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作成: 2001/01/05 長谷川 博

データ番号   :020213
ガンマ線で誘発されたシロイヌナズナのジベレリンシグナル突然変異体
目的      :ガンマ線照射による植物分子生物学研究材料の育成
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源
線量(率)   :40krad, 60krad (400, 600Gy)
利用施設名   :Risoe Industrial Irradiation(デンマーク)
照射条件    :空気中
応用分野    :植物分子生物学研究、植物生理学研究

概要      :
 ジベレリン(GA)は種子発芽、栄養生長、花および果実の発達などに重要な役割をはたしているが、そのシグナル伝達の機構を調べるための実験材料である突然変異体をガンマ線照射と分子生物学手法を用いた選抜方法によりシロイヌナズナで育成することができた。選抜方法はGAに応答性のあるプロモーターにレポーター遺伝子としてルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだ実験材料をまず育成し、その種子にガンマ線照射を行って、後代の植物体からルシフェラーゼ活性が強い、あるいは弱い突然変異体を選抜することである。

詳細説明    :
 
 植物ホルモンのひとつジベレリン(GA)は種子発芽、栄養生長、花および果実の発達などに関与しており、GAの作用機作の解明は農業上重要な知見をもたらすことが期待される。GAの作用はいくつかの伝達物質を介して形質として表現されていると考えられ、この過程にはGAに応答するいくつかの遺伝子が関係しているはずである。これらの経路に関与する突然変異体を獲得し、その特性を知ることが重要である。
 
 突然変異の誘発処理前にシロイヌナズナの系統Col-1についてGA応答性のGASA1プロモーターを単離した。ついでGASA1プロモーター領域を含む断片(300bp〜900bp)を制限酵素BamHI/Bg1IIで消化し、ホタルのルシフェラーゼ(LUC)をコードする領域を含む植物の形質転換用ベクターVIP11中のBamHI部位に挿入させた。これとは別に同プロモーターにβグルクロニダーゼ遺伝子(GUS)をレポーター遺伝子として組み込んだ融合遺伝子も準備した。以上のように作成したシロイヌナズナの系統のうち3GLGトランス遺伝子をホモにもつ植物体の種子に40および60kradのガンマ線を照射した。それぞれ500個体のM1植物を育て、M2種子は60krad区では10の、40krad区では18のプールにして収穫した。なお、植物体はMS培地を含む寒天培地で栽培した。
 
 各プールのM2種子をMS培地のプレート上に播種して21℃連続照明下で2日間おいて発芽させた。発芽後に培地に100μMのGA3を5ml添加して幼植物を21℃でさらに48時間栽培した。このようにしてスクリーニングを行う幼植物を準備して、プレートにルシフェリン5mMとトリトンTX-100を含む溶液を噴霧した。噴霧後5分経過してから野生型よりも高い発光能力を示す個体、あるいは発光能力が低い個体を画像解析法を用いて選抜した(M2植物にはGAに応答性のプロモーターにLUC遺伝子が組み込まれているので、GAシグナルに関与する遺伝子が強くあるいは弱く発現した突然変異体を選抜することが可能である;作成者注)。選抜した個体から自殖種子を採種して次代で突然変異形質が現れることを確認した。図1はトランスジニック植物におけるLUC遺伝子の作用によるルシフェリンの発光とGUS遺伝子の発現を示したものである。


図1  Bioimaging and histochemical localization of GASA1 LUC and GUS fusions. LUC and GUS activities in transgenic plants expressing 3GLG or 9GLG were analyzed in (a,b) 1-week-old seedlings; (c,d) 3-week-old plants; and (e,f) mature, flowering plants. Gus activities in (g) leaves; (h) stomata; and (i) trichome basal cells of 12-day-old plants; and in (j) flowers and (k,l) roots of 1-week-old plants. The GUS expression patterns of 3GLG and 9GLG transgenic plants were similar except that the root tip (l) stained only in transgenic 3GLG plants.(原論文1より引用。 Reproduced from The Plant Journal Fig.1(p.428) ,Dora Raventos, Carsten Meier, Ole Mattsson, Anders B.Jensen and John Murdy, Fusion genetic analysis of gibberellin signaling mutants, with permission from Blackwell Science and authors.)

 得られた突然変異体は計16個体で、14個体が野生型よりも発光能力が高い突然変異体(goe; GASA over-expressed)で2個体が発光能力が低い突然変異体(gue;GASA under-expressed)であった。得られた突然変異遺伝子が発現していることはGUS遺伝子をレポーター遺伝子として組み込んだ実験からも確かめることができた。goeとgue突然変異体間で発光力に差異が認めれた。突然変異体の遺伝分析を行った結果、goeについて3遺伝子、gueについては2遺伝子が確認でき、このうちgoe遺伝子については2遺伝子(goe1とgoe3)は劣性で1遺伝子(goe2)が半優性遺伝子であることがわかった。このなかでgoe2遺伝子は第3染色体に座乗し、遺伝子マーカーnga172、nga162およびAthGAPAbと連鎖していることが確かめられた。
 
 goe突然変異体のLUC発光能力以外の変異を調査したところ、葉色(濃または淡)、葉や花の大きさが変化しているとともに開花期が早くなる、稔性が低下するなどの変化が生じていることが認められた。現在までgoe突然変異体ではGA関連遺伝子のmRNAへの転写量も増加していることがわかっているが、今後は突然変異体のGA関連遺伝子の調査をさらに詳細に行い、GAシグナル伝達を分子レベルで解析することが必要である。

コメント    :
 シロイヌナズナ Arabidopsis thaliana は植物科学研究、ことに植物分子生物学研究の実験材料として広く利用され、非常に多くの突然変異体が選抜されている。これらの突然変異体の誘発にはEMS(エチルメタンスルフォネート)が利用されているため、「シロイヌナズナにはEMS」という誤解も生じているようである。本データはシロイヌナズナにもガンマ線が有効な突然変異原であることを示し、分子生物学研究にガンマ線により誘発された突然変異が有効なことを示している。本データはこれまでシグナル伝達に関する突然変異体の選抜のため分子生物学手法を用いたスクリーニング技術を考案している点からも非常に興味深いものである。
 分子生物学手法の詳細については本データベースの範囲を超えるものなので、原論文ならびに最近の実験書や教科書を参考にしていただきたい。

原論文1 Data source 1:
Fusion genetic analysis of gibberellin signaling mutants
Dora Raventos, Carsten Meier, Ole Mattsson, Anders B.Jensen and John Murdy
Institute of Molecular Biology, Oester Farimagsgade, 2A, 1353 Copenhagen K, Denmark
The Plant Journal

キーワード:ガンマ線、突然変異体、シロイヌナズナ、ジベレリン、シグナル伝達、ルシフェラーゼ、βグルクロニダーゼ遺伝子、GUSアッセイ、レポーター遺伝子、遺伝子組換え植物
gamma-ray, mutants, Arabidopsis thaliana, gibberellin, signal transduction, luciferase, β-glucuronidase gene, GUS assay, reporter gene, transgenic plants
分類コード:020501

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