作成: 2003/1/20 伊藤 均
データ番号 :020224
乾燥タマネギ粉末の放射線殺菌効果と安全性
目的 :乾燥タマネギ粉末の放射線による殺菌効果、照射による食味変化、食品としての安全性について解説する。
放射線の種別 :ガンマ線
放射線源 :60Co線源
線量(率) :0.15〜40kGy
利用施設名 :RSA Corporation using a Cobalt-60 of 70,000 Curies, Cobalt-60 source of Federal Research Center for Nutrition, Federal Republic of Germany
照射条件 :大気中、乾燥粉末状態
応用分野 :香辛料の殺菌、乾燥野菜粉末調味料の殺菌
概要 :
乾燥タマネギ粉末に9kGyのガンマ線を照射すると1g当たりの好気性細菌数を2.5 x 104個以下に殺菌できた。照射後の香りや食味は9kGy照射で変化しなかった。成分分析の結果でも揮発性物質の組成、アミノ酸組成などはほとんど変化せず、ビタミンCは若干増加した。照射乾燥タマネギ粉末の安全性評価では、エームス試験と動物骨髄細胞における姉妹染色分体交換試験を13.6kGyまで実施したが変異原性の増加は認められなかった。
詳細説明 :
1.微生物に対する照射の影響
乾燥タマネギ粉末は香辛料に分類されることもあるし、乾燥野菜に分類されることもあり、一般には20メッシュ以下の粉末を香辛料として分類している。このように品目によっては香辛料やハーブ、乾燥野菜の所属の区別が曖昧なものがあるため、米国食品医薬品局や欧州連合等は香辛料、ハーブ、野菜調味料を一括して放射線殺菌の許可を出している。
乾燥タマネギ粉末は多くの加工食品の調味料として用いられており、香りや味が重要である。しかし、乾燥タマネギ粉末は高温による加熱処理や漂白、滅菌により香りや味が変化し酵素活性が失われてしまう。このため、乾燥タマネギ粉末は生の状態で加工する必要があるが、この場合には当然のことながら多くの微生物が残存している。乾燥タマネギ粉末の製造直後には好気性細菌が1g当たり5.8 x 105〜 2.7 x 107個含まれており、大腸菌群は10個以下、酵母菌や糸状菌は190〜720個検出された。好気性細菌の汚染が著しい乾燥タマネギ粉末をガンマ線照射すると表1に示すように、15kGyで菌数は著しく低減し、9kGyで菌数は2.5 x 104個以下となった。
表1 乾燥タマネギ粉末中の好気性細菌の放射線殺菌効果と貯蔵中の菌数変化。
───────────────────────────────────
線量(kGy) 照射直後 5ヶ月貯蔵 16ヶ月貯蔵
───────────────────────────────────
0 16,000,000 25,000,000 11,000,000
4 260,000 110,000 82,000
8 75,000 4,200 3,400
10 12,000 530 370
13 270 490 260
15 50 200 160
───────────────────────────────────
また、熱水処理をすると菌数はさらに減少した。タマネギやニンニクには制菌作用があるし、乾燥タマネギ粉末に汚染されている細菌類には有害菌が少ないため、この程度の殺菌線量で効果は十分と思われる。なお、乾燥タマネギ粉末に汚染している大腸菌群や酵母菌、糸状菌も9kGy照射すると全く検出できなくなった。さらに、乾燥タマネギ粉末を8〜10kGy照射して18〜27℃で6〜12ヶ月貯蔵した場合には菌数はさらに減少した。
2.食味や香りに対する照射の影響
タマネギには含硫アミノ酸などの含硫化合物が多く含まれているため照射により異臭発生の原因になる可能性がある。乾燥タマネギ粉末を10、20、40kGy照射した後、4倍希釈水溶液を用いて6〜14名の訓練されたパネリストによる官能試験を行ったが、照射後の香りや味に大きな変化は認められなかった。さらに4種類の製造元が異なる乾燥タマネギ粉末について三点比較法で官能検査を行ったが、9kGy照射品と非照射品を正確に判別することは困難であった。また、6ヶ月または12ヶ月貯蔵後にも照射による味や香りの変化は認められなかった。
3.成分組成に対する照射の影響
乾燥タマネギ粉末を0〜40kGy照射後、その100gを水500gに希釈し、その水溶液をペンタンで抽出し、65℃で濃縮してガスクロ分析装置で各種揮発物量を比較した。その結果、各ガスクロピークともほぼ同じパターンを示し線量との相関性は認められなかった。
アミノ酸組成を分析した結果では試料によって40kGy照射によりスレオニン、ヒスチジン、トリプトフアンが若干減少し、メチオニン量が若干増加するような結果が得られたが、これは誤差程度の変動であり、乾燥下の照射ではアミノ酸は照射に対して安定であった。熱水不溶物について非照射品と9kGy照射品について比較したところ、非照射で21.4%に対し、照射により不溶物量は18.6%に減少し、12ヶ月貯蔵後にも同じ傾向が認められた。照射により熱水不溶物量が減少するのは澱粉が低分子化し水溶性が増加したためであろう。
栄養成分の組成は27kGy照射してもほとんど変化せず、ビタミンCは若干増加する傾向が認められた。一方、乾燥タマネギ粉末を照射すると色調は10kGyで黄色値が若干増加する傾向が認められた。
