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作成: 1999/09/24 小山 重郎

データ番号   :020163
不妊虫放飼法による米国のチチュウカイミバエ根絶防除
目的      :米国に侵入したチチュウカイミバエを不妊虫放飼法により根絶防除する
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源
線量(率)   :140-180Gy
利用施設名   :アメリカ農務省ハワイミバエ研究所照射施設、メキシコチチュウカイミバエ不妊虫生産工場施設照射施設など
照射条件    :窒素気流中
応用分野    :不妊虫放飼法、害虫防除

概要      :
 果実の害虫であるチチュウカイミバエが1975年10月にアメリカ合衆国のカリフォルニア州に侵入したため、これを不妊虫放飼法によって根絶する事業がはじめておこなわれ成功した。同じ州で1980年に、より広い地域で再び侵入がおこり、不妊虫放飼法では根絶できず、誘引剤を加えた殺虫剤の散布によって根絶した。1996年からこの州で常時不妊虫を放飼することにより、侵入定着を未然に防いでいる。

詳細説明    :
 チチュウカイミバエは地中海沿岸地域の原産で、アフリカ、中南米、ハワイに分布し、多くの種類の果実を加害するため世界的にその侵入が警戒されている害虫である。チチュウカイミバエが分布する国または地域からは、その寄主植物である果実を未分布地域に自由に輸出することができない。輸出を可能にするためには、果実を薬品や高温又は低温で処理してミバエを殺虫するか、あるいはその地域のミバエを根絶しなければならない。
 アメリカ合衆国ではハワイなどからチチュウカイミバエが侵入することを警戒していたが、1975年10月24日にカリフォルニア州ロサンゼルスの住宅地のモモにこの虫が発見された。発見地点ではただちに殺虫剤が果樹と地中(蛹がいる)に散布されたが、果樹生産地帯にまん延の恐れがあったため、発見地点を中心に259平方キロの範囲で緊急に根絶計画がたてられた。住民の反対により、広域的な殺虫剤の散布はおこなわれず、アメリカ農務省ハワイミバエ研究所で開発された不妊虫放飼法が用いられた。ハワイミバエ研究所で大量増殖され、窒素ガス中で、180Gyのガンマ線照射によって不妊化された蛹を冷却して空輸し、次ぎの3つの方法によって対象地域内に放飼した。(1)バケツ放飼:蛹をバケツにいれて羽化した成虫が自力で飛び出す方法で、全面積の10%にあたる中心地域でおこなう。(2)トラック放飼:蛹を容器内で羽化させて、道路を走るトラックの後ろから成虫を外に放す方法で、全面積の45%にあたる中央地域でおこなう。(3):航空放飼:羽化した成虫を4.4℃に冷却麻酔し特殊な放飼装置にいれて飛行機によって空中から放飼する方法で、全面積の45%にあたる周辺地域でおこなう。その効果は誘引剤をいれたトラップ(罠の一種)259個を対象地域におき、これに入った成虫を調べた。不妊虫はあらかじめ蛍光色素で標識してあるので、これをアセトンで溶出することによって、野生虫と識別した。約0.1%の標識もれがあったが、これは解剖して精巣を観察することにより不妊虫かどうかを判定した。このほか果実を採集してチチュウカイミバエ幼虫の有無も調査した。また発生地域のまわり90平方キロからは果実の持ち出しを禁じて、48km離れた果樹生産地帯への人為的まん延を防いだ。1975年11月2日から不妊虫放飼を開始し、1975年11月14日を最後に野生虫はトラップに入らなくなった。しかし、不妊虫放飼は約3世代のちの1976年5月まで継続されたのち根絶宣言が出された。7ヶ月間で合計約5億匹の不妊虫が放飼された。これはチチュウカイミバエに対する不妊虫放飼法の最初の実用的な成功例である(原論文1)。
 1980年6月5日にカリフォルニア州ロサンゼルス郡とサンフランシスコに近いサンタクララ郡の市街地で再びチチュウカイミバエが発見されたので、上述の方法により合計1382平方キロで不妊虫放飼が行われた。不妊虫はハワイのほかメキシコ(窒素中140Gy照射)などの増殖施設からも送られた。その結果、ロサンゼルス郡では同年12月に根絶宣言が行われたが、サンタクララ郡では少数の虫が残っていた。翌1981年6月、再び発生が増加し、またロサンゼルス郡でも再び発生した。また同年8月には果樹生産地帯の一角にあるスタニスラウス郡でも発見された。これは不妊虫放飼法の拡大にともない、トラップにはいった虫の識別不良や不妊虫の品質低下など様々な困難がおこったためで、1981年7月から誘引剤を加えた殺虫剤の航空散布に方針が転換された。合計3340平方キロで航空散布が実施されたことにより、図1に示すように逐次根絶を達成し、1992年9月にカリフォルニア州の全地域で根絶宣言がおこなわれた(原論文2,3,4)。


