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作成: 1999/11/22 長谷川 博

データ番号   :020176
高等植物におけるカフェインの放射線障害の促進効果
目的      :放射線障害の回復過程の解明を、回復阻害剤であるカフェインの効果をみることにより解明すること
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :原論文1では記載なし、原論文2は60Co線源
線量(率)   :0〜60krad(原論文1)および45kR(原論文2) (0〜600Gy相当)
利用施設名   :原論文中に記載なし
照射条件    :ガンマセル(Atomic Energy of Canada Limited 製)
応用分野    :放射線生物学研究、植物細胞生物学研究、植物育種

概要      :
オオムギ種子を用いて、放射線照射を行った後に種々の条件でカフェインで処理した。その結果、カフェインは照射により直接生じるラジカル等の効果を増幅するのではなく、放射線障害の修復過程を阻害する効果を持つことが明らかになった。

詳細説明    :
原論文1はガンマ線照射後のカフェイン処理効果に関する実験のアウトラインを述べた論文であり、カフェインの処理効果が照射後の時間に依存することを示し、カフェインの放射線障害促進作用のメカニズムを推測している。オオムギの乾燥種子に0,10,20,40および60kradのガンマ線を照射し、照射後ただちに5時間および5時間吸水させた後に5時間の2つのカフェイン(1mg/1ml)処理を行った。一定時間後に(原論文には植物の育成条件に関する記載がない)放射線障害の指標として草丈を測定した。カフェインの障害増幅効果は照射後ただちに5時間処理を行った場合に認められるが、照射後5〜10時間後に処理を行った場合にはほとんど認められなかった。すなわち、草丈に関するRD50は非カフェイン処理区では約50kradであったが、カフェイン処理により約20kradに低下した(図1)。


図1 Seedling growth inhibition after γ-irradiation of resting seeds. Effect of a caffeine post-treatment for 5h (1 mg/ml) at different stages of germination.(原論文1より引用。 Reproduced from Mutation Research Vol.26: 99-103, 1974, Fig.1(p.100), Gunnar Ahnstrom, Repair processes in germinating seeds: Caffeine enhancement of damage induced by gamma-radiation and alkylating chemicals; Copyright(1974), with permission from Elsevier Science.)

また、染色体異常もカフェイン処理により倍加することが認められた。このようなカフェインの効果はカフェインが放射線処理障害の修復機構を阻害することで説明可能である。照射障害の回復は種子吸水開始後から5時間後までには終了しているため、照射後5〜10時間の間のカフェイン処理では処理効果が認められなかったと考えられる。一方、浸漬種子照射におけるカフェインの障害促進効果は、4時間浸漬種子では認められたが、浸漬時間が長くなるにつれてカフェイン処理効果は小さくなった。
さらにEMSなどのアルキル化剤処理後のカフェイン処理効果についても調査した。放射線照射の場合と異なりアルキル化剤の乾燥種子処理においてはカフェインの効果は認められず、15〜20時間浸漬した種子処理でカフェインの障害促進効果が認められた。この結果はアルキル化剤と放射線のDNAに対する効果が異なっているためと考えられる。
原論文2は原論文1の前年に発表されたもので、オオムギの乾燥種子(種子水分11.1%)に45kRのガンマ線を照射したのち、3.8x10-3Mのカフェインを低温(0〜2℃)で12時間処理し、その処理効果を放射線防護剤であるシステイン(3.8x10-3M)、カフェインとシステインの等モル(3.8x10-3M)混合溶液の効果と比較している。さらに後処理溶液中への酸素バブリングの有無がカフェインやシステインの効果に及ぼす影響についても検討している(表1)。

表1 Influence of caffeine and cysteine applied during post-irradiation hydration on seedling growth of barley seeds (11.1 per cent of moisture content).(原論文2より引用。 Reproduced from Radiation Botany Vol.13: 355-359, 1973, Tab.1(p.356), P.C.Kesavan, Effect of caffeine and cysteine applied during post-irradiation hydration on an oxygen-independent component of damage in barley seeds; Copyright(1973), with permission from Elsevier Science.)
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 Dose,      Post-irradiation hydration         Eight-day
  kR           (at 0-2℃ for 12 hr)         seedling growth
                                               (cm±S.E.)
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   0    Oxygenated water                     15.28±0.41
   0    Oxygenated water+caffeine            14.52±0.62
   0    Oxygenated water+cysteine            13.84±0.92
   0    Oxygenated water+caffeine+cysteine   13.89±0.84
   0    Oxygen-free water                    15.00±0.37
   0    Oxygen-free water+caffeine           14.20±0.64
   0    Oxygen-free water+cysteine           13.89±0.60
   0    Oxygen-free water+caffeine+cysteine  13.79±0.78
  45    Oxygenated water                     11.00±0.45
  45    Oxygenated water+caffeine             6.55±0.56
  45    Oxygenated water+cysteine            11.44±0.46
  45    Oxygenated water+caffeine+cysteine    7.10±0.55
  45    Oxygen-free water                    10.85±0.71
  45    Oxygen-free water+caffeine            6.31±0.60
  45    Oxygen-free water+cysteine           11.42±0.49
  45    Oxygen-free water+caffeine+cysteine   7.29±0.62
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その結果、1)各後処理溶液、酸素バブリングは幼植物の成長に影響を及ぼさないこと、2)酸素バブリングの有無はガンマ線照射障害に影響しないこと、3)カフェインは酸素バブリングの有無に関わらず同程度の障害促進作用をもつこと、4)システインは本実験条件下では放射線防護効果を示さなかったこと、5)カフェインはシステインの存在下でも単独処理と同程度の障害促進効果を示すこと、が明らかになった。さらに、カフェインの障害促進効果は染色体異常の出現頻度においても認められた。カフェインの効果が酸素の有無に関係ないことやシステインとの相互作用が認めれなかったことは、カフェインは放射線照射で生成するラジカル反応や酸素依存性の処理障害とは関係しないことを示唆している。

コメント    :
突然変異は放射線をはじめとした突然変異原により引き起こされるDNAの障害が修復される際の誤りに起因すると考えられている。そのため、微生物、動物、植物に関して放射線障害の回復に関して非常に多くの研究がなされてきた。ここで収録した2つの論文はカフェインが放射線障害の修復過程に及ぼす効果について考察したものである。1970年代の初期の報告であり現在の水準から見ればデータとして物足りない点も多くある。現象としては良く知られている事実であるので、カフェインの放射線障害促進効果に関して現在の分子生物学的方法による再検討を行う必要があるだろう。

原論文1 Data source 1:
Repair processes in germinating seeds: Caffeine enhancement of damage induced by gamma-radiation and alkylating chemicals
Gunnar Ahnstrom
University of Stockholm, Wallenberg Laboratory, Lilla Frescati, S-104 05 Stockholm 50 (Sweden)
Mutation Research Vol.26: 99-103, 1974.

原論文2 Data source 2:
Effect of caffeine and cysteine applied during post-irradiation hydration on an oxygen-independent component of damage in barley seeds
P.C.Kesavan
School of Life Sciences, Jawaharlal Nehru University, New Mehrauli Road, New Delhi 110057, India
Radiation Botany Vol.13: 355-359, 1973.

キーワード:ガンマ線、放射線障害の促進、放射線障害の修復、幼苗草丈、染色体異常、カフェイン、後処理、オオムギ、アルキル化剤
gamma-ray, enhancement of radiation damage, repair of radiation damage, seedling height, chromosome aberration, caffeine, post-treatment, barley, alkylating agents
分類コード:020501,020101

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