放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2001/7/10 伊藤 均

データ番号   :020216
放射線に対するアフラトキシン等カビ毒の安定性
目的      :乾燥食品等に産生されているアフラトキシン等のカビ毒を放射線で分解除去することは困難であり、アフラトキシン等の産生を防止するには乾燥食品生産時の品質管理に放射線処理を適用するべきである
放射線の種別  :ガンマ線,電子
放射線源    :60Co線源、137Cs線源
線量(率)   :300〜500kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所食品照射ガンマ棟、Gammator M34-3(137Cs, 1,200Ci(4.44X1013Bq))
照射条件    :空気共存下・高水分含量米または水溶液中
応用分野    :香辛料の殺菌、生薬の殺菌、飼料の殺菌、穀類の殺虫

概要      :
 アフラトキシン等のカビ毒は穀類などの乾燥食品に糸状菌によって産生され、人間や家畜の疾病の原因になることがある。アフラトキシン等のカビ毒は放射線に対し著しく安定であり、乾燥下では300kGyの高線量でも約10%しか分解されず、水溶液中でも10kGy以上の線量が分解に必要である。このため、アフラトキシン等の被害を防ぐためには乾燥食品などに糸状菌が増殖する以前に放射線で糸状菌や害虫を殺滅しておく必要がある。

詳細説明    :
 
1.カビ毒と食品衛生
 
 カビ毒は糸状菌(カビ)の代謝産物であって、人間あるいは動物に何らかの疾病あるいは異常な生理作用を誘発する物質である。糸状菌の中にはコウジカビのように発酵に利用されるものもあるが、ほとんど多くの糸状菌は食品を腐敗させたり、毒素を産生したり機材を腐食させる原因になっている。アフラトキシンは主にAspergillus flavus群に属する糸状菌によって産生されるカビ毒であり、その発癌性は地球上で最も強力な部類に属している。たとえば、ラットに毎日アフラトキシンB1を0.3μg・70日間投与すると100%の発癌率を示すと報告されている。アフラトキシン以外にもオクラトキシンAとかステリグマトシスチン、シトリニンなどのカビ毒が知られているが、その多くがAspergillus属またはPenicillium属の糸状菌によって産生される。これらの糸状菌は穀類や香辛料、生薬、飼料、乾燥魚などの乾燥品に発生し、しばしば食中毒や家畜疾病の原因となっている。アフラトキシンに比べるとステリグマトシスチンやオクラトキシンAなどの毒性や発癌性は100分の1以下とされているが、これらのカビ毒も長期に摂取されると人畜の疾病の原因になる。
 
 乾燥食品等の水分含量が12〜13%以下で発生する糸状菌群には毒性の強いカビ毒を産生するものはほとんどないが、14〜17%の水分含量ではステリグマトシスチンやオクラトキシンA、シトリニンなどのカビ毒を産生する糸状菌が発生してくる。アフラトキシンを産生するA. flavus群は水分含量が20%以上でないと発生せず、わが国にはほとんど分布していない。A. flavus群は東南アジア等の熱帯または亜熱帯地域に多く分布しており収穫後の乾燥が不十分の場合、または害虫発生により香辛料または穀類が食害を受けるとA. flavus群などの糸状菌が発生してアフラトキシンを産出し、人畜に被害を及ぼしてきている。
 
 
2.アフラトキシン等の放射線による分解効果
 
 熱帯地方または亜熱帯地方で生産されるピーナツやトウモロコシなどの乾燥製品にはアフラトキシンで汚染されたものがしばしば検出される。アフラトキシンを放射線で分解しようとする試みは多くの国で行われているが、Killebrew等(1968年)はアフラトキシンは放射線に非常に耐性であると報告している。Aibara & Miyaki(1969年)はアフラトキシンは300kGyの高線量でも10%しか分解されないと報告している。Kume等は白米にA. parasiticus IFO 30179株を接種してアフラトキシンを産生させた後、60Coガンマ線を500kGyまで照射して、高速液体クロマトグラフ分析装置により残存量を分析した。その結果、図1に示すようにアフラトキシンB2とG2は著しく放射線に耐性であり500kGyでも30%程度しか分解しなかった。一方、アフラトキシンB1,G1は比較的放射線で分解されやすく500kGyで90%以上が分解された。


図1 Destruction of aflatoxins in polished rice by irradiation. Aflatoxins were produced in polished rice by A. parasiticus IFO 30179 and irradiated in air at room temperature. Symbols: (△) G1; (○) B1; (▲) G2; (●) B2 (原論文1より引用)。

 本実験では白米の水分含量が比較的高かったが、通常の乾燥食品ではアフラトキシンの放射線耐性はさらに増加すると思われる。アフラトキシンと化学構造が似ているステリグマトシスチンの単体を乾燥状態でガンマ線照射した場合にも著しい放射線耐性が認められ、500kGyで約10%が分解されずに残った。これらの結果は空気共存下で得られたものであり、空気の少ない食品中では放射線耐性はさらに増加するものと思われる。また、オクラトキシンやシトリニン等のカビ毒も放射線耐性が強いことが予想される。
 
