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作成: 1999/11/03 天野 悦夫

データ番号   :020203
底魚類養殖でのアクチバブル・トレーサーの応用
目的      :養殖過程及び自然環境における稚魚の消耗の追跡
放射線の種別  :中性子
放射線源    :実験用原子炉(JRR-4号炉)
フルエンス(率):8x1013 n/cm2sec、20分間
利用施設名   :日本原子力研究所(東海研究所)実験用原子炉 JRR-4号炉
照射条件    :乾燥組織をポリエチレン袋に封入して照射
応用分野    :養殖過程及び自然環境における稚魚の消耗の追跡、自然回遊魚類の調査

概要      :
 国際的な漁業水域の規制等によって漁業環境が厳しくなってきており、漁業資源の調査方法の開発と確立が望まれる中で、飼育飼料に混入された標識用安定元素(イリジウム)の放射化分析法について検討した。使用したヒラメの幼魚では各組織別の検討の結果、鱗での保持率がもっとも永く(370日)、アクチバブルトレーサーとして非常に有効であることが報告されている。

詳細説明    :
 最近、急速に魚類の増殖技術が進歩し、大量の種苗が水産試験場、栽培漁業センタ-等から各地の沿海に放流されるようになった。これらの放流種苗がどのように回遊・生長し、生き残って漁業対象となるかを追跡する事が、放流事業の効果を知るために必要である。この目的のためには従来から、迷子札型の標識や鰭切り法が用いられているが、本研究ではより小型の稚魚に、より大量に標識付けできるアクチバブルトレーサー法について検討している。この方法は既にサケ・マス類やマダイ等で成果を上げているが、本報告は最近の養殖漁業の重要対象魚であるヒラメ等の底魚類への応用を検討している。
 粉末飼料に四塩化イリジウム(IrCl4)を混合し、この混合飼料を魚肉に混ぜて、ミンチ状にして魚に投与した。Irの粉末飼料に対する濃度は2,000ppmに設定した。このIr混合飼料をヒラメ稚魚に15日間投与し、その後普通飼料に切り替えて、飼育を継続した。この飼育魚から一定期間ごとに10尾を採捕し、組織ごとに分画して、乾燥・秤量の後、ポリエチレン袋に封入して、日本原子力研究所の実験用原子炉JRR-4号炉において熱中性子(中性子束8x1013 n/cm2sec)を20分間照射した。約70日間冷却の後、Ge(Li)半導体検出器及びγ線波高分析器により放射化されたIrの含有量を調べた。1飼料の測定に要した時間は100秒であった。測定と同定は192Irによる四つの光電ピークについて行い、試料中の192Irの定量は316keVについて行った。
 Irを混合した飼料投与の後の稚魚の成育は順調で、平均体重4gのものが、60日後に56g、370日後に365gに達した。この間、混合飼料の投与による顕著な死亡や生理障害は見られなかった。生育経過を図1に示す。


図1 Ir投与ヒラメ幼魚の体長及び体重の時間的変化 (黒丸は平均値,Iは標準偏差)(原論文1より引用)

 各組織別のIr量を放射化分析によって追跡した結果を図2に示す。投与後60日まではすべての個体の各器官に検出され、180日から270日頃には鱗、肝臓、背鰭等、脊椎骨には残っていた。しかし370日後ではすべての個体の鱗にのみ検出された。


図2 ヒラメ幼魚の器官中のIr濃度の時間的変化 (値は10尾の平均値)(原論文1より引用)

 用いたIrは既にマダイにおいて投与終了後、1400日以上にわたり蓄積していることが認められており、ヒラメにおいてもアクチバブル・トレーサーとして使用できることが判った。魚類の死亡・減耗率は稚魚時代に非常に高い。この時期に殆ど障害無く多数の標識魚体を作出できることはこの時期の減耗状況を的確に知るために大きな役割を果たすことが期待される。

コメント    :
 養殖漁業のなかでも、特に孵化放流事業では放流幼魚の標識付けは重要な作業である。従来の1尾ずつの手作業に比較して、飼料への混入で十分なアクチバブル・トレーサー法は、魚体を痛めることなく多数の個体に標識を付与できることに特徴がある。データの採取に放射化分析というハイテク技術を使うとしても、鱗ならば試料の現地収集もそう困難ではないであろう。

原論文1 Data source 1:
底魚類に対するアクチバブル・トレーサーの応用技術の開発研究(2) 昭和59年度
加藤 守、*結田 康一、**吉田 範秋
遠洋水産研究所、*農業環境技術研究所、**長崎県水産試験場
国立機関原子力試験研究成果報告書 25巻97-1 - 97-4 (1985)

キーワード:魚類、ヒラメ、養殖、イリジウム、飼料投与、熱中性子、放射化分析、組織、鱗
fishes, fluke, fish raising, Iridium, feeding, thermal neutron, activation analysis, tissues, scale
分類コード:020303, 020301, 020502, 040404

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