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作成: 1999/11/19 天野 悦夫

データ番号   :020142
環境条件依存型雄性不稔イネ「農林PL 12」の育成
目的      :環境条件依存型の突然変異体の選抜とそのハイブリッドライスへの応用
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co
線量(率)   :20kR(200Gy相当)
利用施設名   :農業生物資源研究所 放射線育種場 ガンマールーム
照射条件    :風乾種子の大気中照射
応用分野    :自殖性作物でのハイブリッド種子の大量生産、環境依存性突然変異体の選抜法の開発、環境依存性表現型の機構の解明研究

概要      :
 本来自殖性の稲を雄性不稔変異を利用して他殖性として扱い、雑種強勢による多収をはかることは中国では細胞質性の雄性不稔を使って実用化されている。しかし、雑種種子の生産やその品質など、新しいシステムの開発では多くの問題がある。高温条件によって雄性不稔になる新しい核遺伝子突然変異はその改善策の一つと期待されている。

詳細説明    :
 
 農林水産省では昭和60年ころに、稲の低価格生産を中心とした大きなプロジェクトを進めていた。そのころに、米国から稲のハイブリッド栽培のための種子の売り込み攻勢がかけられてきた。本来雄花と雌花が分かれて着くトウモロコシでは、顕著な雑種強勢現象があり、殆どの先進品種はハイブリッド(F1雑種)になっている。この場合、生育がよいからといってその種を取って蒔いても、もう勢力が弱くなっていて、数代で消えてしまうのが普通である。従って、ハイブリッド栽培の場合は毎年種子を購入しなければならず、少数の種苗業者に農業が牛耳られてしまうことになる。日本の稲の場合は消費者の好みや、本来自殖性の稲の特性を含めて、そのような事態にはならないと思われるが、この外圧は日本に於けるハイブリッドライスの研究に拍車を掛けた。元々ハイブリッドライスの基本となった細胞質雄性不稔とその回復系統は、沖縄の新城氏によって開発・確立されたのであるが、米国を経て、現在中国で実用化されている。
 
 突然変異法は核内遺伝子の突然変異による雄性不稔の誘発はむしろ得意技であったが、大量に雄性不稔変異体の純粋系統を確保することは出来なかった。しかし中国に於けるハイブリッドライスの研究から、核遺伝子の突然変異で日長時間に関連する物(PGMS)があるとの報告が出てきたことで変化が出てきた。これならば、特定の条件の下では劣性ホモ個体を大量に育成できる、まさに画期的発見なのである。
 
 上記の農水省のプロジェクトの中に、突然変異によるハイブリッドライスの研究が含まれることになり、環境依存型の雄性不稔の選抜が行われて、ハイブリッドライスには望ましい半矮性遺伝子を既に持っているレイメイのガンマ線照射材料の中から、環境条件依存性の雄性不稔突然変異系統が選抜された(表1)。選抜作業はまず突然変異体を分離するM2世代を圃場に展開し、種子稔性の低い系統を選んで、温室で栽培を続けることで始められた。幸いなことに稲は収穫時期以後も十分に世話をすれば、ひこばえから生育して出穂結実する。その中から温室条件で種子稔性が回復する物を選抜できたのである。結実の条件を調べた結果、この場合は一般の夏の高温では花粉が不稔になるが、28℃以下のやや低い温度では正常に花粉が作られることが判ったのである(表2)。この系統は農水省の交配用系統「農林PL 12」として登録されている。