 一方、Van Dyck等(1982年)はアフラトキシンB1を水に懸濁して137Csガンマ線を照射し、エームス試験によるバイオアッセイ法により分析したところ表1に示すように2.5kGyでも分解が認められるが、完全に分解させるためには10kGy以上必要であると報告している。

表1 S. typhimurium TA98 を用いたAmes変異原性試験によるアフラトキシンB1の水溶液中でのガンマ線感受性(原論文2の表を参考に作成したもの)。
------------------------------------------------------------------------
照射前のアフラトキシンB1    各線量におけるシャーレ中の復帰コロニー数
の水溶液中の濃度         -----------------------------------------------
  (µg)                    0 kGy    2.5kGy    5kGy    10kGy    20kGy
------------------------------------------------------------------------
        0.15               1,332    1,057     647     215      <1
        0.3                1,437    1,169     753     260      <1
        0.6                1,402    1,367     833     222        4
------------------------------------------------------------------------
* コロニー数は自然復帰数23を差し引いたものである。

 Mutluer & Erkoc(1987年)も水溶液中でアフラトキシンをガンマ線照射して高速液体クロマトグラフで分析し、アフラトキシンB1が他のアフラトキシン類より分解されやすいが、完全に分解するためには10kGy以上の線量が必要であると報告している。
 
 このように、アフラトキシン等のカビ毒は水溶液中では10kGy程度で分解されるが、食品中または乾燥下では著しく放射線に耐性であり500kGyでも完全な分解は困難である。従って、アフラトキシン等カビ毒の被害を防止するには収穫直後に十分に乾燥した状態で0.5kGy程度の殺虫線量で害虫食害による水分含量増加及び糸状菌発生を防止するか、または5kGy程度の糸状菌の殺菌線量照射して貯蔵流通中の糸状菌発生を防止することが有効であり、糸状菌による腐敗も防止できるであろう。

コメント    :
 1983年に制定されたコーデックスの照射食品に関する国際一般規格では放射線処理に供される食品類は生産時の品質管理が適切で衛生的に問題がないものに限ると規定している。このことは、アフラトキシン等のカビ毒で汚染されていたり食中毒菌が増殖した状態での食品類の照射は認められないことを意味している。しかも、食品に汚染されているアフラトキシンを放射線で分解除去するためには乾燥下で500kGy以上、水添加下でも100kGy以上の高線量が必要であり、当然のことながらビタミン類は分解されてしまい、脂質も酸化分解し、食味も著しく低下して、食用に耐えなくなることが明らかである。

原論文1 Data source 1:
Radiosensitivity of toxigenic Aspergillus isolated from spices and destruction of aflatoxins by gamma-irradiation.
Tamikazu Kume, Hitoshi Ito, Harsono Soedarman and Isao Ishigaki
Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki, Gunma 370-12, Japan.
Radiat. Phys. Chem., vol. 34, No.6, pp. 973 - 978, 1989.

原論文2 Data source 2:
Sensitivity of aflatoxin B1 to ionizing radiation
Paul J. Van Dyck, P. Tobback, M. Feys and H. Van De Voorde
School of Public Health and Laboratory of Food Preservation, Katholieke Universiteit Leuven, B3000, Louvain, Belgium
Applied and Environmental Microbiology, vol.43, No.6, p.1317 - 1319, June 1982.

原論文3 Data source 3:
Influence of irradiation of food on aflatoxin production
G. E. Mitchell
Queensland Food Research Laboratories, Queensland Department of Primary Industries, 19 Hercules Street, Hamilton, Qld. 4007.
Food Technology in Australia, vol. 40(8), 324 - 326, 1988.

参考資料1 Reference 1:
Aflatoxin and its radiosensitivity in radiation sensitivity of toxins and animal poisons
K. Aibara and K. Miyaki

Proceedings Panel; Bangkok, IAEA Vienna; STI/PBU/243, p.41 - 62, 1969.

参考資料2 Reference 2:
Radiosensitivity of Aspergillus versicolor isolated from animal feeds and destruction of sterigmatocystin by gamma-irradiation
Tamikazu Kume, Hitoshi Ito, Hiroshi Iizuka and Masaaki Takehisa
Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki, Gunma 370-12, Japan.
Agric. Biol. Chem., vol.47(5), p.1065 - 1069 (1983)

参考資料3 Reference 3:
Effect of storage studies of microorganisms on gamma-irradiated rice
H. Ito, S. Shibabe and H. Iizuka
Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki, Gunma 370-12, Japan.
Cereal Chemistry, vol.48(2), p.140 - 149(1971)

キーワード:カビ毒、アフラトキシン、ステリグマトシスチン、食品照射、乾燥食品、発癌性、放射線分解、食中毒
mycotoxin, aflatoxin, sterigmatocystin, food irradiation, dried food, carcinogenicity, radiation degradation, food poisoning
分類コード:020405,020403,020407

放射線利用技術データベースのメインページへ