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作成: 1999/02/24 天野 悦夫

データ番号   :020136
作物育種用放射線施設:世界の状況
目的      :生物実験用γ線緩照射施設
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co
線量(率)   :5Gy/d 以下
利用施設名   :米国Brookhaven Nat'l Lab. Gamma-field, タイ国 Kasetsart 大学γ線照射センター施設
照射条件    :主に生育中の植物の緩照射
応用分野    :放射線生物学研究、突然変異遺伝学研究、農作物の突然変異育種

概要      :
 濃縮も希釈もできず、しかも放射線影響は受けつつも生存・生殖・増殖が必要という生物実験では、専用の施設・設備が求められる。中でも緩照射は放射線照射施設の中では特殊な物である。一時、世界でも多くの施設が建設運用されたが、現在では殆どが閉鎖されている。しかし独自の設計と技術によった我が国の放射線育種場では、梨の耐病性品種を始め多くの成果を生みだし運用中である。最近では組織培養法の併用でガンマー温室シミュレーターという考え方で、タイ国に新しい施設が造られ、新しい行き方を示唆している。

詳細説明    :
 
 放射線照射による誘発突然変異育種法は、一部の先進研究では既に第2次大戦以前から進められていたが、原子力研究とその技術開発が進んだ1950年代からは、世界的に放射線生物学の研究及びその作物育種等への利用が進んだ。原子力技術の平和利用を目的とする国際原子力機関(IAEA)は、同じく国際連合の機関である国際連合食糧農業機構(FAO)と協力して、平和利用のシンボル的分野の一つである突然変異育種の推進をしてきている。担当部門の集計によると1996年現在で世界では1700品種を越える成果が公的に発表普及されている(原論文3)。
 
 これらの成果の元となる突然変異の誘発には主にγ線やX線の照射が用いられているが、照射された生物は放射線の影響を受けながらも、生存して生殖、増殖を続ける必要があり、照射線量等は厳密に制御することが必要である。世界での一般情勢としては、実験室の片隅に置くこともできる、箱形の照射器(γHot-Cell)が多く使われているが、日本や欧米では生物照射用に工夫されたγ線照射室、照射施設が造られることが多い。その中でも、長期にわたって生育中の植物等に照射を続けることを目的とした緩照射施設は、一般の工業用施設とは異なる面が多い。ガンマーフィールドはその典型であり、その小型化、あるいは冬季対策としてのγ温室を含めて、1950/60年代には世界でも多数の施設があった(表1)。

表1 世界におけるガンマーフィールド(類似施設を含む)設置状況(原論文2より引用)
Country Location Belongs to: Nucleid Intensity Facility Area Operated since:
Australia Canberra Division of Plant Industry 60Co 100Ci. Gamma room 30m2 ?
Belgium Brussels Ministere des Affaires Economiques et de L'Energie Commissariat a L'Energie Atomique 137Cs 20 Gamma greenhouse 100 1962?
Costa Rica Turrialba Inter-American Institute of Agricultural Sciences 137Cs 1400 Gamma field 25000 1961
Denmark Roskilde Research Establishment Riso 60Co 100 Gamma field 2500 1957
Germany Koln Vogelsang Max-Planck-Institut fur Zuchtungsforschung 137Cs 20000 Gamma room 95 1967
Hungary Godollo Uni. of Agri. Sci. 60Co 105 Gamma field 800 1966?
India New Delhi Ind. Agri. Res. Inst. 60Co 200 Gamma field 12100 1960?
Italy Rome Laboratorio di Gentica Vegetale del Centro di Studi Nucleari della Cassaccia 60Co 250 Gamma field 6300 1960
Netherlands Wageningen Inst. of. Atom. Sci. in Agri. 137Cs 3000 Gamma room 140 1963
Netherlands Wageningen Inst. of. Atom. Sci. in Agri. 137Cs 300 Gamma greenhouse?   1963
Norway Vollebekk Institutt for Arvelaere og Planteforedling 60Co 50 Gamma field 10000 1956
Philippines Quezon City Phi. Atom. Res. Center 60Co 630 Gamma field 38 1964
Spain Madrid Instituto Nacional de Investigaciones Agronomicas 137Cs 2250 Gamma field 1900 1961
Sweden Balsgard Fruit Breeding Station 60Co 40 Gamma field 250 1952
Sweden Bogesund Royal Forestry College 137Cs 1000 Gamma field 80000 1955
Thailand Pranakhon Kasetsart University 137Cs 100 Gamma greenhouse 80 1961
United Kingdom Berkshire Wantage Res. Lab. 60Co 120 Gamma room ? ?
U.S.A. Boyce,Va. Blandy Exp. Sta. 60Co 200 Gamma field 100 1957
U.S.A. L.I.,N.Y. Brookhaven Nat.Lab. 60Co 3000 Gamma field 52000 1949
U.S.A. L.I.,N.Y. Brookhaven Nat.Lab. 60Co 8.2 Gamma greenhouse 128 ?
U.S.A. L.I.,N.Y. Brookhaven Nat.Lab. 60Co 0.21 Gamma greenhouse 30 ?
U.S.A. L.I.,N.Y. Brookhaven Nat.Lab. 137Cs 9500 Gamma forest 500000 1961
U.S.A. Atlanta,Ga. Emory University Reactor   Gamma field 3800000 1958
U.S.A. Atlanta,Ga. Emory University 137Cs 2500 Gamma field ? 1962
U.S.A. Atlanta,Ga. Emory University 60Co 160 Gamma field 190 1959
U.S.A. Atlanta,Ga. Emary University 137Cs 15000 Gamma forest ? planne
U.S.A. Oak Ridge,Tenn. Oak Ridge Nat.Lab.Tenn. 60Co 110 Gamma room ? 1956
U.S.A. Gainsville Fla. Uni.of Florida 60Co 5900 Gamma field 66 1958
以上のほかガンマーフィールドとして次のものが知られているが、詳細は不明である。
Atomic Energy Establishment Trombay, Bombay, India
 当時は放射線生物学研究が盛んな時期であると共に、核戦争の脅威が騒がれていた時期でもあり、米国では原生林の中に強いCs線源を置いて、周辺の植物が枯死して行く状況を観察するようなことまでも行われていた。このころに広く採用されていた装置は、下部あるいは地下に線源容器を置いて、遠隔装置によってワイヤーで線源を吊り上げるブルックヘブン型と通称される物が多かった。本家のブルックヘブン国立研究所の場合は停電でも操作できるようにと、手回しのウインチに、作業者の南京錠を付けるという素朴ながら、安全性を重視した物であった。しかし、広い用地が確保できるという条件に支えられて、上部遮蔽はなく線源周りのほぼ全球面にγ線が放射される方式であった(図1)。


