作成: 1999/11/27 久米 民和
データ番号 :020160
放射線分解多糖類の植物への利用
目的 :多糖類の放射線分解による植物成長促進剤としての利用
放射線の種別 :ガンマ線,電子
放射線源 :60Co線源(3.7PBq)、電子加速器(3MeV,25mA)
線量(率) :10-2000kGy
利用施設名 :日本原子力研究所高崎研究所ガンマ線照射装置、2号加速器
照射条件 :粉末及び溶液、酸素気流中
応用分野 :農業生産(農薬、肥料)、植物生理学、資源利用、環境保全
概要 :
多糖類などの天然高分子は放射線によって分解し、新しい生物活性を発現する場合がある。種々の多糖類の放射線分解物を用いた植物の生育に対する効果を検討し、成長促進効果、ファイトアレキシンの誘導など自己防御能の増大、塩や重金属などの環境ストレス障害の抑制効果、などが明らかになった。
詳細説明 :
1) 成長促進と重金属障害抑制効果
海藻から抽出された多糖類アルギン酸ソーダは、放射線によって容易に分解する。4%水溶液中で100kGy照射したときの放射線分解物と、固体状態で500kGy照射したときの分解産物の分子量は、共に約10,000となった(図1)。
図1 放射線照射によるアルギン酸ソーダの分子量変化(Change in molecular weight of sodium alginate by irradiation)。 ●非照射(unirradiated)、○4%溶液中照射(irradiatede in 4% solution)、■固体状態での照射(irradiation in solid state)(原論文2より引用)
アルギン酸ソーダの放射線分解産物20ppmを植物に与えると、約20%の植物生育促進効果が認められた。エビやカニの甲羅、昆虫、糸状菌などから得られるキチン質の脱アセチル化物であるキトサンについても、同様に植物の生育促進効果について検討した。キトサンは、重金属に対するキレート剤としての作用を有するので、植物の重金属傷害の抑制効果があると考えられ、生育促進効果と共に検討した。
水耕栽培液を用いたイネの栽培試験において、非照射キトサンでは障害(クロロシス)が認められたが、照射キトサンではクロロシスの発生が押さえられ、100kGy照射キトサンで最も生育がよかった。重金属バナジウム(V)の植物に対する障害とキトサンによる障害抑制効果を検討するため、10ppmのVを含む水耕液中に100kGy照射キトサンを添加したときの生育を測定した。地上部の乾物重量を測定した結果、10ppmのVでイネの生育は75%に減少したが、100ppm及び200ppmのキトサン添加により、著しい回復効果が認められた(表1)。以上のように、多糖類を放射線分解することにより、植物に対する顕著な生育促進活性を誘導すること、キトサンの場合には重金属の植物障害の抑制効果があることが明らかとなった。
表1 V ストレス下での植物の成長阻害と照射キトサンの添加効果(Effect of irradiated chitosan on growth of plants under V stress)(原論文4より引用)
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Wheat Rice
Treatment -------------------- -------------------
Dry weight* % Dry weight* %
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Control 385 100 190 100
100 ppm chit.** 544 141 206 108
200 ppm chit.** 540 140 236 124
10 ppm V 229 59 143 75
10 V+100 ppm chit. 350 91 214 113
10 V+200 ppm chit. 392 102 210 111
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* mg/10 seedlings
** irradiated chitosan at 100kGy in solution
2) ファイトアレキシンの誘導
放射線分解多糖を用いて、エンドウの抗菌物質(ファイトアレキシン)であるピサチンの誘導を検討した。1000kGy照射処理したペクチン分解物でピサチンが誘導されエリシターとして機能していることが認められたが、酵素エンドポリガラクツロナーゼによる分解物の活性より低かった。一方、キトサンによるピサチン誘導活性を検討したところ、1000kGy照射したキトサンで非常に高い活性が得られた。2000kGy照射したキトサンでは、1000kGyに比べると著しく活性が減少した。従って、これらの結果から、ピサチンの誘導活性は照射ペクチンでも認められるが、キトサンの1000kGy照射物がはるかに有効であることがわかった。これら放射線分解多糖は、ダイズにおける抗菌物質グリセオリンの誘導効果も認められ、植物の抗菌物質誘導試薬としての活用が期待される。
コメント :
天然高分子である多糖類の放射線分解物の植物への効果が明らかとなった。農作物の増収に役立つかどうかの実地試験がさらに必要であるが、化学肥料や農薬に代わる環境にやさしい天然高分子を用いた農業生産は、21世紀の人類の抱える食糧増産と環境保全問題解決に貢献できる技術である。
原論文1 Data source 1:
各種多糖類の放射線分解と生物活性
長澤 尚胤、三友 広志、吉井 文男、幕内 恵三、久米 民和
日本原子力研究所高崎研究所、群馬大学工学部生物化学工学科
食品照射、34、37-42(1999)
原論文2 Data source 2:
重金属(V)ストレス下での植物生育に対する照射キトサンの効果
Le Xuan Tham、長澤 尚胤、松橋 信平、久米 民和
日本原子力研究所高崎研究所、ベトナム原子力委員会ダラト原子力研究所
食品照射、33、33-36(1998)
原論文3 Data source 3:
Pectic fragments prepared by irradiation and their phytoalexin elicitor activity
島津 正光、松橋 信平、久米 民和
日本原子力研究所高崎研究所
Plant Nutrition, ed. T. Ando et al., pp. 217-218 (1997)
キーワード:放射線分解、多糖類、植物の成長促進、ファイトアレキシン、キトサン、アルギン酸、Radiation degradation, polysaccharide (carbohydrate), growth promoter in plants, phytoalexin, chitosan, alginate
分類コード:020304, 020501、010504