世界保健機関による10kGy以上の高線量照射食品の健全性に関する公式見解

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作成： 2000/9/6 伊藤　均データ番号　　　：020211 世界保健機関による10kGy以上の高線量照射食品の健全性に関する公式見解目的　　　　　　：10kGy以上の高線量照射食品の健全性評価放射線の種別　　：ガンマ線,電子放射線源　　　　：⁶⁰Co線源(3.7 x 10TBq～ 3.7 x 100PBq)、電子加速器(7～10MeV, 10kW～ 200kW) 線量（率）　　　：10 - 75kGy 利用施設名　　　：世界各国の研究用⁶⁰Co照射施設、電子加速器施設照射条件　　　　：ドライアイス温度、脱気包装条件、室温応用分野　　　　：食品照射、食品の衛生処理、食品流通、飼料の殺菌、医薬品の殺菌概要　　　　　　：　ボツリヌス菌等の汚染微生物を殺菌するのに必要な10kGy以上の高線量照射でも栄養価の低減は許容できる範囲であり、毒性学的評価でも安全性が証明されている。放射線による食品の分解生成物は加熱調理と類似しており放射線に特有の生成物も変異原性は認められていない。照射による残存微生物も有害性は認められていない。詳細説明　　　　：　　照射食品の健全性とは人間が長期にわたり摂取する場合の安全性と栄養適性、微生物学的安全性を意味している。世界保健機関は1980年に10kGy以下の照射食品の安全宣言を行った。1980年以降も食品の放射線分解生成物の分析や高線量照射食品の動物試験が実施され、照射食品の健全性を証明する多くの研究成果が得られた。ことに、放射線分解生成物の研究成果は高線量照射食品の健全性評価に大きな影響を及ぼした。放射線による食品成分の化学変化に関する研究により、食品成分の放射線による化学変化の機構が解明され、自然界で起こる酸化反応や熱分解反応と類似していることが明らかにされた。　　また、水分を含んだ食品の場合、凍結・脱酸素状態の食品の放射線照射による化学変化は室温下で照射した食品に比べ約80%少ないことが明らかにされている。例えば、食品をマイナス30℃で50kGy照射した場合の化学変化は室温下または冷蔵温度下で10kGy照射した場合に相当する。さらに、照射食品中に生成される放射線分解生成物は通常の食品や加熱調理された食品中にも含まれている。また、微量に生成される放射線特有の分解生成物についても遺伝毒性学的に問題のないことが明らかにされている。　　食品中のタンパク質、脂質、炭水化物の栄養価及び消化性は高線量照射によってもほとんど影響を受けない。一方、ビタミン類の一部は放射線で分解されやすい。乾燥食品以外の食品では高線量照射により食品中の一部のビタミン類が分解されるが、脱酸素・凍結下で照射することによりビタミン類ばかりでなく、照射による食味劣化及び他の栄養価変化も著しく低減させることができる（表１）。表1　　凍結照射（-25℃・ガンマ線59kGy）と加熱滅菌した鶏肉のビタミン含量の比較（原論文１の内容を参考にして作成）（原論文1より引用） -------------------------------------------------------- ビタミン未処理加熱滅菌 59kGy照射 -------------------------------------------------------- ビタミンB1(mg/kg) 2.31 1.53 1.57 ビタミンB2(mg/kg) 4.32 4.60 4.46 ビタミンB6(mg/kg) 7.26 7.62 5.32 ニコチン酸(mg/kg) 212.9 213.9 197.9 パントテン酸(mg/kg) 24.0 21.8 23.5 ビオチン(mg/kg) 0.093 0.097 0.098 葉酸(mg/kg) 0.83 1.22 1.26 ビタミンA(IU/kg) 2716 2340 2270 ビタミンD(IU/kg) 375.1 342.8 354.0 ビタミンK(mg/㎏) 1.29 1.01 0.81 ビタミンB12(mg/kg) 0.008 0.016 0.014 -------------------------------------------------------- 　芽胞形成能のない病原性細菌は10kGy以上の照射では生残しない。一方、ボツリヌス菌を完全に殺菌するのに必要な30kGy以上の高線量ではデイノコッカス属の細菌や黒酵母菌などの放射線抵抗性菌及びウイルスが食品中に生残する可能性があるが、これらの菌は熱に弱く適切に前処理された後の高線量照射食品では加熱調理などの工程で生残が困難であり、たとえ生残したとしても脱酸素包装等のため増殖が困難である。照射食品の安全性を評価する動物などを使用した多くの試験は1960年から1970年代にかけて実施された（表２）。　　催奇形性や優性致死などの遺伝毒性、変異原性、発癌性など多くの試験結果は全て照射食品の安全性に問題がないことを示しており、一部のインド等で得られた安全性に問題があるとする結果についても再試験及びデータの再評価により問題がないことが明らかにされている。ことに、米国で行われた59kGy照射された鶏肉の膨大な量の毒性試験の結果は高線量照射食品の安全性に問題がないことを示している。