イオンビーム育種法の開発とカーネーション品種シリーズの育成

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作成： 2003/2/10 岡村　正愛データ番号　　　：020221 イオンビーム育種法の開発とカーネーション品種シリーズの育成目的　　　　　　：イオンビーム育種技術の開発と花色、花型変異の誘発による新品種の育成放射線の種別　　：重イオン,ガンマ線,エックス線放射線源　　　　：AVFサイクロトロン（220MeV炭素イオン、50MeVヘリウムイオン、He100MeVヘリウムイオン）、⁶⁰Co線源（104MBq)、Soft Xray Unit OM60R(60kVp,5mA) フルエンス（率）：C220MeV:2.5×10⁶(particles/cm²/sec), He50MeV:3.5×10⁷(particles/cm²/sec), He100MeV:1.4×10⁹(particles/cm²/sec), ⁶⁰Co:2Gy/min 線量（率）　　　：C220MeV:5-20Gy, He50MeV:, He100MeV:, 60Co:30-70Gy 利用施設名　　　：日本原子力研究所高崎研究所AVFサイクロトロン、日本原子力研究所高崎研究所ガンマ線照射装置、キリンビ－ル（株）植物開発研究所照射条件　　　　：大気中応用分野　　　　：植物育種、放射線生物学、花卉園芸、植物資源利用概要　　　　　　：　作物の品種改良を目的とした突然変異原として生物効果の高いイオンビームの利用が期待されてきた。2002年に、細胞・組織培養系を用いたイオンビーム育種技術を開発し、世界に先駆けてカーネーションの実用品種シリーズを育成した。ここではイオンビームがもつ生物効果、またカーネーションの花色や花型の変化に及ぼす影響についてガンマ線と比較した結果およびイオンビームの特長を活かした突然変異体誘発系と育種応用について紹介する。詳細説明　　　　： 1)イオンビーム育種技術の開発：細胞・組織培養育種系の応用：1993年原研高崎に世界初の材料・バイオ研究のためのイオン照射研究施設（TIARA）が完成しイオンビームの生物応用研究が開始され、イオンビームによる生物効果の特徴や、シロイヌナズナでの紫外線耐性、フリル型花弁またキクの条斑や複色花色変異体などガンマ線他従来法とは異なる変異体が得られることが明らかとなり、実用品種の育成が期待されていた。2002年キリンビール㈱は日本原子力研究所との共同研究により、同社スプレーカーネーション品種「ビタル」（チェリー桃花色、剣弁）を材料に、その微細組織培養系を開発・応用したイオンビーム育種技術を開発した。インビトロ植物体から微細葉片を調製し、CO培地（MS培地、2mg/l Zeatin、3％蔗糖、0.7％寒天）にて2日間培養したものに、原研高崎TIARAのAVFサイクロトロンを用いて220MeV炭素イオンビームを照射した後、CO培地にて植物体を再生し、開花検定により花色などを調査した。この方法では微細組織片からカルスを経ずに直接不定芽を誘導できる。対照試験として、ガンマ線照射、X線照射、EMS処理試験を実施した。 2)イオンビームの生物効果：カーネーション照射培養片からの不定芽誘導率が半減する線量はガンマ線で60Gyであるのに対し炭素イオンでは15Gyであり、炭素イオンはガンマ線に比べて４倍生物効果が高いと推定された（図1）。図1　カ－ネション葉片へ培養系への220MeV炭素イオン（○）およびガンマ線（□）の生物効果(原論文４を改編) また、開花検定で桃色、赤色の花色変異体を得た線量を比べると、イオンでは細胞あたり約20トラックで得ているのに対し、ガンマ線ではその3000倍のスプールであった。これらの結果はイオンビームが低い線量で突然変異を起こし、副次的な遺伝子変異が少ない一部の形質のみが変化した新品種を効率よく作出できることを示す。 3)イオンビーム育種による突然変異体の特徴：イオンビーム照射系統の開花検定では、赤、桃、濃桃、淡桃、サーモン、黄、クリーム、桃白複色、条斑の花色変異、及び丸弁、ナデシコ花弁、またガンマ線では赤、桃、微細斑の花色変異が得られた（図2）。図2　カーネーション葉片培養系への220MeV炭素イオンビーム照射およびガンマ線照射による花色、花型の変異誘発頻度炭素イオンビーム：5～20Gy照射：花色花形変異24系統（850個体中）ガンマ線：30～70Gy照射：花色花形変異26系統（全1150試験個体中）Ｘ線では、桃、淡桃、赤が、EMS試験では赤、桃、条斑が出現した。花色についての変異スペクトルはイオンビーム育種によるものが最も広く、濃桃、桃、淡桃などのペラルゴニジン3,5－ジグルコシド色素の量的変化による変異、赤、サーモンなどのペラルゴニジン3－マリルグルコシド色素の量的変化による変異、黄色への質的変異、各種条斑花色などのトランスポゾンの挿入（淡桃）と部分的脱落（チェリー桃への回復）による質的変異など、量的変異および質的変異とも変化に富んでいた。またイオンビーム変異体のほとんどが親品種の生育・開花特性を保持していた。イオンビーム育種では花形の変化も多数出現し、ナデシコ形花弁、丸弁などが連続的な変異として観察された（図3）。