4.照射された乾燥タマネギ粉末の変異原性
発芽防止を目的とした照射タマネギの安全性評価は、0.3kGy照射試料を乾燥重量で2%添加した飼料を用いたラットによる慢性毒性試験、マウスによる次世代試験、遺伝的安全性試験がわが国で実施されており、いずれも安全性に問題のないことが明らかにされている。一方、高線量で放射線殺菌された香辛料類や乾燥タマネギ粉末などの刺激性食品については慢性毒性試験や次世代試験は世界のどの国でも実施されていない。なぜなら、タマネギの場合でも25%乾燥重量を飼料に添加すると照射の有無にかかわらず試験動物に異常をもたらすことがわが国の研究でも明らかになっているためである。このため、照射香辛料については催奇形性試験や変異原性試験により安全性が評価されており、照射乾燥タマネギ粉末についても変異原性試験により安全性が評価されている。
照射された乾燥タマネギ粉末の変異原性試験では、試料に0.15、9.5、13.6kGyのコバルト−60ガンマ線を照射してサルモネラを用いたエームス試験およびチャイニーズハムスター、マウスを用いた姉妹染色分体交換試験が行なわれている。すなわち、エームス試験ではSalmonella typhimurium TA1537、TA1538、TA98株をフレームシフト変異の検出、TA1535、TA100株を塩基対置換変異の検出に用いた。照射された乾燥タマネギ粉末抽出水溶液とラット肝汁S9との反応処理乾燥タマネギ粉末抽出水溶液を各試験株に作用させたところ、表2に示すようにタマネギの冷水抽出液ではラット肝汁S9処理の有無にかかわらず照射による変異原性の増加は認められなかった。また、熱水抽出液でも同様の結果が得られた。
表2 照射された乾燥タマネギ粉末の冷水および熱水抽出物についてエームス試験によるサルモネラ変異原性試験。
1プレート当たりのヒスチジン(+)復帰変異コロニー数 |
試料および
線量 |
肝汁S9未処理 |
TA1537 |
TA1538 |
TA98 |
TA1536 |
TA100 |
|
肝汁S9処理 |
TA1537 |
TA1538 |
TA98 |
TA1536 |
TA100 |
|
冷水抽出液
|
0 kGy |
5±2 |
17±4 |
15±2 |
19±4 |
120±10 |
0.15kGy |
6±1 |
19±2 |
17±3 |
18±2 |
137±5 |
9.7 kGy |
8±3 |
15±3 |
14±2 |
22±3 |
142±11 |
13.6 kGy |
5±1 |
17±2 |
14±4 |
20±2 |
140±9 |
熱水抽出液
|
0kGy |
4±1 |
14±2 |
12±2 |
23±4 |
159±12 |
0.15kGy |
5±2 |
15±5 |
15±4 |
25±1 |
163±8 |
9.7kGy |
3±1 |
12±4 |
5±1 |
24±2 |
154±11 |
13.6kGy |
4±1 |
16±3 |
14±3 |
21±3 |
148±15 |
|
対照 |
6±3 |
14±4 |
17±3 |
19±4 |
104±10 |
2-アミノアントラセン(2µg/プレート) |
|
|
12±5 |
24±6 |
27±4 |
20±2 |
111±10 |
14±3 |
27±5 |
21±1 |
20±2 |
136±7 |
16±2 |
32±3 |
17±2 |
17±3 |
109±6 |
10±4 |
28±6 |
23±4 |
25±2 |
127±11 |
|
6±2 |
33±5 |
15±3 |
15±4 |
122±9 |
6±1 |
23±4 |
16±4 |
16±2 |
133±7 |
5±1 |
19±2 |
8±1 |
26±1 |
109±12 |
6±3 |
38±3 |
16±3 |
25±2 |
162±8 |
|
10±4 |
26±7 |
23±5 |
20±3 |
107±11 |
47 |
328 |
250 |
248 |
850 |
|
一方、動物飼料に照射された乾燥タマネギ粉末を10%添加したものを用いてチャイニーズハムスター1系統とマウス3系統を3日間飼育してから(各動物とも雄、雌3匹ずつを各試験区に用いた)、骨髄細胞の姉妹染色分体交換数を調べた。その結果、表3に示すように照射による変異原性、すなわち1細胞当たりの姉妹染色体分体交換数の増加は認められなかった。
表3 動物骨髄細胞の姉妹染色分体交換試験による照射乾燥タマネギ粉末の変異原性試験(数値は1細胞当たりの姉妹染色分体交換数の平均値である)。
|
チャイニーズ
ハムスター |
マウス
NMRI |
マウス
C57B1 |
マウス
C3H |
|
標準飼料
乾燥タマネギ粉末、0kGy
乾燥タマネギ粉末、0.15kGy
乾燥タマネギ粉末、9.5kGy
乾燥タマネギ粉末、13.6kGy |
3.8
3.8
3.9
3.9
3.8 |
4.5
4.6
4.5
4.6
4.6 |
-
6.2
6.2
6.2
6.2 |
-
6.3
6.2
6.3
6.2 |
|
*NMRI:外部から入手した系統、C57B1,C3H:手持ちの系統
コメント :
