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作成: 1999/12/20 長谷川 博

データ番号   :020174
高等植物における放射線により誘発された1本鎖DNA切断の修復
目的      :高等植物における放射線障害の回復に関する研究
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :137Cs
線量(率)   :20, 30kR(200、300Gy相当)
利用施設名   :原論文に記載なし
照射条件    :空気中
応用分野    :放射線生物学研究、植物遺伝学研究

概要      :
オオムギの種子にガンマ線を照射し、照射後のDNA含量の変化、DNA、RNAおよびタンパク質合成量を測定することにより、照射により生じた1本鎖DNAの修復過程について考察した。オオムギの種子胚における放射線障害の修復は照射後のG1期に行われることが明らかになった。

詳細説明    :
放射線によるDNA損傷とその回復のメカニズムに関する研究は、そのほとんどが微生物や動物培養細胞で行われたものであり、植物細胞を用いた放射線障害の基礎研究は植物の細胞体制が複雑なためほとんどなされていない。植物でも微生物や動物細胞と同様の照射障害の回復メカニズムが働いていると考えられているが、植物細胞においても放射線障害の回復機構を解明する必要がある。ここでは植物細胞における1本鎖DNAの修復に関する実験例を紹介する。

実験の概要:オオムギ(品種、ふじ二条)の乾燥種子に30kRのガンマ線を照射し、少量の胚乳を残した胚を25℃および2℃の蒸留水中に浸漬した。1-16時間後に胚を取り出し、浸漬時と同温度でシリカゲルを用いて乾燥させた。胚より核を分離し、核を含む懸濁液をアルカリ・ショ糖濃度勾配法を用いてDNAを抽出し、各フラクションのDNA量を吸光度法で決定した。DNAの分子量はVeatch and Okada の方法に従って推定した。さらに、20kRのガンマ線照射がDNA、RNAおよびタンパク質合成に及ぼす影響を3Hラベルのチミジン、ウリジンおよびロイシンのそれぞれの分子への取り込み量を測定することにより決定した。

結果と考察:非照射の乾燥種子胚よりアルカリショ糖濃度勾配法で抽出したDNAはフラクション番号9に、照射した乾燥種子胚のDNAはフラクション番号17に認められた。照射種子のDNAが大きい番号のフラクションで検出されたことは、ガンマ線によりDNA1本鎖切断が生じたためと考えられた(フラクション番号が小さい方が分子量は大である)。非照射区の胚のDNAは浸漬時間が長くなると大きい番号のフラクションで検出されるようになった。一方、30kR照射を行った胚のDNAについては、2時間浸漬を行った場合に乾燥種子のDNAより小さな番号のフラクションで検出され、浸漬時間がより長くなると再び第17フラクションで検出された(図1)。


図1  Changes of the peak position of DNA after sedimentation by alkaline sucrose gradient centrifugation. Each value is the mean of three experiments. (原論文1より引用。 Reproduced from Mutation Research 42: 71-78, 1977, Fig.2(p.74), Shigemitsu Tano and Hikoyuki Yamaguchi, Repair of radiation-induced single-strand breaks in DNA of barley embryo; Copyright(1977), with permission from Elsevier Science.)

浸漬開始後2時間の胚の細胞はG1期にあたる。DNAの分子量は照射していない乾燥種子胚では0.93x10-8Daであり、30kR照射を行った後の乾燥種子胚では0.15x10-8Daと推定された。照射2時間後に、照射区の胚のDNA分子量は25℃では0.52x10-8Da、2℃では0.34x10-8Daまで回復した。この障害の回復に温度効果がみられることは、照射障害の回復に酵素の作用があることを示唆している。非照射区のDNAも浸漬時間が長くなるに従って分子量が小さくなったが、本実験ではこの原因を明らかにするまでに至らなかった。ガンマ線照射によりDNA、RNAおよびタンパク質合成が遅延することが認められた。非照射区においてDNA合成は浸漬6時間後より増加し(図2)、RNA合成は浸漬4時間後増加速度が大きくなること、照射区でのDNAとRNAの合成は数時間以上遅れることが認められた。なお、タンパク質合成の増加は核酸合成の増加よりも緩やかであった。


図2  Incorporation of [3H]thymidine into DNA and [3H]uridine into RNA during 1 h at time indicated. (原論文1より引用。 Reproduced from Mutation Research 42: 71-78, 1977, Fig.4(p.76), with permission from Elsevier Science.)

以上の結果はオオムギの胚では1本鎖DNAの修復はS期ではなく、G1期に行われることを示している。ニンジンのプロトプラストにおいて報告されている照射後のごく短時間に生じる障害の回復作用は本実験では確認されなかった。

コメント    :
放射線障害の修復に関して分子レベルから細胞・組織レベルまで多くの研究が行われているが、ここで収録した論文は1970年代中期のDNA研究に基づいたものであることに注意する必要がある。本文中にも記されているように、植物における放射線障害とその回復に関する研究は少ないが、その原因のひとつは植物細胞培養技術が放射線障害研究が盛んに行われた頃では未熟であったためと考えられる。細胞・プロトプラスト培養系を用いた放射線障害の生成と修復に関する分子生物学研究を行う必要があろう。なお、実験手法に関する詳細は原論文を参照すること。

原論文1 Data source 1:
Repair of radiation-induced single-strand breaks in DNA of barley embryo
Shigemitsu Tano and Hikoyuki Yamaguchi
Laboratory of Radiation Genetics, Faculty of Agriculture, The University of Tokyo
Mutation Research 42: 71-78, 1977

キーワード:ガンマ線、放射線障害、1本鎖DNA切断、修復、植物、オオムギ、種子、細胞周期、トレーサー
gamma-ray, radiation damage, single-strand break in DNA, repair, plant, barley, seed, cell cycle, tracer
分類コード:020501

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