表1 Breeding procedure of a TGMS line, Norin PL 12(H89-1) 温度感受性の核遺伝子雄性不稔系統(TGMS)、農林PL 12の育成経過(原論文1より引用)
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    Year   Generation                          Selection
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 1983         M1     Irradiation of 20kR γ-ray to Reimei,one panicle harvested per
                      plant
 1984-1986            Stored
 1987         M2     2500 lines,10 plants each, 281 sterile lines selected,retrans-
                      planted into greenhouse,4 fertile lines selected out of 281 lines.
 1988         M3     4 lines in greenhouse
              M4     4 lines in field,one line selected,tested for EGMS in phyto-
                      trons
              M5     1 line in greenhouse,named as H89-1,tested for TGMS in
                      phytotrons
 1989         M6     1 line in field,tested for TGMS in phytotrons
 1990         M7     registerd as Norin PL 12
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表2 Fertility of Norin PL 12 under constant temperatures 恒温条件での農林PL 12 系統の種子及び花粉の稔性(原論文1より引用)
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 Temperature    Lines     Seed set    Percentages of
                         percentages  fertile pollen
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  31℃       Norin PL 12      0.0%         0.0%
  28℃       Norin PL 12      3.2         11.9
  26℃       Norin PL 12     89.7         92.5
  24℃       Norin PL 12     88.9         95.9
  21℃       Norin PL 12     82.7         92.9
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               Reimei     78.6-95.8     91.1-99.8
             (control)   (mini.-max.)  (mini.-max.)
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Note:Experiments were done in temperature controllable growth
     chamber with natural sun light in 1989.
    :Day length was adjusted to 15 hours from 4:30 to 19:30.
 このような系統では夏にやや低温である高冷地や北日本で、あるいは暖房不十分の温室で冬季に栽培すれば、劣性ホモの純系の大量育成が可能である。さらにこの形質は劣性であるために、これらを使ったF1雑種では実用栽培では発現が抑えられて、細胞質雄性不稔の場合には不可欠であった稔性回復遺伝子を必要としないので、全体のシステムが遙かに簡単になる(図1)。


図1 Comparison of F1 seed production system by CMS and EGMS. 細胞質雄性不稔と環境依存型核遺伝子雄性不稔のF1雑種種子の生産方法の比較 Three Line Method:F1 seed productionsystem by cytoplasmic male steririty (CMS) and restorer gene(Rf) Two Line Method:F1 seed production system by environment-sensitive genic male steririty(EGMS).(原論文1より引用)

 もともと自殖性の稲を他殖型に改造して、新しい農業形態を展開しようとする場合には、基本となる雄性不稔だけではなく、そのほかの耐病性や環境条件への適応・耐性など新しい問題点が出てくる。ハイブリッドライスが実用化されている中国でも、市販品の品質が問題になっていると武漢の研究者に聞いたことがある。元来雑種強勢現象は、親の遺伝的な距離が離れているほど強く出るので、同じ遺伝子を交配で両親に振り分けることは望ましくない。そのような場合に、劣性遺伝子が必要ならばそれぞれ新しく突然変異法で誘発すれば良い。優性遺伝子が必要ならば、交配で導入するか遺伝子の組み込みによらねばならない。
 

コメント    :
 日本でハイブリッドライスが普及できるかどうかは、そのためのF1雑種種子の生産性と、全体のシステム構築がうまく行くかどうかにかかっている。環境条件によっては劣性ホモの雄性不稔系統の大量生産が可能と期待されるTGMSだけでなく、背景遺伝子群の改良には突然変異や遺伝子導入の新鋭技術によるサポートが必要になる。
 一方で、温度変化によって表現型が変化する現象は、遺伝子の変化とそれから生産される蛋白の機能・構造についての研究分野を拓かせることになるであろう。

原論文1 Data source 1:
Enhancement of Outcrossing Habits of Rice Plant (Oryza sativa L.) by Mutation Breeding.
Kiyoaki Maruyama, Hitoshi Araki, Hiroshi Kato and Etsuo Amano
National Agriculture Research Center and Joint FAO/IAEA Division, IAEA
Gamma Field Symposia No. 29 11-25 (1990)

キーワード:イネ、ハイブリッドライス、雄性不稔、温度依存性、TGMS、放射線、突然変異
rice, hybrid rice, male sterility, temperature dependent, TGMS, radiation, mutation
分類コード:020101, 020301, 020501

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