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作成: 2004/4/28 森 敏, 塚本 崇志

データ番号   :020157
陽電子放出トレーサイメージング装置(PETIS)によって得られたオオムギとトウモロコシにおけるFe-52の移行の動画
目的      :植物生体内における物質の吸収移行の機構の解明
放射線の種別  :陽電子
放射線源    :サイクロトロン、52Fe
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所AVFサイクロトロン
応用分野    :植物栄養, 作物栽培, 変異体や遺伝子組み換え植物の検定, 土壌肥料

概要      :
 陽電子放出トレーサイメージング装置(PETIS)を用いることにより、オオムギ、トウモロコシにおける52Feの吸収移行の動態が非破壊リアルタイムで計測され、植物生体内における鉄(Fe)の移行が初めて動画で示された。Feの吸収と移行に及ぼす環境条件として、1)Fe欠乏処理(オオムギ)、2)明暗処理(オオムギ)が調べられ、トウモロコシについて、3)「鉄-ムギネ酸」のトランスポーターであるYS1を欠損した変異株ys1と野生種の比較が行なわれた。これらの実験から、植物生体内におけるFeの移行について新しい知見が得られた。

詳細説明    :
 鉄(Fe)は植物にとって必須の元素であり、ポルフィリン環の生合成、ヘム、Fe-Sクラスターなど、多くの酵素機能に必要である。鉄は土壌に豊富に存在しているが、土壌鉄の主成分である水酸化第二鉄は難溶性であり、植物が利用しにくい。それ故、植物は土壌中の鉄を効率的に可溶化して吸収する鉄獲得機構を発達させてきた。イネ科植物はファイトシデロフォアと総称される三価鉄キレーターであるムギネ酸類を根から分泌し、土壌中の不溶態の三価鉄を鉄-ムギネ酸類複合体として可溶化し、根の細胞膜に局在する「鉄-ムギネ酸類複合体トランスポーター(YS1)」により吸収する。植物生体内での鉄の移行のメカニズムは未だ生理学的にも不明な点が多い。PETIS(positron emitting tracer imaging system)により初めて明らかになったオオムギおよびトウモロコシ生体内における鉄の吸収移行に関する知見をその実験データの動画と共に紹介する。
 
1)鉄欠乏のオオムギと鉄十分のオオムギにおける52Feの吸収と移行
 鉄欠乏と鉄十分のオオムギ共に、52Fe3+-デオキシムギネ酸(DMA)投与後、地上部の基部にあたるdiscrimination center (DC)に52Feが多く蓄積した(図1)。DCは将来葉や根になる分裂組織を含んでおり、植物にとって代謝的に非常に強いシンクの組織である。鉄欠乏区では、52Fe3+-DMA投与30分後にDC、1.5時間後に葉鞘、そして4.5時間後に最新葉、最大展開葉および分げつ新葉のイメージが現れた。この新しい葉への優先的な鉄の移行には、DCがその分配に重要な役割を果たしている可能性が高い。一方、鉄十分区では52Fe3+-DMA投与1.5時間後にDCのイメージが現れたが、地上部のイメージは現れなかった。鉄欠乏区では、鉄十分区に比べて地上部へ52Feを多く移行した。トウモロコシでは鉄-ムギネ酸類複合体トランスポーター遺伝子YS1の発現は鉄欠乏により根でも地上部でも誘導される。オオムギの鉄-ムギネ酸類トランスポーター遺伝子は未だ同定されていないが、おそらくオオムギの鉄-ムギネ酸類トランスポーター遺伝子も鉄欠乏で誘導されると考えられる。





左(-Fe):鉄欠乏オオムギ
右(+Fe):鉄十分オオムギ
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図1 鉄欠乏と鉄十分のオオムギにおける52Fe3+-DMAの吸収と移行(参考資料2より引用)


