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作成: 2002/09/01 井上 雅好

データ番号   :020158
イオンビーム誘発突然変異とその育種利用
目的      :イオンビームによる有用突然変異の効率的な誘起
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :AVFサイクロトロン
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所TIARA
照射条件    :空気気流中
応用分野    :農学、植物育種

概要      :
 ガンマ線やエックス線とは異なる物理的特性をもつイオンビームの植物における生物影響についての研究が進み、その特性が明らかになりつつある。シロイヌナズナ、タバコ、ソバ、各種の園芸植物でのイオンビームの照射効果、特に、誘起突然変異の特徴と植物育種での利用について紹介する。

詳細説明    :
 イオンビームは、ガンマ線やエックス線よりも高い線エネルギー付与(Linear Energy Transfer, LET)をもち、局所的な領域に大きなエネルギーを付与することができる。そのため、照射体へのエネルギー付与の様相は、ガンマ線などの低LET放射線と異なり、単位線量ならびに単位面積あたりで比較すると、低LET放射線では多数の場所に少ないエネルギーが広く付与されるのに対して、イオンビームでは少数の領域に大きなエネルギーが集中して付与されることになる。このようなエネルギー付与の違いによるイオンビームの生物効果の違いが明らかにされつつある。He、C、ArあるいはNeイオンを照射したシロイヌナズナやHeあるいはCイオンを照射したタバコにおいて、200 keV/μmを越えるLET範囲で相対的生物効果比が最も高く、ガンマ線や電子線(LET, 0.2 keV/μm)の10〜15倍の照射効果となることが確認されている。また、イオンビーム照射損傷の修復がガンマ線照射の場合と異なることも認められている。
 イオンビームの突然変異誘起効果についても低LET放射線の場合と異なる点が確認されつつあり、従来得られなかった変異体や特異な変異体も多数得られており、それらの一部は品種登録申請されている。
 Cイオンを照射したキク品種「大平」の花弁や葉片からの誘導カルスから得た再分化個体での変異率はガンマ線照射の場合のほぼ半分であったが、花色変異スペクトルはガンマ線より拡くなり、ガンマ線では単色の変異が大部分であったのに対して、イオンビームでは複色や条斑タイプの変異が多数誘発された。
 タバコでは、花粉へのイオンビーム照射により交雑不親和性が効率よく打破できること、打ち込み深度の浅いイオンによる突然変異の誘起には花粉への照射が有効であることが明らかになり、また、培養葯へのHeあるいはCイオンの照射によってポテトウィルスY耐性変異体が高頻度で得られた。
 Cイオン照射したシロイヌナズナでは、種子色、毛茸および胚軸長に関する突然変異が電子線照射に比べて、33、8および16倍高いことが認められ、紫外線照射下で野生株より1.5〜2倍の生育を示す紫外線耐性変異体が得られている。さらに、花弁の先端がギザギザでフリル状になる変異体(frill)の分析から、第1染色体に座乗するフリル遺伝子(Frill)が見い出されている。
 Cイオンを照射したカーネイション品種「ビタル」の微細葉片からのダイレクトシュートに由来する個体での花色・花弁の形などの突然変異体率は、ガンマ線照射の場合と同程度で、エックス線やエチルメタンスルフォネイト処理よりも高かった。また、変異スペクトルはイオンビーム照射で最も広く、特異な変異体も多数得られた。
 異型花柱性で自家不和合性の普通ソバ品種「美山南宮地在来」の種子にHeイオンを照射し、照射当代でのオープン採取の後、毎世代自殖を重ねることによって自殖第6世代で短柱花で自家和合性の固定系統が得られた。
 Nイオンを照射したバーベナ品種「花手毬コーラルピンク」植物体の後代で、不稔性により開花特性が向上し、株の老化の抑制や花房数の増加が認められる変異体が得られた。
 以上に述べたイオンビームの突然変異誘起効果の概要を表1にまとめた。また、図1に、イオンビームの生物効果について既に確認された事柄と今後の研究の展開の見通しについて示した。

表1 イオンビーム誘起突然変異
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植物                           照射材料  イオン 線量(Gy) 変異形質            変異体率
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キク「大平」                     花弁・葉片 C      5〜15    花色               15.9%
タバコ「BY-4」                   葯        C・He   5〜10    ポテトウィルスY耐性 3.4%
シロイヌナズナ「Columbia」       種子      C      100〜200 紫外線耐性          4系統/1,280M1種子
シロイヌナズナ「Columbia」       種子      C      150      フリル変異          1個体/12,000M2個体
                                                                                    (1,500M1種子)
シロイヌナズナ                 種子      C      150      tt,gl               2.0×10-6/Gy
カーネ−ション「ビタル」         葉片      C      5〜30    花色、花弁等        2.8%
ソバ「美山南宮地在来」           種子      He     20〜60   自家不和合性・短花柱 1系統/309M1個体
バーベナ「花手毬コーラルピンク」 植物体    N      1〜10    開花特性 
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図1 植物におけるイオンビームの照射効果



