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作成: 1999/09/28 小山 重郎

データ番号   :020164
不妊虫放飼法による中南米のチチュウカイミバエ根絶防除
目的      :中南米に侵入したチチュウカイミバエを不妊虫放飼法により根絶防除する
放射線の種別  :ガンマ線
線量(率)   :140Gy
利用施設名   :メキシコ、グアテマラ、チリ、アルゼンチンのチチュウカイミバエ不妊虫生産工場照射施設
照射条件    :窒素気流中または空気中
応用分野    :不妊虫放飼法、害虫防除

概要      :
 果実の害虫であるチチュウカイミバエが、1977年に侵入した中米のメキシコでは不妊虫放飼法によって、1991年に根絶に成功した。また1963年に侵入した南米のチリでは同じ方法で1995年に根絶に成功した。しかし、いずれも隣国からの再侵入を防ぐため、メキシコではグアテマラ、チリではペルー及びアルゼンチンとそれぞれ協定を結び、双方の国境地帯での共同の不妊虫放飼をつずけている。

詳細説明    :
 
 チチュウカイミバエは地中海沿岸地域の原産で、アフリカ、中南米、ハワイに分布し、多くの種類の果実を加害するため世界的にその侵入が警戒されている害虫である。チチュウカイミバエが分布する国または地域からは、その寄主植物である果実を未分布地域に自由に輸出することができない。輸出を可能にするためには、果実を薬品や高温又は低温で処理してミバエを殺虫するか、あるいはその地域のミバエを根絶しなければならない。
 
 チチュウカイミバエは1901年に南米に侵入し、その全域に分布を拡大した。中米では1955年にコスタリカで発見され、その後、1960年ニカラグア、1963年パナマ、1975年エルサルバドルとホンジュラス、1976年グアテマラと北にむかって分布を拡大し、1977年1月にメキシコに侵入した。これは果樹生産国であるメキシコからの果実の輸出をおびやかすものであった。またアメリカ合衆国はこの虫がさらに北上し、メキシコを通って果樹生産地帯のカリフォルニアに侵入することを恐れた。そこで、1977年12月にメキシコとアメリカ合衆国共同のチチュウカイミバエ根絶事業がメキシコ南部で開始され、グアテマラ国境に近いメタパに週産5億匹の不妊虫生産工場が建てられた。この計画はのちに、メキシコ、グアテマラ、アメリカ合衆国三国の共同事業に発展し、グアテマラにも不妊虫生産工場が建設された。
 
 この事業は侵入したチチュウカイミバエを北から南へ向かって押し戻そうとするものである。そのため、南から北にむかって次の6つの地帯区分をして防除をすすめた。(1)発生地帯:虫の発生程度を調べる、(2)抑圧防除地帯:毒餌剤(誘引剤と殺虫剤をまぜたもの)散布により虫の密度を減らす、(3)根絶防除地帯:不妊虫を毎週2000-5000匹/ha放飼する、(4)封じ込め地帯:不妊虫を毎週500-1000/ha放飼する、(5)根絶地帯:不妊虫放飼をやめ、全域で虫の早期発見につとめる、(6)無発生地帯:侵入しやすいところで早期発見につとめる。
 この事業によって、1982年にメキシコ国内でのこの虫の根絶宣言がおこなわれたが、1983年に再発生した。そこで、グアテマラでの防除に力を入れた結果、1991年にはメキシコ全域と、グアテマラの57%の地域で根絶が確認された(図1)。この事業は現在も続行中で、最終的にはパナマまでの中米全域でチチュウカイミバエを根絶するという展望をもっている(原論文1,2,3,4,5,6,8)。


図1  メキシコとグァテマラにおけるチチュウカイミバエ防除地帯区分(1991年現在)(Linares,F.,1991による)(原論文5より引用)

 南米のチリは標高4000-7000mのアンデス山脈と太平洋の間にはさまれ、北は砂漠地帯、南は寒冷地であり、南米の中でも隔離条件にあったためチチュウカイミバエの侵入がおくれ、1963年に北部のペルー国境地帯ではじめてこの虫が発見され、そのご各地で発生が確認された。チリはブドウ、リンゴなど輸出用果実の生産国で、チチュウカイミバエの発生は果実の輸出にとって重大な障害となった。発生地は砂漠地帯の中にあるオアシスであったため、各地で毒餌剤を用いて根絶がはかられたが、ペルー国境地帯ではペルーからの侵入があいついだため根絶はできなかった(図2)。


図2  チリのチチュウカイミバエ根絶防除状況、ローマ数字は州(Region)名を示す。(原論文2より引用)

 そこで、この地帯では1987年から不妊虫放飼法が採用され、はじめはアメリカ、グアテマラ、メキシコから不妊虫を輸入して放飼したが、1993年にペルー国境に近いリュタに週産5000万匹の不妊虫生産工場をつくり、国境地帯及びこれと接するペルー側にも1990年のチリとペルーの協定にもとずき不妊虫を放飼した結果、1995年に根絶に成功した。その後もひきつずきこの地帯に不妊虫を放飼して、再侵入をふせいでいる(原論文2,9,10,参考資料1)。
 