米国の食品医薬品局は香辛料、ハーブ、乾燥野菜調味料の30kGyまでの照射を許可している。この根拠は放射線特有の分解生成物の量と人間が1日に摂取する量から求められており、1986年当時には放射線分解生成物の約10%が自然界に存在しないと考えられていた。しかし、現在では放射線特有の分解生成物とされていたほとんどの生成物が加熱調理でも生成することが明らかになっており、唯一の放射線特有の分解生成物とされているシクロブタノン類(脂質の分解物)も変異原性を示さないことが明らかになっている。香辛料やハーブ、乾燥野菜調味料は約100品目もあり全ての照射品の安全性評価を行うことは不可能であり、わが国でも米国食品医薬品局と同じように放射線分解生成物量の分析結果を主とし、変異原性試験を参考資料として安全性を評価するのが合理的と考えられる。
原論文1 Data source 1:
Irradiation of onion powder : Effect on microbiology
O. Silberstein(1), W. Galetto(2) and W. Henzi(1)
1)Gilroy Foods , Inc., P.O. Box 1088, Gilroy, CA 95020, USA; 2) McCormick & Co., Inc. 11350 McCormick Rd., Hunt Valley, MD 21030, USA.
Journal of Food Science, vol. 44, pp. 975, 976, 981(1979).
原論文2 Data source 2:
Irradiation of onion powder : Effects on taste and aroma characteristics
O. Silberstein(1), J, Kahan(2), J. Penniman(1) and W. Henzi(1)
1)Gilroy Foods , Inc., P.O. Box 1088, Gilroy, CA 95020, USA; 2) McCormick & Co., Inc. 11350 McCormick Rd., Hunt Valley, MD 21030, USA.
Journal of Food Science, vol. 44, pp. 971 - 974(1979).
原論文3 Data source 3:
Irradiation treatment of onion powder : Effect on chemical constituents
W. Galetto(1), J. Kahan(1), M. Eiss(1), J. Welbourn(1), A. Bednarczyk(2) and O. Silberstein(3)
1) Research & Development Laboratories, McCormick & Company, Inc., Hunt Valley, MD 21031, USA; 2) Naarden, International, Baltimore, MD 21208, USA ; 3) Gilroy Foods, Inc., Gilroy, CA 95020, USA.
Journal of Food Science, vol. 44, No. 2, pp. 591 - 595(1979).
原論文4 Data source 4:
Mutagenicity testing of irradiated onion powder
R. Munzner and H. W. Renner
the Institute of Biochemistry, Federal Research Center for Nutrition, Engessestr. 20, D-7500 Karlsruhe, Federal Republic of Germany
Journal of Food Science, Vol. 46, pp. 1269, 1270, 1275(1981).
参考資料1 Reference 1:
食品製造・加工・出荷における放射線照射;最終規則
米国厚生省食品医薬品局
原子力資料10、No.189、pp. 1 - 55(1986)
参考資料2 Reference 2:
照射食品の安全性と栄養適性
世界保健機関
コープ出版、1996年
参考資料3 Reference 3:
放射線照射による玉ねぎの発芽防止に関する研究成果報告書(資料編、その2)
食品照射研究運営会議
原子力委員会
食品照射研究運営会議、昭和54年8月28日
キーワード:乾燥タマネギ粉末、香辛料、乾燥野菜、調味料、微生物汚染、放射線殺菌、味、香り、成分組成、変異原性、エームス試験、姉妹染色分体交換試験
onion powder, spices, dehydrated vegetables, ingredients, microbial contamination, radiation decontamination, taste, aroma, chemical constituents, mutagenicity, Ames test, sister chromatid exchange test
分類コード:020403,020405