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作成: 1999/12/24 南 晴文

データ番号   :020180
培養細胞系を用いた突然変異誘発
目的      :植物の培養細胞系を用いた放射線による突然変異誘発の有効性
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源(80TBq)
線量(率)   :7.8-35Gy
利用施設名   :東京都立アイソトープ総合研究所ガンマルーム(現東京都立産業技術研究所 放射線利用施設第2照射室)
照射条件    :室温、無菌条件下
応用分野    :植物育種、種苗生産

概要      :
 ガンマ線を変異源として培養細胞に突然変異を誘発することは有効であることが示された。コマツナのプロトプラスト培養系を用いた塩素酸耐性カルスの選抜では自然突然変異率を5倍上回った。クラウンゴールの細胞培養系を用いたオーキシン要求性変異体の選抜においては9倍高くなった。また、培養細胞系を用いた場合、変異源として紫外線も有効であることが示された。育種では、不定胚誘導の可能な小胞子培養の利用が論議された。

詳細説明    :
 
 培養細胞系の中には、細胞を単体で取り扱うことの可能な培養系を含めた。それら培養系とは、プロトプラスト培養系および未熟花粉を扱う小胞子培養系である。突然変異誘発のための照射線源として、ガンマ線の他に紫外線を加えた。
 
 コマツナのプロトプラスト培養系を用いた塩素酸耐性カルスの誘発研究では、塩素酸耐性カルスを誘発するための照射線源としてガンマ線を利用している。照射線量は50%のコロニーが形成可能な3.5×10Gyであった。塩素酸耐性カルスを選抜するために、 0.1mM塩素酸カリウムを含む選抜培地で耐性カルスの選抜を行った。照射後、選抜培地上で形成したカルスは0.5×105個プロトプラストあたり1個であり、無照射時の形成したカルスは2.5×105個プロトプラストあたり1個であった。ガンマ線照射によって突然変異率は、自然突然変異率の5倍高くなった。
 
 クラウンゴール(Crown Gall:CG)由来の培養細胞についてオーキシン要求性の異なる突然変異体を誘発する研究では、照射線源としてガンマ線を利用している。 CG由来の細胞は、オーキシンを自ら生産でき利用するオーキシン独立栄養型の細胞である。この親細胞は、オーキシンとしてIAAおよび2,4Dが培地中に存在する条件下では生育できない。
 
 当研究では、その親細胞からオーキシン生産能を失ったオーキシン要求性のオーキシン従属栄養型の細胞およびオーキシン独立栄養型でオーキシンが培地中に存在する条件下でも生育できるオーキシン抵抗性細胞を誘発することを目的としている。照射線量は780〜1,460R(線量率390〜730R/h×2h;換算した照射線量7.8〜14.6Gy)であった。IAAおよび2,4Dを含む選抜培地上で形成されたコロニー数を調べた。その結果、未照射での自然突然変異率は、最高で9.3×10-9であった(表1)。

表1 The auxin composition in the selection medium and the rate of spontaneous colony formation of parental CG cells(原論文2より引用)
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             Growth regulator concentration(ppm)    Rate of spontaneous
Medium No.  -------------------------------------  colony formation of CG
               IAA        2,4-D       Kinetin
--------------------------------------------------------------------------
    1           5          0.5          0.1               9.3×10-9
    2           2.5        0.75         0.1               9.3×10-9
    3           -          1.0          -                 4.3×10-9
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 一方、照射細胞における誘起突然変異率は最高で8.3×10-8で、自然突然変異率に比べて誘起突然変異率は約9倍高くなった(表2)。

表2 Induction and selection condition for six mutant cell lines and their mutation rates (or rates of colony formation)(原論文2より引用)
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 Cell line a  γ-Ray intensity  Selection medium  Mutation rate
                  (×100R)b           No.c        ( =rate of colony
                                                      formation)d
---------------------------------------------------------------------
  M-1-1            5.3                 1            8.3×10-8
  M-1-2            5.3                 1            8.3×10-8
  M-2-1            5.3                 2            4.1×10-8
  N-1-1            5.3                 1            8.3×10-8
  N-2-3            5.3                 2            4.2×10-8
  N-3-1            5.3                 3            8.3×10-8
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a Cell lines M-1-1 and M-1-2 were isolated from the same batch of γ-ray
 irradiated CG cells.
b 530 R were equivalent to a 3.0 m distance from γ-ray source.
c Composition of the selection medium is given in Table 1.
d Spontaneous rates of colony formation of non-irradiated CG cells on each
 selection medium are given in Table 1.
 最終的に、選抜された細胞から系統にできたものは6系統であった。そのうち、オーキシン従属栄養型の細胞が2系統、オーキシン抵抗性細胞が2系統であった。
 
 ニンジン培養細胞系を用いた高アミノ酸産生の突然変異体誘発に関する研究では、照射線源として紫外線を用いている。アミノ酸高生産性の突然変異体を選抜するためにトリプトファンのアミノ酸アナログである5-メチルトリプトファンを培地に加えものを選抜培地とした。照射線量は360J/m2で、その線量はニンジン培養細胞が30%生残可能な線量である。紫外線を照射した後カルス形成した細胞は7.2×107あたり27個であった。
 
 一方、未処理区では培養細胞数が9×107で選抜培地上でカルス形成した数は2個であった。自然突然変異率に対する紫外線照射による誘起突然変異は約11倍高くなった(表3)。