図1 カリフォルニア州の検疫規制地域と撲滅月日(原論文4より引用)

 その後もカリフォルニア州ではチチュウカイミバエの侵入があいついだため、侵入虫の定着を未然に防ぐために、ロサンゼルス郡、オレンジ郡、リバーサイド郡、サンベルナルデイオ郡の合計5581平方キロの地域に週4億5000万匹の不妊虫を常時放飼しながら発生を監視する事業が1996年7月から5年間の計画で続行中である。この不妊虫はハワイとグアテマラの増殖施設から送られている。その結果、1997年にロサンゼルス郡で2.6平方キロにチチュウカイミバエが発生したのみでカリフォルニア州でのこの虫の大規模な発生は抑えられている(原論文5)。
  

コメント    :
 不妊虫放飼法は、はじめ家畜害虫のラセンウジバエで開発され、つぎに果実の害虫ミバエ類でも試験された。チチュウカイミバエはアメリカ合衆国のハワイで試験的に効果が確められていたが、実際に広い地域での根絶に成功したのは、1975年のカリフォルニア州が最初である。これは従来おこなわれてきた誘引剤を加えた殺虫剤散布が住民の反対のためおこないにくい住宅地であったためにとられた方法であったが、1980年の再侵入では対象地域が広かったために成功せず、殺虫剤散布にもどらざるをえなかった。現在では侵入する虫の定着を未然に防ぐため、常時不妊虫を放飼する方法がとられている結果、重大な再発生はおこっていない。このように、これらの論文によって不妊虫放飼法がチチュウカイミバエの侵入初期の根絶や定着防止に役立つことが示された。

原論文1 Data source 1:
Eradication of medfly by sterile-male release
Cunningham,R.T., Routhier,W.*,Harris, E.J.,Cunningham,G.**, Johnson,L.***, Edwards,W.***, Rosander, R.****and Vettel,W.G.*****
USDA Hawaiian Fruit Flies Laboratory, Honolulu,*California Department of Food and Agriculture,Los Angeles,**APHIS Plant Protection and Quarantine,USDA, Sacramento,***Los Angeles County Ag Commissioner Office,****APHIS,Bakerfield,*****CFDA,Sacramento
Citrograph,January,1980:63-69

原論文2 Data source 2:
カリフォルニアにおけるチチュウカイミバエの発生
梅谷献二、尊田望之*、石田里司**
農林水産省農業技術研究所、*農林水産省横浜植物防疫所、**農林水産省農蚕園芸局植物防疫課
植物防疫35(7):310-315(1981)

原論文3 Data source 3:
カリフォルニアにおけるチチュウカイミバエの発生と防除の現況
関口洋一、一戸文彦*
農林水産省農蚕園芸局植物防疫課、*農林水産省横浜植物防疫所
植物防疫36(4):151-154(1982)

原論文4 Data source 4:
アメリカ・カリフォルニア州におけるチチュウカイミバエの発生と日本側の検疫対応
石田里司
農林水産省農蚕園芸局植物防疫課
植物防疫37(8):348-355(1983)

原論文5 Data source 5:
Mediterranean fruit fly preventative release program in southern California
Dowell,R.V.,Siddiqui,I.A.*,Meyer,F.and Spaugy,E.L.**
California Department of Food and Agriculture,USA,*United States Department of Agriculture,USA,**Los Angeles County Agricultural Commissioner,USA
Fifth International Symposium on Fruit Flies of Economic Importance,1-5 June,1998,Penang,Malaysia:113

キーワード:不妊虫放飼法、チチュウカイミバエ、米国、根絶防除
sterile insect technique, Mediterranean fruit fly, United States, eradication
分類コード:020201,040204

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