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作成: 1999/11/02 増田 勝彦

データ番号   :020159
補修用絵絹の電子線劣化
目的      :古絵画補修用絵絹の調製に、電子線照射による促進劣化を利用
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器、電圧2.0M、ビーム電流2.0mA
線量(率)   :1700 - 2000kGy(170 - 230 Mrad)
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所2号加速器
照射条件    :室温・空気中
応用分野    :歴史的絹本絵画の修復

概要      :
 数百年を経過し強度も伸縮性も低くなっている、絹に描かれた絵画の欠失部を補修する絹を、電子線による絹の劣化を利用して調製することを目的としている。照射量により、劣化度を調製出来ること、古い絵画の絹と同じ構成を模した絹を織り、劣化させることが出来るなど、絵画の修復に有利な点が多いため、予備処理、実験条件などを変えて電子線劣化試験を行いつつ利用している。

詳細説明    :
 
 現在、重要文化財に指定されている絹本絵画の修復では、画面に存在する欠失部分の補修が主要な、かつ重要な作業である。
 この様な歴史的絵画は、毎年専門の工房で修理され、百年前後のサイクルで修理を繰り返して受け継がれ、次世代へと手渡すための処置を受けている。修理に使用する材料は、小麦澱粉糊、手漉き和紙、金襴緞子等、伝統的な素材が殆どだが、絵画欠失部の補修用絹の加工手段の一つとして、放射線照射が利用されている。電子線照射で劣化させた補修用絹が、欠失部分の形状に合わせてはめ込まれている。
 
 古代以来、日本の多くの絵画は、薄い絹の両面あるいは片面に絵具を塗布して描かれ、裏面に手漉き紙を澱粉糊で張り付け、周囲に金襴緞子などの裂を配して、掛け軸とし、屏風として伝わってきた。歴史の中で画面は小部分に、あるいは大面積に脱落する。修復に際しては、古い裏打ち紙を、新しい紙に替えることが必要だが、その前に、画面の欠落に対して補修をする。専門の機織り工房で、古い時代の絹に似せて織った絹を、強制的に劣化させてから使用する。修復する絵画の絹がすでに数百年を経過し、強度も伸縮性も低くなっているので、その欠失部を補修する絹は、伸縮性の低い劣化した絹が求められるからである。
 
 昭和40年頃、国指定の歴史絵画等を修理する工房の集まりである国宝修理装こう師連盟から相談を受けた、当時東京国立文化財研究所化学研究室の樋口清治氏が、乾燥状態で、かつ非加熱で処理する方法として放射線被爆による劣化に思い至り、高崎原子力研究所に相談し、γ線からテストを初めて、電子線照射による絹の脆弱化に至った。
 
 実験開始当初に見られた絹の焼け焦げは、照射用容器と装着の工夫、熱放散の為の途中取り扱い、などにより現在では、回避されている。
 現在、年間4回、各種の組織に織成し、砧打ち、染色等の予備処置をした絹を、まとめて電子線照射して、より適切な補修用資材にするべく、劣化実験を継続している。120枚を晒し木綿に包みジュラルミンン製の底なし容器に太鼓の皮のように宙吊りにセットして、1回のパスで約2Mrad゛の照射で、15パスを繰り返す。それを7から8回繰り返し、総計で170から230Mradを被爆させる。照射初めの15パスですでに、きれいな黄色味を発色する絹も、2,3日から1週間ほどで、徐々に落ち着いた薄褐色の自然色となる。電圧2.0M、ビーム電流2.0mA、コンベアー速度2.26m/minの条件で照射する。
 
 大画面が多い仏画等では、一度に2m2もの補修絹を必要とする。現在、1年間に凡そ50点ほどの絹に描かれた歴史的絵画が修復され、160m2ほどの絹を消費している計算になる。紫外線照射も試行されているが、所要時間が長く、照射むらが出来やすい。その点、電子線劣化は、大量に補修用絹を供給する手段として、絵画修理に不可欠な処理方法となっていると同時に、性質改善への実験継続が行われている。

コメント    :
自然劣化した、歴史的絵画の絹は、中心に柔軟性が残りつつ、繊維外側の破損、摩滅、とともに脆弱性が示されている。これに対して、電子線劣化の絹は、繊維全体が脆く、表面の摩滅等が無いため、組織上の類似性にもかかわらず、表面感覚は異なってしまう。染色性、絵具の付着性も悪く、まだ改良の余地があるため、種々の予備処置を施した上で照射実験を継続している。しかし、定期的にある程度の量を確実に入手できる人工劣化法として、現在、重要文化財絹本絵画修復に不可欠な補修用素材となっている。

原論文1 Data source 1:
電子線による補修用絹の劣化促進処理
樋口 清治*1、西浦 忠輝*2、 国宝修理装こう師連盟
*1東京国立文化財研究所(当時)、*2東京国立文化財研究所
特別研究報告「表具の科学」

キーワード:history, fine art, painting, silk, conservation, restoration, irradiation, electron beam, deterioration, weakening, contraction
歴史、美術、絵画、絹、保存、修復、照射、電子線、劣化、脆弱化、収縮性
分類コード:020301, 010106

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