放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1999/11/04 天野 悦夫

データ番号   :020133
宇宙空間における宇宙放射線の遺伝的影響
目的      :宇宙空間(スペースシャトル)における宇宙放射線の遺伝的影響
放射線の種別  :重イオン,中性粒子
放射線源    :宇宙線等
フルエンス(率):(微少)
利用施設名   :スペースシャトル「エンデバー」
照射条件    :スペースシャトル内の空気中
応用分野    :宇宙飛行の条件の検討、微少重力環境での放射線の効果の検討

概要      :
 地球を取り巻く大気はその厚さのために、地上で生活している我々には宇宙放射線の一部を遮蔽してくれている。遮蔽されない大気圏外での放射線に加えて、宇宙船内では重力も微少化されており、これらの相乗効果も問題になっている。それらを明らかにするために、スペースシャトルに実験用のショウジョウバエを積み込んで、遺伝的効果の検討が行われている。

詳細説明    :
 
 人類も含めて地球上で生命活動を営んでいる生物は分厚い大気層や荷電粒子をはじき飛ばす性質を持つ地磁気とによって、宇宙線から守られている。しかし、宇宙空間ではこれらの遮蔽物が無いために、宇宙放射線の量は桁違いに多くなる。軌道高度約300kmを飛行するスペースシャトルの場合でも、宇宙放射線の線量率は地表の100倍以上に達すると報告されている。現実にはスペースシャトルの飛行時間は比較的短いので、放射線の影響は小さいと推定されるが、宇宙基地計画などにおいては、微少重力条件との相乗効果についても十分に検討しておく必要がある。本報告はキイロショウジョウバエを実験材料として、スペースシャトル・エンデバーに乗せて、生じてくる劣性致死突然変異を指標として検討している。
 
 実験系としてはキイロショウジョウバエの野生株Canton-Sと放射線感受性の高い mei-41 の2系統を用いて、X染色体上に位置するハエの生存に不可欠な遺伝子に起こった劣性突然変異を調べた。この染色体には約800個の必須遺伝子があると考えられており、そのどの一つに致命的な変異が生じても致死突然変異として観察される。この実験では大気圏外で飛行している8日間に、スペースシャトル内の摂氏20度に維持された飼育箱(図1)の中に保持飼育しているだけで、ハエは宇宙船の側壁を通過してくる宇宙線などに曝露されたわけである。


図1 搭載用のハエ飼育瓶とハエ容器(コンテナー)(原論文2より引用)

 宇宙船に乗せたのは各系統の雄成虫200匹ずつである。帰還した野生型体色の雄を突然変異検定用の黄色体色の雌と交配し、その娘バエと検定用の黄色体色の雄とを1組ずつ別々の飼育瓶で交配した。宇宙飛行中に雄の生殖細胞のX染色体に劣性致死突然変異が生じると、この実験系では野生型体色の雄成虫が出てこない。黄色体色の雄が羽化しているのにその瓶では野生型体色の雄が居ない場合に、元々の祖父の生殖細胞のX染色体には劣性致死突然変異が起こっていたと判定された。なお、このような微少効果についての実験では、対応する地上対照群が極めて重要になる。本実験については参考資料にもかなり詳細に苦労話が述べられているが、予備実験をはじめ周辺の機材の扱いなど、システムとしての管理をはじめ、実験用の小物に至るまで、持ち込みか現地調達かの検討も十分にしておかねばならないようである。このような苦労の結果を表1に示す。

表1 ショウジョウバエの宇宙飛行群及び地上対照群における伴性劣勢致死突然変異頻度の比較(原論文1より引用)
--------------------------------------------------------------------------
系統      実験区    調査したX染色体数    致死突然変異を      頻度
                            持つX染色体数        (%)
--------------------------------------------------------------------------
Canton-S  飛行群        9,176               22           0.240*
          地上対照群      9,177               11           0.120*
--------------------------------------------------------------------------
mei-41    飛行群        9,355               37           0.396**
          地上対照群      8,975               12           0.134**
--------------------------------------------------------------------------
* 5%の危険率で有意差あり
**1%の危険率で有意差あり
 飛行群における突然変異頻度は系統によって、2から3倍と高くなっていた。低LETの放射線での地上実験では、対照群よりも2から3倍高めるには1Gy以上の線量を照射する必要があるという。その他、実際の飛行中の線量測定を勘案すると、この差は無視できないものになってくる。過去のスペースシャトルでの実験でセイヨウナナフシムシでも発生異常が観察されていることなどから、一つの可能性として、放射線の影響が微少重力下では著しく増強されるような相乗効果が示唆されている。

コメント    :
 宇宙空間は放射線と微少重力の関連をはじめ、多くの研究課題があるが、殆どのもので、地上での対照実験との比較が必要且つ有意差の検定が重要である。原論文2に述べられているように、この実験でも実験器具自体の問題をはじめ、地上対照区の準備などの周辺要素への配慮が必要であった。実験では宇宙飛行での効果が肯定的に現れたが、宇宙飛行の安全性については、実験の意義をはじめとして、いっそうの検討が必要であろう。

原論文1 Data source 1:
HZEおよび宇宙放射線の遺伝的影響
池永 満生
京都大学放射線生物研究センタ-
環境医学研究所年報(1994)XLV:327-328

原論文2 Data source 2:
特集:SL-J/FMPTライフサイエンス実験の体験記録 HZEおよび宇宙放射線の遺伝的影響 準備期間や飛行中に生じた種々の問題点
池永 満生
京都大学放射線生物研究センタ-
宇宙生物科学 1993, 7(4):367-376

キーワード:宇宙、宇宙放射線、重粒子線、微少重力、ショウジョウバエ、遺伝効果、X染色体、突然変異、スペースシャトル
Space, space radiation, heavy ion beam, microgravity environment, Drosophila fly, genetic effect, X-chromosome, mutation, space shattle
分類コード:020502, 020103, 020303

放射線利用技術データベースのメインページへ