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作成: 2003/02/28 鹿園 直哉

データ番号   :020205
カーボンイオン誘発突然変異のDNA解析
目的      :植物におけるイオンビーム誘発突然変異の特徴解明
放射線の種別  :電子,重イオン
放射線源    :電子加速器(2MeV,30mA)、AVFサイクロトロン
フルエンス(率):カーボンイオン108/cm2, 電子線 1011/cm2
線量(率)   :カーボンイオン 150Gy, 電子線 750Gy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所1号加速器、日本原子力研究所高崎研究所AVFサイクロトロン
照射条件    :大気中
応用分野    :植物育種

概要      :
イオンビーム照射は局所的に大きなエネルギーを付与することから、誘発される突然変異は他の突然変異原によるものとは質的に異なる可能性がある。しかしながら、植物のイオンビーム誘発突然変異がどのような特徴をもつのかはわかっていない。ここでは、遺伝学的解析や分子生物学的解析に適するモデル植物であるシロイヌナズナを用い、カーボンイオンで誘発される突然変異の誘発率及び生じた変異をDNAレベルで解析した結果を紹介する。

詳細説明    :
イオンビーム照射は局所的に大きなエネルギーを付与することから、誘発される突然変異は現在まで主に使われてきた化学変異原やX線、ガンマ線といった低LET放射線と質的に異なる突然変異が得られる可能性がある。実際我々はこれまで、紫外線耐性のシロイヌナズナや新しい花色のキク等有用な植物を作り出すことができている。しかしながら、植物のイオンビーム誘発突然変異がどのような特徴をもっているのかはわかっていない。これが明らかになることでイオンビームの突然変異原としての特異性・有用性が明確になると考えられる。ここでは実験材料として遺伝学的解析やDNAレベルでの解析に適するモデル植物であるシロイヌナズナを用い、カーボンイオンで誘発される突然変異の誘発率及び生じた変異をDNAレベルで解析した結果を述べる。
1. 誘発突然変異率
カーボンイオン(220MeV)は低LET放射線である電子線(2MeV)に比べ致死効果が5倍高い。また突然変異誘発においては、生存率を著しく下げない線量を照射する必要があるため、カーボンイオンは150Gy、電子線750Gyを照射した。

表1 カーボンイオン及び電子線による誘発突然変異率 (原論文1より引用)

  変異原 変異形質  突然変異率/Gy
(×10-6
電子線
tt 0.07
(750 Gy,LET gl 0.21
0.2keV/µm) hy 0.12
カーボンイオン tt 2.3 (34倍)
(150 Gy,LET gl 1.7 ( 8倍)
113 keV/µm) hy 2.0 (17倍)
 
カーボンイオンと電子線をシロイヌナズナの種子に照射して、その次世代においてtt(種皮の色素欠損)、gl(葉の毛の欠損)、hy(胚軸の伸長異常)の突然変異体を選抜した。tt, gl, hyそれぞれについて単位線量当たりの突然変異率はカーボンイオンでは2.3X10-6、1.7X10-6、2.0X10-6であり、電子線では0.07X10-6、0.21X10-6、0.12X10-6であった。すなわち、tt, gl, hyそれぞれについてカーボンイオンは電子線に比べて単位線量当たりの突然変異率が約34倍、8倍、17倍高いことがわかった。
 
2. 新規突然変異の誘発
  カーボンイオンによって今までにないtt突然変異体が2系統誘発され、それぞれtt18とtt19と命名した。


図1 カーボンイオンによって誘発された新規突然変異体、tt18及びtt19の種子

 
tt18及びtt19の種子を示す。2つの変異体の種子の色は野生型に比べ薄い茶色であり、アントシアニン合成系に関与する遺伝子に変異が生じていることがわかる(図1)。遺伝解析の結果、tt18はロイコアントシアニジンジオキシゲナーゼ遺伝子にtt19はグルタチオン-S-トランスフェラーゼ様遺伝子にそれぞれ変異をもつことが明らかになった。
 
3. 突然変異の分類
  カーボンイオン誘発突然変異をPCR法により遺伝子内変異と大きな構造変化に分類し、その塩基配列レベルの解析を行った。

表2 カーボンイオン誘発突然変異の分類(原論文1,2より引用)


突然変異の種類 突然変異数

塩基置換 2
点突然変異 フレームシフト 6
3塩基以上の欠失 6
100塩基以上の欠失 5
大きな構造変化 逆位 4
転座 4
 
カーボンイオンによって得られた突然変異をPCR解析した結果、点突然変異と大きな構造変化がほぼ1:1に誘発されることがわかった(表2)。すなわち、点突然変異が主である低LET放射線に比べ、カーボンイオンは大きな構造変化が誘発されやすいことを見出した。
さらに点突然変異の塩基配列を調べた結果、そのほとんどがフレームシフトや短い欠失をもっていた。これは遺伝子産物機能が完全に消失するヌル突然変異を引き起こすことを意味しており、塩基置換が多くミスセンス変異を引き起こしやすい他の変異原とは異なる特徴である。また、大きな構造変化においては、欠失、逆位、転座、挿入といった複雑な構造変化を生じていることが明らかになった。また構造変化を起こした切断点は、多くの場合短い欠失を伴い数塩基対の短い相同性を利用して再結合されていた。このことは構造変化は非相同組換えというDNA二本鎖切断修復経路を介して生じていることを示している。

コメント    :
これらの誘発突然変異の特徴はイオンビームは突然変異原として特異性が高く利用価値が高いことを示唆しており、今後の植物の遺伝学的研究や作物育種への応用の基礎を築いた意義は大きいと考えられる。

原論文1 Data source 1:
Rearrangements of the DNA in carbon ion-induced mutants of Arabidopsis thaliana
Shikazono N, Tanaka A, Watanabe H, Tano S.
Department of Ion Beam Applied Biology, Japan Atomic Energy Research Institute
Genetics, 2001, 157:379-87

原論文2 Data source 2:
Molecular analysis of carbon ion-induced mutations in Arabidopsis thaliana
Shikazono N, Yokota Y, Tanaka A, Watanabe H, Tano S.
Department of Ion Beam Applied Biology, Japan Atomic Energy Research Institute
Genes Genet Syst., 1997, 72:141-148.

原論文3 Data source 3:


参考資料1 Reference 1:


参考資料2 Reference 2:


キーワード:カーボンイオン, 電子線, 線エネルギー付与,シロイヌナズナ, 誘発突然変異, 点突然変異, 大きな構造変化, 塩基置換, フレームシフト, 欠失, 逆位, 転座, 挿入, 非相同組換え
carbon ion, electron, LET,Arabidopsis thaliana,induced mutation, point mutation,rearrangement, base substitution, frameshift, deletion, inversion, translocation, insertion, non-homologous end joining
分類コード:020105,020301,020501

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