菌を放射線で消毒する場合には感染に必要な最低菌数も考慮に入れるべきであり、医療用具の滅菌のような10-6を機械的に当てはめる必要はないと思われる。

原論文1 Data source 1:
Gamma ray inactivation of some animal viruses
F. C. Thomas, A. G. Davies, G. C. Dulac, N. G. Willis, G. Papp-Vid and A. Girard*
Agriculture Canada, Animal Diseases Research Institute, NEPEAN, P.O.Box 11300, Station ��, Ontario, Canada K2H 8P9. * Atomic Energy of Canada Limited, Commercial Products, P.O.Box 6300, Otawa, Ontario, Canada K2A 3W3.
Can. J. comp. Med.45, 397-399(1981)

原論文2 Data source 2:
γ線照射によるRNAウイルスの不活化
野々宮 孝、伊藤 均*、森本明徳、山城富男**、石垣 功*、岩槻和男、堤 孝正
農林水産省動物検疫所、*日本原子力研究所高崎研究所、**科学飼料研究所ワクチンセンター
食品照射、27、19−26(1992)。

原論文3 Data source 3:
Gamma radiation for sterilizing the carcasses of foot-and-mouth disease virus infected animals
B. Baldelli
Isttuto Zooprofilattico Sperimentale Dell'umbria E Delle Marche
Microbiological Problems in Food Preservation by Irradiation, PL-199/3, p.79 - 85, IAEA (1967).

原論文4 Data source 4:
Immunogenicity of bluetongue virus inactivated by gamma irradiation
Charles H. Campbell
U.S. Department of Agriculture, ARS, NAA, Plum island Animal Didease Center
Vaccine, 3, 401-406,(1985)

原論文5 Data source 5:
Inactivation of poliovirus in wastewater sludge with radiation and thermoradiation
Richard L. Ward
Sandia Laboratories, Albaquerque
Applied and Environmental Microbiology, 33, 1218-1219(1977)

参考資料1 Reference 1:
ウイルスとウイルス感染症
田口文章
北里大学衛生学部微生物学教室
防菌防黴、15,613−624(1987)

参考資料2 Reference 2:
Survival of human immunodeficiency virus(HIV), HIV-infected lymphocytes, and poliovirus in water
Barbara E. Moore
Department of Microbiology, The University of Texas Medical Branch, Gaveston
Applied and Environmental Microbiology, 59, 1437 - 1443(1993)

キーワード:ウイルス、ガンマ線、不活性化、D10値、標的、DNA、RNA、分子量、感染症
viruses, gamma-ray, inactivation, D10 value, target size, DNA, RNA, molecular size, infectious disease
分類コード:020503, 020403

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