本試験では134トンの鶏肉を用い、マウスやラット、イヌによる発癌性試験、優性致死試験、慢性毒性試験、多世代の繁殖試験が実施された。また、ショウジョウバエなどを用いた変異原性試験なども行われた。これらの大規模な試験で安全性が証明されたことは高線量照射食品の健全性評価に大きな影響を及ぼした。表2　マウスを用いた慢性毒性試験。（原論文2より引用） ---------------------------------------------------------------------------------------- 期間線量食品影響　　　評価　　　文献 (日) (kGy) ---------------------------------------------------------------------------------------- 飼料 730 60 成長と受精能 B Biaginiら(1967年) 力の低下小麦粉 800 50 腫瘍、生存力 B Bugyaki(1973年) の低下魚 560 1.75 なし A Chaubeyら(1978年) 鶏肉 730 59 なし B Raltech Scientific Services 　 (1983年) ベーコン 750 55.8 なし B Dixonら(1961年) 魚(タラ、スズキ) 560 1.75 なし B Huntingdon Research Centre (1979年) ジャガイモ 730 0.6 なし B Ikeda(1971年) ベーコン脂 500 55.8 なし B McKeeら(1959年) 豚肉、鶏肉の混合物 800 55.8 心耳拡張 B Monsen(1960年) 鶏肉 560 7 なし B Proctor(1974年) 鶏肉 580 7 なし B Proctor(1971年) マグロ、牛肉の混合 730 55.8 なし B Radomskiら(1965年a) 物牛肉、豚肉、魚の混 365 27.9 なし B Teply&Kline(1959年) 合物豚肉、脳、牛肉の混 365 93 なし B Teply&Kline(1959年) 合物油(コーン油、綿実 365 55.8 なし B Teply&Kline(1959年）油) 豚肉、鶏肉の混合物 600 55.8 なし A Thompsonら(1963年) 澱粉 742 6 なし B Truhaut&Saint‐Lebe(1978年) 小麦粉 999 2 なし B Ⅴakil(1975年a) ---------------------------------------------------------------------------------------- なお、世界保健機関の報告では高線量照射食品に適した包装材及び照射線源についても検討している。コメント　　　　： 10kGy以上の高線量照射食品の安全性及び栄養適性に問題がないことは実験動物用飼料の滅菌が25～50kGyの放射線で長期にわたり実用化されてきていたことから当然予想されていた。また、放射線化学的な分解生成物のデータ、米国での高線量照射された鶏肉や牛肉の毒性試験のデータの内容からも世界保健機関の安全宣言は遅かったくらいである。食品照射の応用分野は主に肉類や魚介類の病原性細菌の殺菌や殺虫を目的とした検疫処理、香辛料などの乾燥食品の殺菌であり、10kGy以上の高線量照射は宇宙食、病人食、ハイキング食、軍用食などに限られていると思われる。しかし、高線量照射食品についても安全性宣言が出されたことにより消費者による照射食品に対する理解が得られやすくなったと思われる。また、高線量照射食品に対する安全宣言は、今後、食品と成分が類似している医薬品、家畜飼料、化粧品等の殺滅菌の分野にも応用でき、放射線利用分野の拡大に及ぼす効果ははかりしれないものがある。原論文１ Data source 1： High-dose irradiation:wholesameness of food irradiated with doses above 10kGy Report of a joint FAO/IAEA/WHO study group World Health Organization WHO Technical Report Series 890 原論文２ Data source 2：照射食品の安全性と栄養適性世界保健機関世界保健機関コープ出版参考資料１ Reference 1：食品照射の最近の話題-ICGFI総会に出席して- 伊藤　均日本原子力研究所・高崎研究所放射線と産業、70号、27-31(1996). キーワード：健全性、高線量照射、放射線分解生成物、栄養価、微生物学的安全性、毒性試験、変異原性試験、催奇形性試験 wholesomeness, high-dose irradiation, radiolysis products, nutritional value, microbiological safety, toxicity study, mutagenic study, teratology study 分類コード：010403, 010404, 020405
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