表3 Frequency of apperance of 5MT-resistant colonies after irradiating carrot cells with UV-light. (原論文3より引用。 Reproduced from Plant Science Letters 29:327-337(1983), Tab.1(p.331), R.Cella and P.Iadarola, Characterization of Carrot Cell Lines Resistance to 5-methyltryptophan obtained by irradiating Suspension Cultures with UV-light; Copyright(1983), with permission from Elsevier Science.)
Values given are the sum of 2 independent experiments. The value of I/Sa obtained in each
 single experiment was 9.8 and 12.6.
------------------------------------------------------------
                    No.of     No.of      Mutation    I/Sa
                    initial   selected   frequency
                    cells     calli
------------------------------------------------------------
Carrot cells         9×107      3       3.3×10-8   -
Irradiated cells   7.2×107     27       3.7×10-7   11.2
------------------------------------------------------------
aRatio between induced and spontaneous frequency.
 最終的に、3系統の突然変異体が得られた。それらは、細胞内のトリプトファン生産量が親系統に比べて約7倍高く、またそれら系統は未選抜形質であるプロリンを2〜8倍量過剰に生産する性質を伴った。
 
 除草剤Gleanに抵抗性のナタネ系統と黒すす病の病原菌(Alternaria brassicola)に抵抗性のナタネ系統を誘発する研究では、半数体不定胚を形成する小胞子培養系を用いて紫外線によって突然変異の誘発を図ることを目的としている。未熟花粉である小胞子からの不定胚形成率は3.3%で、その自然倍加率が80%前後、したがって、10,000粒の小胞子から約260個体のホモの個体が得られる。除草剤抵抗性系統は紫外線照射線量が99J/m2の処理区から24系統、また病原菌抵抗性系統は33J/m2および99J/m2の処理区から1系統ずつ得られた。

コメント    :
 プロトプラストや未熟花粉である小胞子を照射対象とした場合、これら細胞の分裂活性は単離する親植物の齢、栽培管理などに大きく影響を受けることが報告されている。分裂活性が低い場合、最終的な照射線量を低くすることになり、DNAに変異を誘起させることができず突然変異効率を低下させる原因ともなりうる。
 
 したがって、細胞、プロトプラスト、小胞子の分裂活性を高くする最適条件の確立は不可欠である。小胞子培養系では不定胚の状態(種子に同等の状態)で選抜を行うことから、選抜時のスクリーニング結果と植物体レベルでの選抜結果が一致すると考えられることから、この培養系と放射線による突然変異誘発とを組み合わせることは育種分野では有効な選抜法と考えられる。
 
 1980年代後半においては、培養細胞系を利用して薬剤による耐性細胞の選抜実験が盛んに行われた。選抜細胞での薬剤耐性が再分化個体では発現しないことが問題となった。当該技術についての議論とは別に、最終的に植物体を扱う植物育種分野では、この問題を整理する必要がある。
 
 細胞培養系を用いたかたちでのガンマ線、エックス線などの放射線による突然変異誘発についての論文は非常に少ないが、自然突然変異誘発に比べて放射線による誘起突然変異率は5〜10倍高くなっており、放射線の突然変異誘発の性質を植物の培養細胞系に使うことは有効である。しかしながら、培養細胞系を用いた突然変異誘発に放射線の利用が他の変異源に比べて有効か否かについては結論を出すことはできない。
 
 突然変異誘発に培養細胞系を用いた場合、紫外線による変異誘発も可能であり、効果的であるからである。また、ガンマ線やエックス線を線源として利用する場合、照射施設での依頼照射のかたちをとる必要がでてくる。その点、紫外線は、透過力の面ではガンマ線に劣るが、細胞培養系の確立した植物では、細胞を少量の培養液中に薄く一層の状態にできるので、透過力の弱い紫外線であっても紫外線は透過する。
 
 また、照射処理後に静置培養を不可欠とするものでは、紫外線ランプによる照射はクリーンベンチ内で可能であるので、紫外線は変異線源として有効である。今後、更に細胞培養系を用いた放射線による突然変異誘発に関する研究が待たれる。

原論文1 Data source 1:
細胞培養技術を用いた植物の放射線育種
宝月大輔、後藤 亮、室山丈夫、須田廣勝、松原尚生
東京都立アイソトープ総合研究所
東京都立アイソトープ総合研究所研究報告 3:21-25(1986)

原論文2 Data source 2:
Induction,Selection and Isolation of Auxin Heterotrophic and Auxin-resistant Mutants from Cultured Crown Gall Cells irradiated with Gamma Rays
S.Atsumi
Department of Biology,College of General Education,University of Tokyo
Plant and Cell Physiology 21(6):1041-1051(1980)

原論文3 Data source 3:
Characterization of Carrot Cell Lines Resistance to 5-methyltryptophan obtained by irradiating Suspension Cultures with UV-light
R.Cella1) and P.Iadarola2)
1)Instituto di Genetica Biochimica ed Evoluzionistica 2)Instituto di Chimica Biologica,Universita di Pavia
Plant Science Letters 29:327-337(1983)

原論文4 Data source 4:
Haploid Culture and UV Mutagenesis in Rapid-cycling Brassica napus for the Generation of Resistance to Chlorsulfuron and Alternaria brassicola
I.Ahmad,J.P.Day,M.V.MacDonald and D.S.Ingram
The Botany School,University of Cambridge
Annals of Botany 67:521-525(1991)

キーワード:培養細胞、プロトプラスト、小胞子、半数体、ガンマ線、紫外線、照射、突然変異、抵抗性、選抜
cell suspension, protoplast, microspore, haploid, gamma rays, UV, irradiation, mutation, resistance, selection
分類コード:020101,020501

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