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作成: 2000/01/11 長谷川 博

データ番号   :020182
遺伝子導入のための花粉照射の利用
目的      :花粉照射による遺伝子導入の可否の検討
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co
線量(率)   :50,75, 100krad (500、750、1000Gy)
利用施設名   :原論文に記載なし
照射条件    :空気中
応用分野    :植物育種、植物生殖学研究

概要      :
 照射花粉の交配により遺伝子組換えが生じるかどうかを検討した。緑色葉のNicotiana glutinosa(YgYg) の花粉に致死線量以上のガンマ線を照射した後、照射花粉を黄緑色葉のN.tabacum (ygyg)に交配した。得られた後代植物に花粉ドナー由来の染色体が見られたほか、形質転換体と思われる1個体が出現した

詳細説明    :
 
 花粉に致死線量のガンマ線を照射した後に交配しても、花粉の遺伝子が卵細胞に導入される現象(egg transformation;卵細胞形質転換)が報告されているが 、この報告には反論もある。そこで本実験では Nicotiana属植物のyg遺伝子をマーカーとして、照射花粉を用いた遺伝子の導入の可能性を検討したものである。

 実験に用いた材料は劣性遺伝子のyg遺伝子についてホモ系統(ygyg)で黄緑色の葉を示すNicotiana tabacum (2n=4x=48)とyg遺伝子に対する優性遺伝子のホモ系統(YgYg)のN. glutinosa (2n=2x=24)である。N. glutinosa の開花1日前の花を切り取って保存し、開花後花粉を採取してゼラチンカプセルへ入れて50、75および100kradのガンマ線を照射した。照射した花粉をN. tabacum に授精した。
 
 4年間にわたって、計728の交配を行ったが、交配後に形成される莢の多くは不稔で種子がなく、種子が得られたのは94交配(13%)のみであった。種子が得られたとしても萎縮した奇形が多く、結局161個体のF1植物しか育たなかった(表1)。

表1 Seed set and plant production resulting from crosses of N. tabacum (yg) with irradiated pollen of N. glutinosa.(原論文1より引用。 Reproduced from Plant Science 56; 155-160, 1988, Tab.1(p.156), S.M.Reed, E.A.Wernsman, J.A.Burns and M.G.Kramer, An evaluation of the use of irradiated pollen for gene transfer in Nicotiana; Copyright(1988), with permission from Elsevier Science)
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Year   krad  No.           No.seed   No.
             pollinations  capsules  plants
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1982    50     25             3         7
       100     31             3         2
1983    50     34             3        19
1984    50     48             5        18
        75     45             9        35
1985a   50     45            10        11
        75     44             9         3
       100     41             3         0
1985b   50    147            18        47
        75    127            15         9
       100    141            16        10
  
Total         728            94       161
 得られたF1植物の数は線量の増加とともに減少した。F1植物161個体のうち緑色の葉をもつものが43個体、黄緑色の葉をもつものが118個体であった。緑色葉個体の出現数も線量とともに減少し、100krad照射区では緑色葉個体は生じなかった。F1植物の染色体数についてみると、半数体が50%以上を占めたが、異数体も多く出現し、また自然倍数体もみられた。実験の反復ごとに染色体数の変異の現れ方が大きく変動した(表2)。1個体を除くすべての得られた植物体において、少なくとも1個のN. glutinosa に由来する染色体あるいは染色体断片が見られた。このように照射花粉由来の染色体が取り込まれていることは、その一部が母親のゲノムに組み換えられる可能性を示している。

表2 Chromosome constitution of plants produced from crosses of N. tabacum with irradiated pollen of N. glutinosa. (原論文1より引用。 Reproduced from Plant Science 56; 155-160, 1988, Tab.4(p.158), with permission from Elsevier Science.)
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Year   krad  %Haploids  Spontaneous   Aneuploid   Euploid
                        diploids (%)  hybrids(%)  hybrids(%)
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1982    50     86          0             14          0
1983    50    100          0              0          0
1984    50     17          0             72         11
1985a   50     91          0              9          0
1985b   50     23          2             72          2
  
1984    75     86          6              8          0
1985a   75     33         67              0          0
1985b   75     58         17             25          0
  
1982   100    100          0              0          0
1985b  100     60         40              0          0
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 50krad のガンマ線を照射したN.glutinosa の花粉をN. tabacum に交配して得られた個体のなかから、形質転換体と思われる緑色葉をもつ1個体が得られた。この個体の染色体数は2n=48であり、N.tabacumの卵細胞の染色体がある発育段階で倍数化したものと考えられた。自家受粉で得られた後代において緑色植物と黄緑色植物の分離比は3:1に一致した。この現象を説明するために、緑色葉のN.tabacum 花粉の混入、yg遺伝子座の突然変異および形質転換によるyg遺伝子の導入という3つのケースについて検討したが、実験規模が小さかったこともあり結論を得るまでに至らなかった。本実験結果はegg transformation の可能性を否定するものではないが、積極的に支持できるものでもない。
 
編者による注:形質転換体が生じたかどうかを検討するには現在では分子マーカーを用いることができる。本研究がなされた1982〜1985年ではその技術がまだ不十分であったことに注意する必要がある。

コメント    :
 花粉照射については、キメラの回避、不和合性の打破という観点からも注目されており、それらは本データベースにも収められている。egg transformationが正しいかどうかについての決着はついていないが、照射花粉を交配に用いるといろいろな現象が生じることは確実なようである。egg transformation をめぐる論争については参考文献1に示した。

原論文1 Data source 1:
An evaluation of the use of irradiated pollen for gene transfer in Nicotiana
S.M.Reed, E.A.Wernsman, J.A.Burns and M.G.Kramer
Department of Crop Science, North Carolina State University, Ralleigh, NC 27695-7620, USA
Plant Science 56; 155-160, 1988

参考資料1 Reference 1:
"Egg transformation" induced by irradiated pollen in Nicotiana: critical appraisal of Chyi and Sanford's observations
K.K.Pandey
Genetics Unit, Grasslands Division, D.S.I.R., Palmerston North, New Zealand
Theoretical and Applied Genetics 72; 739-742, 1986

キーワード:ガンマ線、遺伝子導入、卵細胞形質転換、花粉、花粉照射、タバコ、Nicotiana属、染色体、異数体
Gamma-ray, gene transfer, egg transformation, pollen, pollen irradiation, tobacco, Nicotiana, chromosome, aneuploid
分類コード:020101, 020501

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