コメント    :
 高LET放射線であるイオンビーム照射により、低LET放射線とは異なる突然変異スペクトルが得られたり、高い変異率であることが明らかになってきた。ここに述べた以外にもイネ、サツマイモ、ナス、ベゴニア、ランなどにおいてもイオンビームに特徴的な突然変異誘起効果が認められており、植物育種における変異作出の方法としてイオンビーム照射が有用であり、大きな成果が期待できる。
 一方、イオンビームは収束性が高く、イオンの種類や照射エネルギーを変えることによって照射体へのイオンの打ち込み深度を制御できる。言い換えれば、ビーム径を絞ったマイクロビームとして限定されたターゲット部位へのイオンの定量的な照射が可能である。この特性を利用した細胞加工技術の開発も進みつつある。イオンビームの突然変異誘起効果やイオンマイクロビームによる細胞加工を利用した植物育種、"イオンビーム育種"、の今後の展開に期待したい。

原論文1 Data source 1:
Effects of heavy ions on the germination and survival of Arabidopsis thaliana
A. Tanaka, N. Shikazono, Y. Yokota, H. Watanabe, S. Tano
日本原子力研究所高崎研究所
Int. J. Radiat. Biol., 72, 121-127, 1997

原論文2 Data source 2:
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原論文3 Data source 3:
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京都府立大学農学部
Radiat. Environ. Biophys., 40, 221-225, 2001

原論文4 Data source 4:
Mutation induction on chrysanthemum plants regenerated from in vitro cultured explants irradiated with 12C5+ ion beam
S. Nagatomi, A. Tanaka, A. Kato, H. Watanabe, S. Tano
農業生物資源研究所放射線育種場
JAERI. TIARA Annual Report, 1995, 50-52, 1996

原論文5 Data source 5:
Effective production of interspecific hybrids between Nicotiana gossei Domin and N. tabacum L., by the cross with ion beam-irradiated pollen
T. Yamashita, M. Inoue, H. Watanabe, A. Tanaka, S. Tano
京都府立大学農学部
JAERI TIARA Annual Report 5, 44-46, 1995

原論文6 Data source 6:
Pollen as a transporter of mutations induced by ion beams in Nicotiana tabacum
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京都府立大学農学部
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原論文7 Data source 7:
Potato virus Y-resistant mutation induced by the combination treatment of ion beam exposure and anther culture in Nicotiana tabacum L.
K. Hamada, M. Inoue, A. Tanaka, H. Watanabe
京都府立大学農学部
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原論文8 Data source 8:
Rearrangements of the DNA in carbon ion-induced mutants of Arabidopsis thaliana
N. Shikazono, A. Tanaka, H. Watanabe, S. Tano
日本原子力研究所高崎研究所
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原論文9 Data source 9:
UVB resistant mutants of Arabidopsis induced by ion beams
A. Tanaka, A. Sakamoto, Y. Ishigaki, O. Nikaido, N. Shikazono, S. Tano, H. Watanabe
日本原子力研究所高崎研究所
JAERI TIARA Annual Report. 1998, 39-41, 1999

原論文10 Data source 10:
Production of self-compatible common buckwheat by ion exposure
Y. Nomura, M. Hatashita, M. Inoue
福井県農林部
FAGOPYRUM (in press), 2002

原論文11 Data source 11:
FRL1 is required for petal and sepal development in Arabidopsis
Y. Hase, A. Tanaka, T. Baba, H. Watanabe
日本原子力研究所高崎研究所
The Plant Journal, 24, 21-32, 2000

参考資料1 Reference 1:
イオンビーム育種によるカーネイション新品種シリーズの育成
岡村正愛、安野紀子、大塚雅子、田中淳、鹿園直哉、長谷純宏
キリンビール植物研
第11回TIARA研究発表会要旨集, 17-18, 2002

参考資料2 Reference 2:
重イオンビーム照射を利用した花卉新品種育成の試み
鈴木賢一
サントリー・基礎研
日本育種学会第100回講演会グループ研究集会(サイクロトロンミュータジェネシス研究会「RARFにおける植物への重イオン照射の現状」)資料

キーワード:イオンビーム, 線エネルギー付与, 突然変異率, 突然変異スペクトラム, 花型, 交雑不親和性, ポテトウィルスY耐性, 紫外線耐性, 不稔性
ion beam, linear energy transfer, mutant frequency, mutation spectrum, flower type, cross-incompatibility, potato virus Y-resistance, ultraviolet-resistance, sterility
分類コード:020101,020301, 020501

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