また、注目すべき花形変化として商品価値の高い「バラ咲き」も出現した。図3　A.イオンビーム育種によるカーネーションの花色・花型変異第１段：左→右：親品種（チェリー）、赤、濃桃、サーモン、第２段：左→右：複色、黄、条斑、淡複色第３段：左→右：ナデシコ弁、淡桃、赤丸弁、桃丸弁、第４段：左→右：桃、ナデシコ弁、淡ナデシコ弁、丸弁　 B．イオンビーム育種によるカーネーションの花型変異（原論文1より引用） 4)新品種の育成と経済効果：カーネーション品種「ビタル」は、早生性、豊産性、フザリウム病害抵抗性に優れ、花もちが良いなどの優れた特徴をもつ有力品種である（社団法人：日本花卉生産協会推奨品種）。イオンビームの利用により、これらの優良な特性を保持したまま、各種色揃え、花型変化を短期間に進めることができた。複色変異、赤、濃桃系統については、2002年に品種登録、商品化を開始した。サーモン、桃、黄などを含め７色以上の「ビタルイオンシリーズ」としての販売により、日本で年間数千万本の切花（百億円相当）が流通すると期待される。欧州でも商品化を進めており、さらなる経済効果が見込まれる。 5)イオンビーム育種の進展：他のクロップへのイオンビーム育種を展開しつつあり、筆者らはキリン社キク品種「グランドピンク」でも短期間に花色、花型、早生性などの形質改良に成功した。イオンビームには、ガンマ線などの低LET放射線とは異なる突然変異誘発効果が期待できる。理化学研究所の研究では耐塩性の植物などが得られている他、園芸植物バーベナの商品化の例もでてきている。イオンビーム育種技術は、収量、品質、各種抵抗性などの突然変異の幅を広げるのにも有効と考えられ、今後の進展が期待できる。コメント　　　　：地球上の生物は天空からの宇宙線や紫外線、地面からのガンマ線などにより絶え間なく照射を受け突然変異を起こし、進化し、現在の生物の多様性をもたらした。突然変異育種は生物進化の原理を応用した園芸植物や農作物の改良技術であり、地球の生態になじんだ技術となっている。自然界での宇宙線による突然変異と同じ原理を利用した品種改良技術「イオンビーム育種」は、炭素イオンなどを光の数十％にまで加速して植物の細胞に当て、突然変異を引き起こし有用な品種を育成する技術である。ガンマ線などに比べ局所的に大きなエネルギーを与える特徴があり、突然変異誘発などの生物効果が高い。キリンで開発したカーネーション微細組織培養系に、原研高崎のAVFサイクロトロンにより炭素イオンを照射することで、２年という従来法の半分の期間で、カーネーションの実用品種シリーズの育成に成功した。カーネーションはキク、バラと並ぶ３大花卉であり、世界初の成果である。原論文１ Data source 1： Development of Mutant Varieties "Vital Ion seriese" in Carnation by Ion Beam Breeding Okamura M*, Yasuno N*, Otsuka M*, Tanaka A**, Shikazono N**, Hase Y** Plant Laboratory, Agribio business company, Kirin Brewery Co., Ltd.*, Department of Ion-Beam-Applied Biology, JAERI, Japan Atomic Energy Research Institute TIARA annual report 2001 (JAERI-Review 2002-035), 39-41 (2002) 原論文２ Data source 2： Wide varieties of flower-color and shape mutants in carnation developed by Ion Beam Breeding Okamura M*, Yasuno N*, Otsuka M*, Tanaka A**, Shikazono N**, Hase Y** Plant Laboratory, Agribio business company, Kirin Brewery Co., Ltd.*, Department of Ion-Beam-Applied Biology, JAERI Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B, X-X7 (2003) in press 原論文３ Data source 3： Mutation Generation in Chrysanthemum Plants Regenerated from Floral Organ Cultures Irradiated with Ion Beams Okamura M*, Yasuno N*, Takano M*, Tanaka A**, Shikazono N**, Hase Y** Plant Laboratory, Agribio business company, Kirin Brewery Co., Ltd.