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作成: 2003/02/11 阿部 知子

データ番号   :020222
タバコ受精胚に対する重イオン照射効果
目的      :植物育種への重イオンビーム利用のためのモデル実験
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :重イオン加速器(135MeV/u, 1pnA)
線量(率)   :5-200Gy
利用施設名   :理化学研究所加速器施設(RARF)
照射条件    :大気中
応用分野    :農業、園芸学、植物生理学

概要      :
 重イオンビームを栽培タバコ(2品種)受精胚に照射し、得られたM1種子を播種しその発芽率および変異誘発効果を調査した。重イオン感受性には品種間差が認められた。形態異常株は、Xanthi品種受粉30-48時間後の胚で最も高く8%-18%出現した。BY-4品種では形態異常株出現率に関しては感受性の高いステージは認められず2%以下であったが、耐塩性株や重金属耐性株などが選抜された。またM2世代に斑入り株やアルビノ株が観察された。

詳細説明    :
 植物の受精胚細胞は変異原感受性が高いことが知られているため、1花に約2000粒の種子を形成する栽培タバコの受精胚細胞を用いて重イオンビームの突然変異誘発効果を検証した。 栽培タバコ(Nicotiana tabacum L., Xanthi品種,BY-4品種)の鉢植えをRARFに持ち込み,受粉24-108時間後の子房を照射野に合わせて固定し,12C・14N・20Ne(135 MeV/u),40Ar(95 MeV/u)ビームを5-200グレイ(Gy)で照射し,1カ月後にM1種子を収穫した。 LETは12C,14N,20Ne,40Ar,それぞれ23,28.5,63および240keV/µmであった。M1種子は滅菌後,1/2MS寒天培地に播種し25℃連続光に置き,2週間後に発芽率を1ヵ月後に生存率および形態を観察した。両品種共に,高線量照射区では胚細胞の発育抑制が認められ,1花当りの種子重は著しく減少した。またM1種子の顕著な発芽率の低下も観察されたが、発芽個体はその後生育を続けた。12C,14Nや20Neイオンは発芽率にあまり影響のない線量(10-20Gy)で高い変異効果を示すこと(図1),40Arでは致死率が高くなることが判明した。


図1 重イオン照射に対する感受性の品種間差

 また,形態異常株出現率は,BY-4品種では処理ステージによる明確な差異を示さなかったが,Xanthi品種では14Nと20Ne両ビーム照射区とも受粉後30-48時間のステージに明瞭なピークが認められ,形態異常株出現率も8.3-18.1% と高くアルビノ(白色変異)株などが頻出した(図2)。


図2 重イオン照射によるタバコ受精胚細胞変異処理ステージと形態異常株出現率(原論文2より引用)

 同様な受粉期の柱頭に0.1%のエチルメタンスルホン酸(EMS)溶液24時間処理を施し得られたM1世代では子葉の異常は認められたが、アルビノ株など本葉の形態異常は全く出現せず、開花個体で不稔が観察されたのみであった。一方、重イオン照射を施したXanthi品種の本葉形態異常株は,矮性・斑入り・細葉・巻葉・帯化した個体や花色や花冠の形態が変化したもの・不稔個体が観察され,形態異常の程度がEMS処理に比べて著しく大きいことが明示された(図3)。


図3 重イオン照射により誘発した形態異常株

 BY-4品種では、形態異常株出現率は2%以下と低かったが、耐塩性株や重金属耐性株が選抜され、M2世代に斑入り(周縁キメラ)株やアルビノ株を分離する系統が出現したため、その生理特性を解析した。
a. 耐塩性株
 M1種子をNaCl添加培地に播種し生存個体を耐性植物として育成したところ、BY-4品種に14Nビームを照射した試験区にのみ3447粒より17個体の生存個体が出現した。M2世代で耐性試験を行ったところ、3系統に耐性個体が認められた。この3系統のM2およびM3種子についてNaCl添加培地で発芽試験を行ったところ、いずれの系統においてもM2世代よりもM3世代で耐性の集積が観察された。その結果、1系統においてM3世代の発芽率は1.5%NaCl添加培地では正常株が0.6%であるのに対して80.8%に、また2%では正常株が全く発芽しないのに対して3.9%に上昇した。
b. アルビノ株
 BY-4品種に14Nビームを照射した試験区よりM2世代にアルビノ株が分離する系統が観察された。電子顕微鏡観察では色素体の数は野生型と変わらないが、包膜は持つもののチラコイド膜の発達は認められなかった。接ぎ木しアルビノ形質の遺伝様式を解析したところ劣性の核遺伝子に支配されていることが示唆された。このアルビノ株(ali) を用いて、光合成関連遺伝子の転写を解析したところ、核にコードされた遺伝子 (Lhc, rbcS)の転写は正常であったが、葉緑体ゲノムの遺伝子 (rbcL, psbA) の 転写は著しく減少した。このことは、ali が葉緑体ゲノム遺伝子の発現調節に特異的な変異を生じており、核-葉緑体間のクロストーク異常変異株であること強く示唆する。

コメント    :
 2003年2月までにイオンビーム照射により変異誘発に成功した植物種は先の栽培タバコの他、野生タバコ、シロイヌナズナ、ミヤコグサ、イネ、オオムギ、コムギ、ソバ、バーベナ、ペチュニア、トルコギキョウ、キク、ダリア、カーネーション、サンダーソニア、シンビジューム、オンシジューム、バラ、ミカン、ヒノキなど20種にわたる。植物の変異体作成方法の開発が重要視されている昨今、イオンビーム照射による植物の突然変異誘発法は、日本が世界に先行する技術である。本方法により新奇性の変異株が得られており、遺伝的多様性を拡大する技術として発展していくものと考えている。

原論文1 Data source 1:
Is irradiation of heavy ion beams at specific stages of the fertilization cycle of plants effective for mutagenesis?
T.Abe, S.Yoshida, T.Sakamoto, T.Kameya, S.Kitayama, N.Inabe, M.Kase, A.Goto and Y.Yano
理化学研究所植物機能研究室、加速器基盤部、三共(株)
In: K. Oono and F.Takaiwa eds., Modification of gene expression and non-Mendelian inheritance,Japan NIAR, pp.469-477、1995

原論文2 Data source 2:
Stress-tolerant mutants indueced by heavy-ion beams
T.Abe, C.H.Bae, T.Ozaki, J.M.Wang and S.Yoshida
理化学研究所植物機能研究室、日本原子力研究所東海研究所、秋田県立大学生物資源科学部
Gamma Field Symposia, 39, 45-56, 2000

原論文3 Data source 3:
Characterizaion of a periclinal chimera in variegated tobacco (Nicotiana tabacum L.)
C.H.Bae, T.Abe, N.Nagata, N.Fukunishi, T.Matsuyama, T.Nakano, and S.Yoshida
理化学研究所植物機能研究室、加速器基盤部
Plant. Sci. 151, 93-101, 2000

原論文4 Data source 4:
Regulation of chloroplast gene expression is affected in ali, a novel tobacco albino mutant
C.H.Bae, T.Abe, T.Matsuyama, N.Fukunishi, N.Nagata, T.Nakano, Y.Kaneko, K.Miyoshi, H.Matsushima and S.Yoshida
理化学研究所植物機能研究室、加速器基盤部、埼玉大学理学部、秋田県立大学生物資源科学部
Ann. Bot. 88, 545-553, 2001

キーワード:重イオン, 突然変異, アルビノ, 斑入り,園芸, 突然変異育種,
heavy ion,mutant, albino, variegation, horticulture,mutation breeding
分類コード:020101、020301、020501

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