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作成: 2000/11/30 天野 悦夫

データ番号   :020197
花粉照射による種なしスイカの生産
目的      :種子なし西瓜の開発
放射線の種別  :エックス線
放射線源    :市販軟X線照射器
線量(率)   :試験では3,000Gyまで。実用的には800Gyを示唆している。
利用施設名   :市販軟X線照射器
照射条件    :雄花照射
応用分野    :種なしスイカの生産、花粉(雄性)不稔の誘導

概要      :
 葡萄の種なしは遺伝的な無種子性のほか、現在では植物ホルモン処理でも行われている。温州みかんを始め、接ぎ木や挿し木で繁殖できるものでは遺伝的無種子性が望ましいが、スイカのような種子繁殖性のものでは「種なしスイカの種子が売られている」と言う一見ジョークのようなことが有る。古典的な方法では3倍性の種子を蒔くと無種子に近い果実が採れるのである。この場合は卵細胞の不稔によるのであろうが、本報告では花粉の不稔化を試みて成功している。

詳細説明    :
 
 スイカの種を無くする試みは3倍性の種子の生産によって実用化されたものの、親となる4倍体の維持の難しさや、やや晩生になって市場の要求に応えにくいこと、さらに「種なし」という語感からくる1粒の種子もシイナ(不稔種子)も駄目という消費者側の潔癖さに合わせることが困難で残念ながら日本では衰退した。3倍体の種なしは、組織培養法での維持、繁殖、苗の大量生産が引き続き試みられてはいるが、消費者の意識のような根本的な問題は解決されていない。
 
 一方で葡萄で成功した植物生育調節剤による方法では処理の方法によっては果実が奇形になりやすく、知的所有権の問題もあって種なしスイカの生産には利用されていない。系統の維持が容易で、理論的には非常におもしろい染色体相互転座法も、転座系統の育成に時間がかかることと、少量ながら正常種子が残ることなどから実用化に至っていない。
 
 3倍体利用の考え方では、卵細胞(胚珠)のできる減数分裂が乱されることで、雌性不稔を起こさせ、正常種子ができるのを防いでいることになるが、逆に花粉を照射して不稔化し、正常な種子が作れないようにする試みも考えられる。照射された細胞の核を不活性化させることは、細胞融合実験で、一方の核を前もって照射しておく不等細胞融合法(unequal cell fusion)として使われ、また、害虫根絶のための不妊虫放飼法(SIT)の基本ともなっている。ただ実際の生産圃場での実施にあたってはいろいろな制約が出てくる。
 
 放射線の照射装置については本報告など一連の成果では、市販されている箱形のX-線照射装置の導入で成功している。この装置では透過力の弱い軟X線しか発生できないが、葯や雄花の照射には十分であり、その操作も安全であり、法的な規制もガンマ線施設より緩やかである。照射線量の試験の結果を表1に示すが、それに先立つ花粉の発芽試験では1950年代前後に行われたトマトでの実験のように、生理的な発芽を抑制する線量は2,000Gyを越え、受精・発育のような核遺伝子が関係する線量よりも遙かに高い。したがって、原論文1で示唆されている好適線量800Gyでは生理的な発芽は全く問題ないであろう。

表1 軟X線照射線量と種子数との関係 (原論文1より引用)
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 軟X線                    1果実当たり
照射線量
  (Gy)        正常種子数   シイナ数   着色シイナ   総種子数
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   0            473           52         -           515
 200             37          432        38           470
 400              5          137        21           158
 600              0          182         0           182
 800              0          183        16           199
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 800              0          139         2           141
1.600             0          160         0           160
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1998年3月播種.各5果調査.品種[富士光TR]
 もう一つの問題は花粉の寿命である。スイカでは人工授粉は普及しているとしても、栽培圃場から照射装置の有る場所まで、雄花あるいは葯を運び、また持ち帰って受粉させるまでの時間の検討は必要である。その実験結果を表2に示す。

表2 花粉貯蔵日数と着果率の関係 (原論文1より引用)
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花粉貯蔵日数    授粉雌花数    着果数    着果率(%)
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0日(無照射)         55          10        18.2
0日(照 射)          48           9        18.8
2日( 〃 )           30           7        23.3
4日( 〃 )           27           6        22.2
6日( 〃 )           20           4        20.0
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 これらによれば、基礎的な技術としては十分確立できたことになるが、実際には品種による違いの検討が必要である。この問題は実際に表3に示されている。品種によってはシイナ種子数、特にシイナであっても消費者には受け入れにくい着色シイナ数が多い「田端」などの品種が見られる。このような基本的な調査は多くの品種について必要であろうが、種なしスイカの生産についての画期的な方法として、この花粉照射法は十分期待できるものである。

表3 軟X線照射花粉を利用した種なしスイカおよび3倍体種なしスイカにおけるシイナ数の品種間差違 (原論文1より引用)
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 品種・系統         果実                    1果実当たり
                             正常種子数    シイナ数    着色シイナ数    総種子数
富 民              対照果       374            2           ‐            376
                  種なし果       0            50           -              50
田 端              対照果       585           40           ‐            625
                  種なし果       0           206          576            782
クリムソンスイート 対脇果       733           60           -             793
                  種なし果       0            34           1              35
三 笠              対脇果       385           56           1             441
                  種なし累       0           294          58             352
連 少              対照果       535           53           -             588
                  種なし果       0            69           6              75
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3倍体種なしスイカ
 なお本要素データでは参考資料にとどめたが、より一般的な解説を参考資料1に、種なしスイカに関連する小史の資料を参考資料2に示す。

コメント    :
 雌性不稔を狙った3倍性種なしスイカに対して、雄性不稔性による種なし化は非常におもしろく、また成功した例となっている。軟X線照射器の導入は、十分な組織経営力が有れば地方の農協レベルででも特産品化可能なものではないだろうか。

原論文1 Data source 1:
軟X線照射花粉を利用した種なしスイカの作出
杉山 慶太
農林水産省技術会議事務局
農業および園芸 第74巻第7号41-46 (1999)

参考資料1 Reference 1:
軟X線を照射した花粉で作る種なしスイカ
杉山 慶太
農林水産省技術会議事務局
農耕と園芸 105号 104-106

参考資料2 Reference 2:
種なしスイカのルーツ(4)
中島 武彦
農林水産省 野菜・茶業試験場
農業および園芸 第74巻 第6号 31-36

キーワード:種なし、シイナ、花粉照射、軟X線、花粉寿命、結果率、品種間差、
seedless, sterile seed, pollen irradiation, soft X-ray, pollen life, fruiting rate, varietal difference
分類コード:020101, 020501, 020201, 040105

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