*, Department of Ion-Beam-Applied Biology, JAERI TIARA annual report 2001 (JAERI-Review 2002-035), 42-43 (2002) 原論文４ Data source 4： Mutation Generation in Carnation Plants Regenerated from Leaf Cultures Irradiated with Ion Beams Okamura M*, Otsuka M*, Yasuno N*, Tanaka A**, Shikazono N**, Hase Y** Plant Laboratory, Agribio business company, Kirin Brewery Co., Ltd.*, Department of Ion-Beam-Applied Biology, JAERI TIARA annual report 2000 (JAERI-Review 2001-039), 52-54 (2001) 原論文５ Data source 5：イオンビーム育種の実用化－カーネーション品種シリーズの育成－岡村正愛キリンビール（株）アグリバイオカンパニー植物開発研究所放射線と産業、No.95：57-63（2002) 原論文６ Data source 6：新分野イオンビーム育種：世界初の施設TIARAに期待田中　淳日本原子力研究所、高崎研究所、イオンビーム生物応用部、植物資源利用研究室 Energy　Review　2002-5：15-17（2002）原論文７ Data source 7： An ultraviolet-B-resistant mutant with enhanced DNA repair in Arabidopsis Tanaka A*, Sakamoto A*, Ishigaki Y**, Nikaido O**, Sun G*, Hase Y*, Shikazono N*, Tano S* and Watanabe H* Department of Ion-Beam-Applied Biology, JAERI*, Faculty of pharmaceutical science, Kanazawa Univ.** Plant Physiology,129, 64-71 (2002) 原論文８ Data source 8： Rearrangement of the DNA in carbon ion-induced mutants of Arabidopsis thaliana Shikazono N, Tanaka A, Watanabe H and Tano S Department of Ion-Beam-Applied Biology, JAERI Genetics 157: 379-387 (2001) 原論文９ Data source 9： FRL1 is required for petal and sepal development in Arabidopsis Hase Y, Tanaka A, Baba T and Watanabe H Department of Ion-Beam-Applied Biology, JAERI The Plant Journal 24: 21-32 (2000) 参考資料１ Reference 1：ソマクローナル変異による品種改良岡村正愛キリンビール（株）アグリバイオカンパニー植物開発研究所組織培養、17：207-212（1991）参考資料２ Reference 2：ガンマ線による植物改良：新産業創出と食糧増産に成果永冨成紀独立行政法人農業生物資源研究所放射線育種場 Energy　Review　2002-5：12-14（2002）参考資料３ Reference 3：イオンビーム利用の基礎と現状4ライフサイエンスへの利用：イオンビームによる遺伝子資源研究渡辺　宏日本原子力研究所高崎研究所 Radioisotopes,44：824-828（1995）参考資料４ Reference 4：重イオン変異育種の可能性阿部知子*、鈴木賢一** 理化学研究所*、　サントリー（株）** 農業および園芸、77：580-586(2002) 参考資料５ Reference 5：イオンビームの生物影響－バイオ技術への展開を目指して－井上雅好京都府立大学放射線と産業、92、30-35(2001) キーワード：イオンビーム,ガンマ線,エックス線,EMS,カーネーション,キク,生物効果,突然変異,花色,花型,育種,新品種 ion beams,gamma-ray,X-ray,Ethyl methanesulfonate,carnation,chrysanthemum,relative biological effectiveness,mutation,flower color,flower shape,breeding,new varieties 分類コード：020101,020301,020501
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