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作成: 1999/02/20 天野 悦夫

データ番号   :020130
淡水養殖魚への放射線照射の効果
目的      :魚類の性分化機構制御のための半数体の育成
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :「γ線」以外の詳細記載無し
線量(率)   :1Gy〜1,000Gy(1Gy = 100rad)
利用施設名   :詳細記載無し
照射条件    :室温、水中
応用分野    :半数体生産、養殖用純系魚育成、養殖魚育成基礎研究

概要      :
 受精前の精子あるいは卵子に高線量のγ線を照射すると、被照射細胞核が破壊され、受精卵では非照射側の核から半数体が発生する。更にこれらに600気圧以上の水圧を加えると、その半数体核が倍加され、完全な純系核型ができる。この研究はさらに、3倍性、4倍性といった倍数体魚の育成に展開・派生して多くの興味ある結果がでている。なお、紫外線照射での類似のヘルトビッヒ効果が得られることも知られている。

詳細説明    :
 
 魚類は一般に体外受精であると同時に、1個体当たりの産卵数が、種によっては億単位と極めて多く、たとえ発生開始時の染色体操作後の生残率が低くとも相当数の個体を得ることができる。ここでいう染色体操作とは、一方の配偶子の染色体を放射線照射等で不活性化し、他方の染色体のみで単為発生させたり、それらを倍数化させるなどの方法を言う。
 
 我が国ではカキなどの貝類からブリ、マダイ、ヒラメ、フグからマグロ等の魚類に至るまで、大規模な養殖が行われている。しかし、一部に全生活環の制御ができていても、一般の家畜等のような育種活動にはまだ至っておらず、自然あるいは人工増殖による幼魚からの育成に留まっていることが多い。その中で、淡水魚では金魚や錦鯉を始め、熱帯魚類といった観賞魚では多くの美麗な品種系統が育成されている。食用の魚類では、かろうじてマス類で生活環の完全制御がなされ、育種への道が開けつつある。養魚場によってはアルビノのニジマスが元気良く泳いでいるのにも出会う。これら淡水魚完全養殖の成功から、育種方向に向けた研究が成果を挙げつつある。本報告の場合は上記のような染色体操作の基本となった雌性発生、雄性発生についての報告とその後の研究の展開を述べている。
 
 精子が放射線に被曝すると、その精子で受精された胚に、種々の障害が現れてくる(図1)。しかし被曝線量がある量を超すと、逆に障害が軽減されてくると言う興味深い現象が見られる(図2)。

図1 低線量のγ線を照射された精子で受精されたサケの卵の生残率。(原論文1より引用)



図2 低線量のγ線を照射された精子で受精されたサケの卵の生残率。(原論文1より引用)

 サケの精子にγ線を照射した場合、100Gy程度でもっとも障害が大きく、受精卵の生残率が最低となるが、それよりも照射線量が高くなると、今度は受精卵の生残率が高く回復してくる。しかしこれらの高線量では照射によって精子が損傷を受け、受精は全く起こらなかった。同様の現象は、γ線の代わりにX線あるいは紫外線を照射したときにも見られる。この現象は1911年にHertwigにより、蛙で初めて見出され、ヘルトビッヒ効果を呼ばれている。又この現象は未受精卵に放射線を照射し、正常な精子を受精した場合にも見られる。正常な方の核に対応して、雌性発生あるいは雄性発生と呼ばれる。いずれもこのままではこの魚体は半数体である。
 
 基礎生物学特に脊椎動物の発生の研究の進んだカエルでの実験を参考にした600気圧以上の高圧の水圧処理法によれば、ニジマスでもこれらの半数性の卵から2倍体を得ることができた。図3にはアルビノ(白色魚)を雄として、精子に放射線照射をし、正常色の雌親の卵を雌性発生させた場合の水圧処理の例を示す。ニジマスのアルビノは優性形質であるが、雌親の卵核のみから発生した雌性発生卵にはアルビノ個体が出ず、全て雌性発生であったことが判る。


図3 ニジマスの雌性発生卵に、650kg/平方cmの圧力をかけた場合の2倍体とアルビノの出現率(正常発生胚は対照実験である)(原論文1より引用)

 この研究は、更にいろいろな倍数性魚の創出や、雌雄性の制御へと展開し、いろいろな興味ある成果が出ている。例えば、サケ・マス類では雌ホモ型のXY型が、一般的であるらしいが、XXホモの雌からの卵子はX染色体しか持たないから、雌性発生によって得られた仔は2倍体となっても全て雌となる。実際にサケ、サクラマス、ニジマス、イトウの雌性発生2倍体は全て、雌であることが確かめられた。さらにこのようなXX稚魚に雄性ホルモンを与えて、性転換を図り、偽雄を作ると、その偽雄の精子は全てXとなるから、正常の雌との交配で大量の雌魚を生産できる。一方雄性発生により得られる2倍体の仔は正常なXX雌か、YY型となる。このようなYY型の雄を超雄というが、このYY雄を用いると全ての仔はXY型の正常な雄魚となる。
 
 ホルモン処理技術は既に確立された物であるが、従来の用法ではそれぞれの仔の性比から成果を判定せねばならなかった。しかし、雌性発生卵を用いると雌雄性の制御がより単純容易となる。

コメント    :
この研究では放射線によるDNAへの障害をうまく利用している。単為発生のためには電離放射線でなく紫外線でも目的を達成できるが、研究の端緒としてはγ線の使用が有益であった。突然変異育種とは異なる方向ではあるが、新しい養殖魚タイプの創出、展開という点では特筆に値する研究へと展開されている。

原論文1 Data source 1:
サケ・マスの染色体工学と応用
小野里 坦
北海道大学水産学部
遺伝 (1984) 38(8):17-23

原論文2 Data source 2:
染色体工学的手法による育種
小野里 坦
北海道大学水産学部
回遊魚の生物学 学会出版センター 東京 pp 35-251

キーワード:魚類、鮭鱒類、養殖魚、ガンマ線、高線量、ヘルトビッヒ効果、単為発生、半数体、倍数体
fish, salmon, traut, hatchery fish, gamma-ray, high dose, Hertwig effect, parthenogenesis, haploid,
polyploid
分類コード:020502, 020304,

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