図1 ブルックヘブンのガンマーフィールド。右の方のパイプ柱の中を線源が上がってくる(作成者原図)。

 しかし、その後、従来型の放射線生物学研究がほぼ完結し、核戦争の脅威も遠のくと見られたことなどから、維持の困難なこれらの野外照射施設は次第に閉鎖されていった。その中で、我が国のガンマーフィールド(別に項目あり)は日本独自の概念と技術で設計された上方への放射線を遮蔽したものであり、一つの品種の育成にも長期間を要する農作物の育種を主な目的とした施設として、現在も線源を更新しつつ運用されている。なお、線源は60Coであるため、5年ほどで半量に減弱するが、照射圃場内に植え込まれた樹木等は簡単には移植できないので、線源を更新して個体毎の線量率が一定になるように維持している。現在は2年ごとに更新している。
 
 我が国のガンマーフィールドの線源周りは散乱線、スカイシャイン漏洩の軽減のために改善が加えられているが、図2は基本構造を良く示している。中央の四角い箱の下面に顔を出している線源容器自体は上空遮蔽を兼ねており、線源は中央の半球形のアルミカバーの中まで出てくる。水平方向の制御は大きな円形の鉛入りの遮蔽リングによって、半径100mの照射圃場の周りに巡らした直射線遮蔽堤防から外に出ないように調整されている。


図2 我が国の放射線育種場のガンマーフィールド線源部分(作成者原図)

 最近の世界での傾向として、野外照射施設の建設は環境放射線規制の観点からも難しくなっている。しかし実用技術として確立してきた組織培養法を併用することで、完全に放射線遮蔽された照射室内でガンマ線照射温室を模倣するという考え方で、IAEAの援助によって1998年にタイ国のバンコックにγ線室内緩照射施設が完成している。運営に当たるカセトサート大学では地域内国際共同利用に向けて準備を進めているということである(参考文献1)。

コメント    :
 放射線照射の効果を与えながら、その個体の生存・生殖・増殖を必要とする生物実験や育種への応用においては、十分な線量制御が必要である。更に生物への長期照射、果樹や樹木などの大型個体への照射においては、成育中の照射ができる緩照射施設としてのガンマーフィールドが有意義である。最近では新しい考え方による室内緩照射施設が建設されるなど、引き続き緩照射法が研究手段として取り上げられている。

原論文1 Data source 1:
Mutagenic Radiation : 2.1 Radiation types and sources
R. W. Briggs
Funk Bros. Seed Co., USA
Manual on Mutation Breeding, IAEA (1970), pp 9-21

原論文2 Data source 2:
ガンマーフィールドの線量分布及び放射線の環境に及ぼす影響に関する研究
河原 清
放射線育種場
放射線育種場研究報告第1号 (1967) pp 1-64

原論文3 Data source 3:
海外における放射線育種 -現状と将来展望-
天野 悦夫
福井県立大学
エネルギーレビュー (1996) 16(10) : 18-21

参考資料1 Reference 1:
Gamma Irradiation Service and Nuclear Technology Research Center
Kasetsart University
Kasetsart University
Brochure of the Center

キーワード:ガンマ線、作物育種、突然変異、緩照射、野外照射、圃場照射、ガンマーフィールド、組織培養、果樹、
Gamma-ray, plant breeding, mutation, chronic irradiation, outdoor irradiation, field irradiation, gamma-field, tissue culture, fruit tree
分類コード:020105,020101,020501,020502

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