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作成: 2002/11/13 鈴木 賢一

データ番号   :020219
不稔バーベナの重イオン育種
目的      :重イオンビーム照射を花卉育種へ応用
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :重イオン加速器(135 MeV/u)
線量(率)   :1-200Gy
利用施設名   :理研加速器研究施設(RARF)
照射条件    :空気気流中
応用分野    :作物育種

概要      :
花壇苗の1つであるバーベナを材料にし,理化学研究所加速器研究施設(RARF)において重イオンビーム照射を行った。自家種子を形成しやすい品種から不稔の変異体の取得に成功し栽培特性の評価を行った。新しく育種に成功した不稔系統は、従来品種が持っていた有用な形質を損なうことなく、「花持ちの良さ」「花房数の増加」という新たな性質を獲得し、重イオンビーム照射による初の商品化に成功した。

詳細説明    :
古くから人類が利用、栽培してきた植物は、より多収量、耐環境性、耐病害虫性等という農業的要素を改良、すなわち育種することによって、より栽培特性の良い品種、あるいは付加価値の付いた品種等を育成してきた。このような植物育種は、当初自然交雑あるいは自然突然変異といった集団の中から優良個体を低頻度で選抜してきたが、その後人工交雑あるいは人為突然変異といったより効率的な育種法が主流となり多くの優良品種が育成され近代農業にも大きく貢献してきた。花卉園芸植物の新品種開発においても人工交雑育種法や人為突然変異法、また遺伝子工学的手法を利用した分子育種が盛んに行われている。近年、重イオンビーム照射による人為突然変異法が、自然界で起こる自然突然変異をさらに効率良く取得できるのではという仮説が得られたため、本手法が花卉植物育種に応用できないかを検討した。
花壇苗では、その重要な特性の1つに開花期間があり、一度植栽した花壇苗が、長い期間花を咲かせ続ける「四季咲き性」品種は世界的に大きな市場ニーズがある。サントリーフラワーズ(株)が開発したバーベナ花手毬シリーズは、ほふく性で花房が大きく、春から秋まで開花し、うどんこ病にも強いことから、日本に限らず海外でも高く評価されている。花壇苗は歴史的に自家種子繁殖系での園芸的育種が進められてきたため、本来多くの野生植物が有する自家不和合性、すなわち自殖による自家弱性抑制機能を排除してきた。近年では雑種強性を重要視したF1種子系や栄養繁殖系が主流になってきたが、そもそも自家種子繁殖系で育成してきた系統を育種母本として用いると、自家種子形成というデメリットが生じることもある。また、種子発達のために植物体からの栄養分の供給、胚乳などの貯蔵器官への蓄積が優先され植物体自身が弱体化し、花数が減少すると考えられる。花手毬コーラルピンク(Verbena hybrida "TEMARI CORALPINK")は、他の花手毬シリーズと比較して通年開花性が若干弱く、花数が少なくなる時期があることが指摘され、また自家種子を形成しやすかった。そこで、重イオンビーム突然変異法を用いて花手毬コーラルピンクの不稔系統を育成することにより、開花特性を向上させることを試みた。花手毬コーラルピンクの無菌植物から調整した、2つの腋芽を含む茎1節を各区64本MS寒天培地に置床し、窒素(135 MeV/u)イオンを1、2、5、10 Gy照射した。照射後の脇芽から生長してきたシュート数を生存率とすると、全ての区において生存率が80%前後であった。馴化・育苗し、温室内で開花・自然結実を観察したところ、自家種子を形成しない花が多数観察され、その中でも花房全体に不稔が認められた4系統を選抜した。圃場での栽培試験では、従来品種と比較し不稔系統全てで、期待通り開花特性が向上し、株の老化の抑制・花房数の増加が認められた。これら不稔系統は、温室内および屋外栽培試験を通し、花色・花形・葉・草姿・日長感受性・耐病性等不稔以外の性質は、従来品種と比較し差異はなかった。すなわち、新しく育種に成功した不稔系統は、従来品種が持っていた有用な形質を損なうことなく、「花持ちの良さ」「花房数の増加」という新たな性質を獲得したといえる。なお、新しく品種改良に成功したバーベナ『不稔花手毬コーラルピンク』は2002年3月に重イオンビーム照射による新しい育種法の成果として世界で初めて発売された。花手毬コーラルピンクと同様の問題点を有していた花手毬サクラに対しても、重イオンビーム照射を行い不稔系統を取得した。不稔花手毬サクラも温室内および屋外栽培試験を実施した結果、「花持ちの良さ」「花房数の増加」といった良好な形質が認められたことから、2003年春から新品種として発売される予定である。

コメント    :
日本の独自開発技術である重イオンビーム作物育種は、世界で初めて新品種の実用化に成功した事を受け、世界中の重イオン加速器施設や種苗企業から注目を集めている。今後、重イオンビーム作物育種の成果事例が、国内外から多数報告されるであろうと推察できる。

原論文1 Data source 1:
Isolation of Sterile Mutants of Verbena hybrida Using Heavy-Ion Beam Irradiation
鈴木 賢一、四方 康範、阿部 知子、勝元 幸久、宮崎 潔、吉田 茂男、久住 高章
サントリー(株)基礎研究所、サントリー(株)花事業部、理化学研究所植物機能研究室
RIKEN Accel.Prog.Rep. 35, 129 (2002)

キーワード:バーベナ, ペチュニア, 突然変異育種, 組織培養法, 不稔, 花数, 花色, 斑入り
verbena,petunia,mutational breeding,tissue culture,sterile,flower number,flower color,variegata
分類コード:020101,020301,020501

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