作成: 1999/12/22 吉田 晋弥
データ番号 :020181
イネ葯培養系での放射線照射による突然変異の誘発
目的 :突然変異形質の早期固定による有用系統選抜の効率化
放射線の種別 :ガンマ線
放射線源 :60Co
線量(率) :50 - 100Gy
利用施設名 :大阪府立大学先端科学研究所 放射線・RI研究施設
照射条件 :室温、空気中
応用分野 :作物育種
概要 :
放射線照射により遺伝的変異を誘発した花粉からの再分化個体では、変異遺伝子が早期に固定され、突然変異系統を的確に選抜できると想定される。そこで、イネ品種‘山田錦'の短稈化を目指して、γ線照射した幼穂から摘出した葯の培養により再分化個体(R0)を養成し、その後代系統(R1-R3)より短稈変異系統の選抜を行った結果、早期に変異形質およびその他の特性が遺伝的に安定した系統が得られた。
詳細説明 :
1. 葯培養に用いる幼穂へのγ線照射による培養特性への影響
培養特性については、品種間での放射線感受性の違いを見るため、‘山田錦'と共に、2品種(‘日本晴'および‘ひょうごわせ')を供試した。γ線照射は、圃場より採取した出穂前の幼穂に行い、通常の葯培養と同様に低温処理(10℃, 10日間)を行った。この幼穂から取り出した葯を用いて、寒天培地上(2mg/l 2,4-D および0.1mg/l ベンジルアデニンを含むN6培地)でカルスを誘導し、2-4 mmに成長したカルスを再分化培地(1mg/l ナフタレン酢酸および4mg/l ベンジルアデニンを含むMS培地)に移植し、植物体を再分化させた。
図1 葯培養過程におけるγ線照射がカルスの形成および植物体の再分化に及ぼす影響 ●:山田錦, ■:日本晴, ▲:ひょうごわせ(原論文2より引用)
‘山田錦'の葯からのカルス形成率は、100Gy照射区で無照射区の約50%にまで低下したが、‘日本晴'や‘ひょうごわせ'では、その低下の程度が低かった(図1-A)。カルスからの再分化率においても、‘山田錦'は、無照射区と比較して100Gy照射で約20%近くまで低下したのに対して、‘日本晴'では、その低下の程度がわずかであり、品種間でその影響は、大きく異なった(図1-B)。
図1-Bの再分化率は、分母を移植カルス数として算出したが、これを置床葯当たりに換算した値を図1-Cに示した。葯当たりの植物体再分化率の低下は、‘山田錦'および‘ひょうごわせ'では、無照射区と比較して、50Gy照射区で約50%であるのに対して、‘日本晴'では、100Gyでも50%に達せず、さらに高い照射線量での処理も可能と思われた。さらに、自然倍加した葯培養再分化当代の個体(2倍体)における稔実個体率でも、山田錦は、他の2品種よりγ線照射による不稔個体が増加する傾向が顕著であり、このことからも‘山田錦'は、他の2品種と比較して放射線に対する感受性が高いと考えられる(図2)。
図2 再分化当代における不稔個体率へのγ線照射の影響 ●:山田錦, ■:日本晴, ▲:ひょうごわせ(原論文2より引用)
2. 葯培養再分化個体後代における変異系統の選抜
‘山田錦'のγ線照射幼穂を用いた葯培養再分化個体後代(50Gy照射区、80系統、100Gy照射区、4系統)における出穂日と稈長に関する変異の状況を調査した。出穂に関する特性の分布は、原品種‘山田錦'の出穂日に対して、±4日以内の範囲に分布していたが、顕著な早生化系統が1系統、出穂が遅延するものが2系統見いだされた。稈長に関しては、明らかに短稈のもの9系統に加えて、さらに長稈のものが1系統認められた。
また、顕著な変異以外にもやや短稈化していると思われる系統が増える傾向を示した。さらに、葯培養過程で誘発される培養変異の程度を評価するため、対照として無照射幼穂からの葯培養再分化個体後代(97系統)を同時に栽培したが、明らかな変異を示す系統は、早生および短稈変異系統が1系統づつ見いだされたのみであった。また、変異形質は、多くの系統で遺伝的に固定しているため、圃場での選抜が容易であったが、一部の系統では、系統内での分離が認められた。
表1 短稈変異選抜系統(山田錦)の各世代における稈長(原論文2より引用)
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系統名 出穂日 稈長 穂長 穂数 倒状程度 その他
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平成8年度 平成9年度 (cm) (cm) (本/株) (1〜5)
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YC-94-14 8/26 8/28 75** 22.1* 14.8* 0.0 脱粒性難
YC-94-39 8/7 9/7 95** 19.1* 18.6 2.5
Y5-93-8 9/8 9/9 93* 20.6 15.8 1.0 毛耳少
Y5-93-19 9/8 9/7 93* 18.7 16.8 2.0
Y5-93-25 9/8 9/6 97* 18.7 16.8 2.5
Y5-94-2 8/16 8/19 81** 21.9* 16.6 0.5
Y5-94-32 9/9 9/7 104 20.8 16.8 4.5 葉色淡
Y5-94-34 9/7 9/7 100 19.3 16.2 3.0 葉色濃
Y10-93-1 9/6 9/6 100 20.1 18.4 4.0
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山田錦(対照) 9/8 9/5 103 19.4 17.6 3.5
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出穂日以外の特性は、平成9年度調査結果
系統名でYCは、γ線無照射区、Y5およびY10は、それぞれ5および10KR照射区からの
選抜系統
このように1996年に栽培したR1系統から、玄米特性が比較的良好な短稈変異を示す7系統の中から、1997年および1998年に個体選抜を行い、その変異形質の安定性をを調査した結果、2系統(YC-94-39 および Y10-93-01)では、R1およびR2世代において、系統内での形質のばらつきが認められたが、R3世代の系統において、遺伝的にほぼ均一な集団となった(表1)。こうした再分化初期世代における遺伝的変異の不安定性は、葯培養カルス内における培養内変異によると推定され、γ線照射幼穂を用いた葯培養再分化個体では、放射線による直接的な変異誘発のみならず微細な培養細胞内での変異も蓄積している可能性が示唆される。
コメント :
今後、本法を突然変異育種に利用してゆくには、省力的な培養法の開発が必要であるが、遺伝的に固定した配偶体由来の突然変異系統を得られることから、比較的環境による変動の大きい、玄米成分等の変異体の選抜に活用してゆきたい。
原論文1 Data source 1:
イネの遺伝的変異拡大のための培養技術の開発
吉田 晋弥・岩井 正志・渡辺 和彦
兵庫県立中央農業技術センター・生物工学研究所
農業生物資源研究所研究資料 第4号:附163-附172 (1992)
原論文2 Data source 2:
放射線照射による「山田錦」の改良
吉田 晋弥・渡辺 和彦
兵庫県立中央農業技術センター・生物工学研究所
兵庫バイオテクノロジー懇話会研究会プロジェクトII 研究結果報告 :102-106
(1999)
参考資料1 Reference 1:
Non-random Gamatoclonal Variation in Rice Regenerants from Callus
Subcultured for a Prolonged Period under High Osmotic Stress
S. Yoshida, K. Watanabe and M. Fujino
Hyogo Prefectural Institute of Agriculture
Euphytica Vol. 104, 87-94 (1998)
キーワード:イネ、葯培養、ガンマ線、照射、突然変異
rice, anther culture, gamma-ray, irradiation, mutation
分類コード:020101