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作成: 1999/12/05 天野 悦夫

データ番号   :020138
キュウリの突然変異体誘発・選抜法
目的      :他殖性作物における突然変異体の誘発と選抜法の確立
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :137Cs 2000Ci 
線量(率)   :1〜10 kR (10〜100 Gy)
利用施設名   :放射線育種場 Cs ホットセル
照射条件    :開花当日早朝の葯を大気中で照射
応用分野    :他殖性作物の突然変異育種、自家和合型他殖性植物での突然変異体の作出

概要      :
 雄花と雌花が分かれて着く瓜類では、種子に放射線を照射して個体内での自家受粉をしても、なかなか突然変異体は得られにくい。本研究では半世代遡って花粉に放射線を当てることで、変異キメラの解除を図り成功したことを示している。まだ実験技術の実証段階であるが、今後実用的な変異体の選抜育成が望まれる。

詳細説明    :
 
 放射線の照射による突然変異体の誘発と利用は、自家和合・自殖性の種子繁殖性作物の稲や大麦では容易であり、栄養繁殖性の果樹類などでは、成果は元の遺伝子型に依存はするものの、非常に効果的に使われてきた。しかし、他殖性の種子作物の場合は、変異誘発のための種子の照射は容易であるものの、既に多細胞に分化している種子胚では、突然変異の起こった細胞は分裂増殖して成長しても、組織に一部にしか入っていないモザイク状の変異キメラ状態になっている。同じ花の中に雄しべと雌しべが分化する自家受粉型の植物では雌雄生殖細胞は同じキメラ組織内であることが殆どで、自家受精によって突然変異体を分離してくるが、キュウリやトウモロコシのように、雄花と雌花が分かれて着生する場合は、殆どすべての場合雄と雌の生殖細胞は別個のキメラに所属することになり、同一個体内での自家受粉でも突然変異体はまだ分離していない。
 
 そこで、半世代遡って花粉に照射すれば、同じ果物或いは同じ穂につく種子は別々の花粉に由来するために、1粒ごとに別々の突然変異を含むことになるが、その種子胚の中では各細胞核はほぼ均一になっている。このような種子から生えてくる植物体は全身均一に近いので、同一個体の内部で上の方の雄花と下の方の雌花を交配しても完全な自家受精が期待でき、変異体が分離してくる。このことを実証したのが原論文1の報告とその短いまとめに当たる原論文2である(表1)。

表1 ガンマー線照射花粉の交配後、自殖1代を経て検出されたキュウリ芽生突然変異体(原論文2より引用)
------------------------------------------------------------------------------------------------  
変異形質           照射線量         分離比            形質詳細  
                     (kR)       (変異体数/発芽数)
Mutant trait      Irradiation     Segregation         Details of mutant characters
                    dosage      ratio(Mutant/Total)
------------------------------------------------------------------------------------------------                                                  
緑縁波形白色子葉       2            17/66            子葉展開時には中央部分が白く、周縁部が緑色。 
Green and wavy rimed                                その後、子葉の中央部分は緑色になり波を打つ。 
white cotyledon                                     本葉は正常。                                                          
                                                    Center of cotyledons were white and rims
                                                    were green.Later,central part became                                                                                                                       
                                                    green,and rim of cotyledons took wavyform.
                                                    Leaves were normal.
 
白色子葉           2           10/56             子葉は完全に白いが、胚軸は薄緑。
Albino cotyledon                                    Cotyledons were white but hypocotyl
                                                    was light green.
 
角型子葉           2           17/57             子葉が牛の角の様にそりかえる。本葉も奇形                                                           
Horn like cotyledon                                 茎の断面が丸い。                       
                                                    Cotyledons were warped like a bull horn.
                                                    Leaves were also deformed.
                                                    Transverse section of stem was circular.
  
矮性1            2            15/51            子葉はやや小型である。胚軸は短く、
Dwarf1                                              本葉はごく小さい。
                                                    Cotyledons were small and the hypocotyl
                                                    was short.Leaves were very small.
 
矮性2*            2             4/49            同上
Dwarf2                                              Same as above.
 
淡緑子葉1          4            11/57            子葉は展開時には淡緑色。本葉も展開時には
Light green cotyledon1                              淡緑色で後、正常な緑色になる。
                                                    Initially,cotyledons were light green
                                                    and young leaves were also light green.
                                                    Then they truned to normal green.
 
淡緑子葉2          8            11/44            同上
Light green cotyledon1                              Same as above.
  
縮れ本葉           4            10/50            第一本葉が縮れている。二葉以降はしだいに
Shrunken leaves                                     正常形となる。
                                                    The first leaf showed shrunken shape
                                                    but later leaves progressively turned
                                                    to normal
------------------------------------------------------------------------------------------------ 
 *:圃場栽培で雄性不稔個体(雄花落花)を分離した。 
  Also,male sterile plants were segregated in the field.
 この報告では、基本的な変異体の誘発・検出技術を開発するための実験を扱っているので、まだ実用的な変異体の検出には至っていない。例えば、表1の2番目にある白色変異体はそのままでは生き延びることのできない、一種の劣悪変異体に当たる。しかし、突然変異体の検出に当たっては非常に明確な指標であるとともに、バイテク分野での細胞融合実験では細胞自体に目に見える標識として有効に使用できるであろう。


図1 緑縁波形白色子葉(原論文2より引用)

 図1の場合もそれ自体では実用的な変異体ではなかったが、その明確な形態からこの方法が有用な技術であることを強く示唆している。


図2 ハート型丸葉(原論文2より引用)

 形態的に興味あるものとしてはこのハート型丸葉が出ている(図2)。左の方にある果実のように元の「四葉型」の家系をはじめ、その特性は殆ど元のままであった。ただ葉の形は周縁が引っ込んだ元の星形に比べて、きれいなハート型丸葉になっていた。着葉数や蔓の性質は変わっていなかったが、日本のキュウリネットを使う営業栽培では重要になる巻き蔓が、元の系統の素直な一本に対して、途中で二本に枝分かれしており、多少は蔓の伝い上がりに役に立つのではないだろうか。少なくとも葉の形だけでも品種の標識としては有用となるだろう。
 今後はこのような方法を駆使して、より実用的な耐病性の突然変異体などの育成が期待される。

コメント    :
 本報告は半世代を遡って処理する花粉照射によって、自家和合性の植物であれば、雄花と雌花が分かれて着くような瓜類でも、突然変異体の誘発・検出ができることを実証している。
 この方法は手元に放射線源を持っていることが必要であるが、種子のガンマ線依頼照射の様な場合は、主茎の切り戻しによって、子蔓、孫蔓を育て、蔓の内部のキメラを拡大或いは消去してやれば、同じ効果が出る事も示されているようである。

原論文1 Data source 1:
Pollen Irradiation to Obtain Mutants in Monoecious Cucumber.
Shuichi Iida and Etsuo Amano
Inst. Rad. Breed., NIAR, MAFF, and IAEA
Gamma Field Symposia No. 29 : 95-111 (1990)

原論文2 Data source 2:
他殖性作物における突然変異体の誘発・選抜法の開発 -花粉照射を用いたキュウリの芽生突然変異   体の誘発-
飯田 修一、天野 悦夫
農業生物資源研究所 放射線育種場
放育場テクニカルニュースNo.32 pp1-2 (1987)

キーワード:他殖性作物、キュウリ、突然変異、変異体選抜、放射線、花粉照射、変異キメラ、瓜類、自家和合性
Outcrossing crops, cucumber, mutation, mutant detection, radiation, pollen irradiation, chimeric sector, melons, self compatibility
分類コード:020101, 020301, 020501

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