 アルゼンチンではチリに近い砂漠地帯にあるメンドーサとサンフアンの果樹生産地帯で果実の自由な輸出をはかるためチチュウカイミバエの根絶をめざして、週産1億2000万匹の不妊虫生産工場をつくり、1992年から放飼を始めたが、1994年には虫の発生量を1991年の1-3%にへらすことができたものの根絶には至っていない。これは不妊虫の量と質がたりなかったためで、1997年にはチリと協定を結び、週1500万-2000万の不妊虫の供給をうけ放飼をつずけている。これはアルゼンチンからの侵入を防ぐ点でチリの利益にもなることである(原論文7,10)。

コメント    :
 中南米ではメキシコとチリが自国の果樹産業をまもるため、チチュウカイミバエの根絶事業をはじめたが、根絶を達成したあとも、たえず起こりうる侵入をくいとめるためにはその源となっている隣国のグアテマラ、ペルー、アルゼンチンなどと協定をむすび、共同の根絶事業に発展させなければならない。これが、海のなかに隔離されている日本などとちがう根絶のむずかしさである。なお、本文ではふれなかったが、荷物や人の移動に伴って起こる虫の侵入をくいとめるための検疫作業も根絶防除と表裏一体のものであって、日本ではこれが海港、空港でおこなわれているが、陸つずきの大陸では無数にある道路で検疫を行うところにむずかしさがある。

原論文1 Data source 1:
メキシコのチチュウカイミバエ侵入阻止作戦
小山重郎
沖縄県農業試験場
植物防疫34(6):237-241(1980)

原論文2 Data source 2:
ミバエ類防除の現状と将来
小山重郎
沖縄県農業試験場
植物防疫36(6):245-250(1982)

原論文3 Data source 3:
Fruit flies eradication program in Mexico
Jose Luis Zavala L.,Jorge Gutierrez S.,Jesus Reyes F.,Antonio Villasenor C. and Walther Enkerlin H.
Programa Moscamed,Apartado Postal 368,Tapachula 30700,Chiaps,Mexico
Proceedings of the International Symposium on the Biology and Control of Fruit Flies,Ginowan,Okinawa,Japan 2-4 September 1991:32-43

原論文4 Data source 4:
Medfly program in Guatemala and Mexico: Current situation
Flavio Linares
Programa Moscamed,6a.Calle 1-36,Zona 10,Edif.Valsari Of.203,Guatemala,Guatemala,C.A.
Proceedings of the International Symposium on the Biology and Control of Fruit Flies,Ginowan,Okinawa,Japan 2-4 September 1991:44-51

原論文5 Data source 5:
世界におけるミバエ類防除の現状
小山重郎
前 農林水産省蚕糸・昆虫農業技術研究所
植物防疫47(12):544-547(1993)

原論文6 Data source 6:
The Moscamed Progaram: Practical achievements and contributions to science
Dian Orozco,Walther R.Enkerlin, and Jesus Reyes*
Programa Moscamed (SARH),Tapachula,Chiapas,Mexico,*SAHR,Mexico City,Mexico
Fruit Flies and the Sterile Insect Technique(Calkins,C.O.,Klassen,W.and Liedo,P.eds.,CRC Press):209-222(1994)

原論文7 Data source 7:
Advances in the national fruit fly control and eradicartion program in Argentina
Aruani,R.,Ceresa,A.*,Granados,J.C,Taret,G.Peruzzotti,P.*,and Ortiz,G.**
Direccion Fitosanitaria de la Provincia de Mendoza,*Instituto Argentino de Sanidad y Calidad Vegetal(IASCAV),**Organismo Internafional de Energia Atoimica(IAEA)
Fruit Fly Pests,A World Assessment of Their Biology and Management(McPheron,B.A.and Steck,G.J.eds.,St Lucie Press):521-530(1996)

原論文8 Data source 8:
The Mexican national fruit fly eradication campagin: Largest fruit fly industrial complex in the world
Juan A.Rull Gabayet,Jesus Reyes Flores, and Walther Enkerlin Hoeflich
Mexico-MEDFLY Progaram (SARH-USDA),Tapachula,Chiapas
Fruit Fly Pests,A World Assessment of Their Biology and Management(McPheron,B.A.and Steck,G.J.eds.,St Lucie Press):561-563(1996)

原論文9 Data source 9:
Eradication of medfly from Chile and joint programme in southern Peru
Lobos,C. and Machuca,J.
Servicio Agricola y Ganadero,Av Bulnes 140, Santiago,Chile
Fifth International Symposium on Fruit Flies of Economic Importance,1-5 June, 1998.Penang,Malaysia:P-169(p.125)

原論文10 Data source 10:
Agreement between Chile and the Argentina governments: A joint work for the establishment and recognition of fruit fly free zones in both countries
Lobos,C.,Cosenzo,E.* and Machuca,J.
Servicio Agricola y Ganadero (SAG),Chile,*Servicio Nacional de Sanidad y Calidad Agroalimentaria (SENASA),Argentina
Fifth International Symposium on Fruit Flies of Economic Importance,1-5 June, 1998.Penang,Malaysia:P-171(p.126)

参考資料1 Reference 1:
Chile, A Medfly-free Country
Anonymous
Ministry of Agriculture, Agricultural and Livestock Service,Chile
Chile, A Medfly-free Country (A pamphlet),December 1995:1-11

キーワード:不妊虫放飼法、チチュウカイミバエ、中南米、根絶防除
steraile insect technique,Mediterranean fruit fly,Central and South America,eradication
分類コード:020201,040204

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