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作成: 2003/07/07 石井 克明

データ番号   :020226
有用林木ヒノキの放射線育種
目的      :ヒノキの放射線育種法の開発
放射線の種別  :ガンマ線,重イオン
放射線源    :AVFサイクロトロン
フルエンス(率):He50MeV(3.5X107particles/cm2/sec), C220MeV(2.5X106particles/cm2/sec)
線量(率)   :He50MeV(38-266Gy), C220MeV(5-160Gy)
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所AVFサイクロトロン
         農業生物資源研究所 放射線育種場 ガンマ−フィ−ルド
照射条件    :大気中
応用分野    :林木育種、放射線生物学、林学

概要      :
 長期間を要する林木の育種において放射線の利用が期待されている。邦産有用針葉樹であるヒノキへのイオンビームやガンマ線照射による形質変異体の作出や育種への利用について紹介する。ヒノキ苗条原基へイオンビームを照射することにより、アルビノ、黄子、ワックスリッチの変異体が得られた。ガンマ線を照射した個体から、幼形葉突然変異体が得られた。ヒノキとサワラの交雑育種でのガンマ線の影響が判明した。

詳細説明    :
1.ヒノキの苗条原基へのイオンビーム照射による変異体の作出
 ヒノキ(Chamaecyparis obtusa Sieb. et Zucc.)は林業、林産業上有用な高級針葉樹である。ヒノキの組織培養は、芽生えや成木からの開発が行われ、苗条原基による再生も可能となっている。そこで、近年注目されている重イオンビームを苗条原基に照射して変異体を作出することを目指した。
 重イオンビームはγ線より線エネルギー付与(LET)効果や生物効果(RBE)が高く、突然変異誘発源として有効であると言われている。だが、これまで森林樹木に対しての実験はなされてこなかった。そこで安定的な再生系があるヒノキに照射してそれへの影響を調べた。ヒノキの苗条原基は森林総研においてCD培地で10年以上継代培養しているものを用いた。重イオンビームの照射は原研高崎TIARAで加速粒子4He2+(50MeV)及び12C5+(220MeV)を深度制御種子照射装置でそれぞれ5〜266Gy、5〜160Gyの線量になるように行い、その後培養を続けて致死線量や変異体の出現を観察した。
 その結果、苗条原基塊の大きさが実験に影響するが、苗条原基塊を直径2mm以下に小さくした場合の12C5+イオンの照射では致死線量が約80Gyであることがわかった。また、4He2+イオン照射の実験で苗条原基が直径3mmより大きい場合、生存した苗条より白子、黄子、ワックスリッチと認められる変異体が得られた(表1)。変異体の出現頻度やその種類と照射線量との間には明確な関連は見られず、低線量においても変異体が観察された。照射有効深度の影響により、苗条原基塊が約3mm以上の時は致死線量の境界値が明確に判らなかったが、80Gy以上では、苗条原基表面が枯死し、その後内部で生存していた細胞が増殖してくるため、そのようになるのではないかと推測された。

表1 4He2+イオン照射によるヒノキ葉条変異体の出現
<苗条原基塊に照射後8ヶ月シュート伸長培地で培養>(原論文1より引用)
線量(Gy) 変異体出現数/シャーレ
白子 黄子 ワックスリッチ
0
38
76
114
152
190
228
266
0
2
5
0
3
6
3
0
0
35
36
1
26
20
18
15
0
0
1
2
4
0
0
1
2.ヒノキへのガンマ線照射による幼形葉突然変異体の作出(参考事例)
ガンマーフィールドに植栽されているヒノキより2つの幼形突然変異体を得た。葉変異の一つである幼形葉突然変異体は針葉の形態が発芽後生じる初生葉と同じ形態をとるものである。IRB 611-2は、茨城県産の実生のヒノキから得られたもので、IRB 611-5はヒノキの精鋭樹東京1号から得られたものである。それぞれ線量率11.2, 7.6R/日、総線量約127, 320Gyであった。ヒノキの中には自殖すると幼形葉を分離する系統があり、幼形葉を生じる遺伝子は劣勢の主働遺伝子であると考えられている。今回の幼形葉突然変異も劣勢突然変異あるいは染色体の欠損により生じたものと考えられる。自殖して生じる幼形葉苗は自殖の悪影響により軟弱な個体が多いが、今回の2系統は健全であり、挿し穂の発根能力が優れていることから今後の園芸的利用が期待される。

3.ヒノキの交雑育種におけるガンマ線の利用(参考事例)
ヒノキの病虫害抵抗性を改良するためにヒノキとサワラの種間交雑が行われてきたが、交雑和合性が低く雑種獲得が容易でない。そこで、ヒノキとサワラの種間雑種獲得率の向上のために、生殖器官における放射線感受性と突然変異の誘発、不和合性の打破の実験がなされた。形質の移入を目的とした種間交雑では総線量約5-6Gyの雄花へのガンマ線急照射が適当であった。緩照射によるヒノキの遺伝変異拡大では、著しい放射線障害を伴わない300-500R(30-50R/日)程度の線量が適していた。ヒノキXサワラ種間交雑における花粉の急照射では、100-400R/日が雑種獲得に最も適していた。 

コメント    :
 植物へのイオンビーム照射による育種は、キクやカーネーションで実用品種が作出されるなど、極めて有望な技術であると思われる。ライフサイクルが長いため育種に年月のかかる樹木でも、突然変異の活用に期待がもたれる。有用植林木へのイオンビームの照射ははじめてのことで、その他の林木を用いた研究の進展が望まれる。

原論文1 Data source 1:
Mutation induced by ion beam irradiation to Hinoki cypress shoot primordia
K. Ishii, Y. Hase, N. Shikazono, A. Tanaka
森林総合研究所、日本原子力研究所高崎研究所
TIARA Annual Report 2000, JAERI-Review 2001-039, pp.55-56(2001)

原論文2 Data source 2:
RAPD analysis of mutants obtained by ion beam irradiation to hinoki cypress shoot primordium
K. Ishii*, Y. Yamada*, Y. Hase**, N. Shikazono**, A. Tanaka**
*森林総合研究所;**日本原子力研究所高崎研究所
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B,206,570-573(2003)

原論文3 Data source 3:
ヒノキの幼形葉突然変異
近藤禎二、大庭喜八郎
放射線育種場
放射線育種場テクニカルニュース No.26(1984)

原論文4 Data source 4:
ヒノキとサワラの種間交雑におけるガンマー線照射の影響に関する研究
前田武彦
放射線育種場
放射線育種場研究報告、No.5, 1-87,(1982)

参考資料1 Reference 1:
放射線による林木の突然変異
近藤禎二
林木育種センター
林木の育種、No.167, 12-15,(1993)

キーワード:ヒノキ, イオンビーム, ガンマ線, 葉変異, 白子, 黄子, ワックスリッチ, 幼形葉, Hinoki Cypress,Chamaecyparis obtusa, Ion beam, gamma ray, leaf mutation, albino, xantha, wax rich, juvenile leaf-form
分類コード:020101

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