2)鉄欠乏のオオムギにおける暗処理による52Feの移行への影響
 暗条件下では、鉄欠乏のオオムギにおいて、52Feが葉鞘と最新葉に多く移行したが、古い葉への52Feの移行は抑制された(図2)。一方、明条件ではどちらも植物体全体に52Feが移行した。計測開始1時間後で、明条件区の葉鞘や植物体全体のイメージが続けて現れた。暗条件区では、投与1.5時間後に葉鞘、2.5時間後に最新葉のイメージが現れた。暗条件区では古い葉のイメージは現れなかった。暗処理によって、全体的には、地上部への鉄の移行が抑制はされたが、最新葉には暗条件下でも鉄が移行することが明らかとなった。H215Oを用いたイネでの実験では暗条件下では地上部への水の流れがほぼ完全に止まっている(参考資料1)にも関わらず、このオオムギの実験ではDCや葉鞘、特に最新葉への52Feの移行は、暗処理によって抑制されなかった。一方、古い葉への52Feの移行は暗処理で抑制された。この結果は、蒸散流は古い葉への鉄の移行に大きく影響しているが、最新葉のような鉄の要求性の高い組織への移行には影響がないことを示している。




          
左:暗条件
右:明条件 (250 μmol photon m-2 s-1)
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図2 暗処理の52Feの移行に対する影響(参考資料2より引用)


3)トウモロコシのys1変異体における根からの52Fe3+-DMAの吸収移行(原論文1)
 トウモロコシの鉄-ムギネ酸類複合体トランスポーターYS1を欠損したys1変異体における52Feの地上部への移行は野生型に比べて大きく減少した(図3)。ys1変異体におけるYS1の欠損によって、根からの52Fe3+-DMAの吸収が減少して、DCや地上部への52Feの移行が減少したのだと考えられる。ys1変異体において、52Feの吸収が減少したことから、トウモロコシにおいてYS1は根の鉄-ムギネ酸類の主要なトランスポーターであることが示された。しかし、ys1変異体においても、52Feが地上部へわずかには移行した。このことはYS1以外の他の鉄-ムギネ酸類トランスポーターが52Fe3+-DMAを吸収した可能性を示唆している。





左(ys1):ys1変異体
右(WT):野生型(cv. Alice)
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図3 ys1変異体における52Fe3+-DMAの吸収と移行(参考資料2より引用)



コメント    :
 PETISは天然変異体や人工変異体、また遺伝子導入植物などにおいて遺伝子機能を検定しようとするときに、ただ単に生長量の測定や金属含量の測定などというような間接的な検定法と比較して、より直接的に短時間で可視的に遺伝子機能発現の結果を物質の動きで観察できるという点で非常に有用である。とりわけ物質のトランスポーターの機能と環境要因との関係を解明できる強力な最新の手段である。

原論文1 Data source 1:
Absorption and transfer of the iron (52Fe) in the iron absorption maize mutant 'ys1'
T. Tsukamoto, S. Kiyomiya, H. Nakanishi, H. Uchida**, N.S. Ishioka*, S. Watanabe*, S. Matsuhashi*, T. Sekine* and S. Mori
東京大学農学生命科学研究科
*日本原子力研究所高崎研究所
**浜松ホトニクス
TIARA Annual Report 2001, JAERI-Review 2002-35 (2002) pp.92-93

参考資料1 Reference 1:
Light activates H215O flow in rice: Detailed monitoring using a positron-emitting tracer imaging system (PETIS)
S. Kiyomiya, H. Nakanishi, H. Uchida*, S. Nishiyama*, H. Tsukada*, N.S. Ishioka**, S. Watanabe**, A. Osa**, C. Mizuniwa**, T. Ito**, S. Matsuhashi**, S. Hashimoto**, T. Sekine**, A. Tsuji*, S. Mori
東京大学農学生命科学研究科
*浜松ホトニクス
**日本原子力研究所高崎研究所
Physiologia Plantarum 113, 359-367 (2001)

参考資料2 Reference 2:
植物生体内における52Feおよび[11C]IAAの移行の動画
東京大学農学生命科学研究科植物分子生理学研究室
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/pmp/petis/index.html

キーワード:植物栄養、陽電子放出トレーサイメージング装置、動画、鉄欠乏、蒸散流、変異体解析、トランスポーター
plant nutrition, positron emitting tracer imaging system (PETIS), animation, iron deficiency, transpiration, mutant analysis, transporter
分類コード:020501, 020303, 020304

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