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作成: 2000/11/30 天野 悦夫

データ番号   :020196
マイクロビーム照射による生物発生過程の研究
目的      :微小ビームに絞れるイオンビームを利用して生物の発生・組織分化を調べる。
放射線の種別  :軽イオン
放射線源    :AVFサイクロトロン(TIARA)(原論文1)
BNL 60インチサイクロトロン(原論文2)
フルエンス(率):炭素イオン18,3MeV/u 水中飛程約1.2mm(原論文1)
重水素イオン(原論文2)
線量(率)   :10〜1,000Gy
利用施設名   :日本原子力研究所 高崎研究所 TIARA
Brookhaven Nat'l Laboratory, N.Y., USA
照射条件    :大気中マイクロビーム
応用分野    :微小部分照射による生物発生過程の研究

概要      :
 マイクロビーム照射は1960年前後の放射線生物学研究が盛んであった頃にたびたび使われた手法であり、目新しいものではないが、周辺技術や供試材料の研究の進展、そして何よりも我が国で実現されつつある研究方法として、展開が期待される。

詳細説明    :
 
 この要素データでは最近の展開を中心に据えるために、カイコにおけるマイクロイオンビーム実験を主体に述べるが、この分野の研究は1960年代に、米国などでいろいろと進められていた。原論文2の報告はその好例で、細いスリットから射出された重水素イオンビームをトウモロコシの葉色ヘテロの種子胚に照射して、多数誘発される劣性の淡色斑の出方から、葉の原基のその後の発育状態を直接視覚で観察できる方法で解析している。実験に用いた葉色遺伝子がヘテロになっている雑種種子は当時いろいろな放射線の照射効果を調べるために使われていたが、マイクロビーム照射の場合は照射されなかった大部分の組織はその後正常に発育できるので、相当の高線量で照射する事で多量に誘発された体細胞突然変異による斑点の分布様相によって、休眠種子の照射時に直線状の横断断面にあたる部分のその後の分化過程がよくわかるのである。
 
 原論文1のカイコの実験では組織ごとの感受性試験でまず基礎データを表1のようにまとめた後、カイコの核発生時期の卵あるいは幼虫の微小部位に細く絞ったイオンビームを当てて、その後の障害の展開を調べることで、発生過程を研究しようとしているものである。実験の原理としては前期のトウモロコシのように遺伝学的な変化(体細胞突然変異)を中心に調べる場合と、組織のその後の異常の発生状況など、放射線障害を指標として進める場合があるだろうが、いずれも当初の目的に合うものであれば良いだろう。

表1 カイコの幼虫諸組織および器官におけるイオンビーム感受性の差違  (原論文1より引用)
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                      部分障害                          完全障害
   組織・器官   --------------------            -----------------------
               線量(Gy)  症状                線量(Gy)     症状
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生殖巣         10〜40    造卵数減少、             50<    造卵不能   受精不能 
                         受精率低下                 
粘液腺原基     20〜30    卵の粘着性低下           40<    卵の粘着性完全喪失
外部生殖原基   20〜30    形態異常(部分)         40<    形態異常
複眼-触角原基    30      部分形態異常             50<    複眼異常、触角欠失
翅原基         30〜70    萎縮または伸展不全       80<    完全欠失
真皮細胞     150〜175    鱗毛減少/異常           200<    鱗毛完全欠失
神経組織     500〜900    行動異常(吐糸・営繭) 1000<    営繭、蛹化完全抑制
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 原論文では重イオンと表記しているが、使われているのは炭素イオン(18.3MeV/u、水中飛程約1.2mm)である。この研究施設ではイオンビームの絞り込みについては現在10ミクロンまで到達している。本報告ではこのような細いビームを細胞分裂が進みつつある受精卵の各部分に当てて、その部位からどのような組織が発生するのかを調べている。この場合は放射線障害の結果としての異常組織の発生で観察している。

コメント    :
我が国の生物学者の手の届くところにこのような優れた施設ができているということは非常に好ましいことである。40年前の時代とは周辺環境がさらに進んでいるので、同一の実験であっても一層の進んだ知見が得られることであろうが、古い文献も十分に参照しながら進めて欲しいものである。

原論文1 Data source 1:
「生命と放射線」マイクロビームでミクロの外科手術 ー発生生物学への応用ー
木口 憲爾、小林 泰彦*
信州大学繊維学部、*:日本原子力研究所高崎研究所
放射線と産業 No.85 30-36 (2000)

原論文2 Data source 2:
The Deutron Microbeam As a Tool in Botanical Research.
H. H. Smith, H. J. Curtis, R. G. Woodley and O. L. Stein
Brookhaven Nat'l Laboratory and Montana State University
Radiation Biology Vol.1: pp.255-268 1962

キーワード:加速器、マイクロビーム、イオンビーム、発生学、組織分化、放射線障害、微小手術
accelerator, microbeam, ion beam, differntiation study, tissue differentiation, radiation damage, micro-surgery
分類コード:020501, 020502, 040504

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