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作成: 2003/12/24 山口 博康

データ番号   :020149
放射線照射と組織培養によるトルコギキョウの突然変異品種の育成
目的      :トルコギキョウの突然変異による品種育成法および育成品種の紹介
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源(88.8TBq),137Cs線源(4.84TBq)
線量(率)   :0.75Gy/day、1Gy/day、1.5Gy/day
利用施設名   :農業生物資源研究所放射線育種場ガンマーフィールド、ガンマーグリーンハウス
照射条件    :生体緩照射
応用分野    :植物育種、品種改良、農業

概要      :
トルコギキョウについて、小輪で花数の多いスプレータイプおよび切り花向きの草姿の改良を目標とし、突然変異の利用による改良を試みた。ガンマーフィールド、あるいはガンマーグリーンハウスで生体緩照射した植物の花弁および葉片を組織培養して得た再分化個体の中から、花形質や草姿の特性が優れた3系統について品種登録した。

詳細説明    :
1.トルコギキョウは花色、花型が豊富で花持ちが良いことから、人気のある花である。従来の品種よりも小輪で花数の多いスプレータイプおよび切り花向きの草姿への改良を目標とし、突然変異の利用による改良を試みた。トルコギキョウは自殖での種子採取が可能である。しかし、葉、茎、根といった組織からの不定芽の誘導が容易であることから、生体緩照射と組織培養を用いることで変異体の効率的な獲得をねらった。
2.方法:5月にトルコギキョウの栽培品種パステルムラサキ(鮮紫色覆輪)、モルゲンロート(濃赤紫色覆輪)およびパーティードレス(クリーム色)の幼苗をガンマーフィールドに植え付け、あるいは鉢植えの幼苗をガンマーグリーンハウスに配置し栽培し、1日あたりの線量0.25〜1.5Gyで開花までの90日間緩照射を行った。照射した植物から採取した花弁および葉片を外植片として、カルス培地(NAA1.0mg/L、BAP0.5mg/Lを添加したMS培地)に置床しカルスを誘導し、再分化培地(BAP1.0mg/Lを添加したMS培地)に移植して再分化個体を得た。翌年3月に再分化した1,500個体を圃場に定植し、開花期に花色、花の大きさ等の特性を調査した。その後、各個体ごとに自花受粉による種子を採取した。それらの種子を翌年播種、栽培し、花形質や草姿を調査して、希望型の個体を選抜した。さらに、それらを自花受粉して採種し、栽培して、形質が安定した系統を選抜した。
3.照射の影響:照射当代では照射線量率1.5Gy/dayで花弁に色が薄くなったセクターがみられ、1.0Gy/day以上で葉の縮れが観察された。パステルムラサキおよびモルゲンロートにおいては、1.5Gy/dayではカルスができにくく、得られた再分化個体も少数であった。
4.小輪変異体の誘発頻度:パステルムラサキおよびパーティードレスについて、再分化当代における小輪の変異体の誘発率を示した。両品種とも0.75Gy/day以上の区で高頻度で誘発された。無照射の培養材料からは小輪変異は全く得られなかった。誘発率を培養部位別に比較したところ、花弁を外植片としたほうが葉を外植片とした場合よりも、高い傾向がみられた。

表1 照射・培養による再分化当代の小輪誘発率(原論文1より引用)
品種 照射線量率
(Gy/day)
培養部位 調査株数 小輪誘発率
(%)
パステルムラサキ 0
0.75未満
0.75
1.0
1.5
花弁
花弁
花弁
花弁
花弁
12
1
29
91
4
0
0
21
10
25
0
0.75未満
0.75
1.0
1.5





10
18
0
79
16
0
0
0
9
19
パーティードレス 0
0.75未満
0.75
1.0
1.5
花弁
花弁
花弁
花弁
花弁
64
36
83
57
61
0
28
17
23
10
0
0.75未満
0.75
1.0
1.5





24
31
44
16
1
0
3
14
19
100
5.登録品種の特性:特性が優れた系統は、特性が固定していることを確認し品種登録を申請した。それらの特性は、以下のようである。
パープル・ロビン:原品種はパステルムラサキ。ガンマーフィールドで1日あたりの線量1.5Gyで照射された株の花弁を外植片として、カルス由来の再分化個体から選抜。花は小輪。花冠先端が濃紫、花冠中間部から下部が白の覆輪。節間長が他の紫覆輪品種に比べて非常に短く節数が多く、茎が硬い。
パープル・ファンタジー:原品種はパステルムラサキ。ガンマーフィールドで1日あたりの線量1Gyで照射された株の花弁を外植片として、カルス由来の再分化個体から選抜。花は中輪。花冠先端が濃紫、花冠中間部から下部が白の覆輪。葉幅が従来品種の半分ですっきりした外観。
レッド・ロビン:原品種はモルゲンロート。ガンマーグリーンハウスで1日あたりの線量0.75Gyで照射された株の葉片を外植片として、カルス由来の再分化個体から選抜。花は小輪。花冠先端が赤紫、花冠中間部から下部が白の覆輪。花蕾数がやや多く、開花輪数が多いスプレイ咲き。


図1 育成された3品種 左から、パープル・ロビン、パープル・ファンタジー、レッド・ロビン



コメント    :
生体緩照射と組織培養の組み合わせによる変異体獲得技術を、自殖可能な種子繁殖性植物に適用した例である。栄養繁殖性作物においては組織培養を用いる利点として、キメラの解消、および変異細胞から直接植物を作出することで多くの変異体を獲得できることが挙げられる。種子繁殖性植物ではキメラが問題となることがないため組織培養が用いられる例は少ないが、変異細胞だけから植物が作られることでイネにおける穂内キメラのようなことがなくなるため、次世代で変異体を得る効率が高くなることが期待できる。ここで紹介したトルコギキョウの品種育成例において小輪変異が高い頻度で得られていることは,組織培養を用いたこともひとつの要因であると考えられる。一方、自殖による種子繁殖が可能な植物においては、放射線照射による障害等が受精の過程で篩にかけて落とされる。これは栄養繁殖性の植物にはない利点である。それらを考えあわせると、自殖性植物の突然変異育種においても、組織培養と放射線照射の組み合わせは検討されるべき方法のひとつであろう。

原論文1 Data source 1:
放射線によるトルコギキョウ培養系由来の突然変異品種の育成
上条正明、永冨成紀*、岡崎利一
(社)長野県農村工業研究所、農業生物資源研究所放射線育種場*
育種学雑誌46別(1):63(1996)

原論文2 Data source 2:
トルコギキョウの緩照射培養による突然変異3品種の育成
永冨成紀*、上条正明
農業生物資源研究所放射線育種場*、(社)長野県農村工業研究所
放射線育種場テクニカルニュース No.53 (1996)

参考資料1 Reference 1:
品種改良の基礎と実際、バイオテクノロジーの利用
大川清 編著
静岡大学農学部
花専科育種と栽培トルコギキョウpp22-35

キーワード:突然変異育種, トルコギキョウ, ガンマ線, 組織培養, ガンマーフィールド, ガンマーグリーンハウス, 緩照射, 花き, 突然変異品種, mutation breeding,Eustoma grandiflorum,gamma ray,tissue culture,Gamma field,Gamma greenhouse,chronic irradiation,flower and ornamental plants,mutant variety
分類コード:020101,020105,020501

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