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作成: 1999/02/07 天野 悦夫

データ番号   :020126
刺さないミツバチ
目的      :ミツバチ刺針の無害化の試み
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co (2000 Ci)
線量(率)   :30 Gy
利用施設名   :農水省・放射線育種場 ガンマールーム
照射条件    :コロニー(巣箱)をガンマールーム室内で照射
応用分野    :ミツバチの完全家畜化、ハウス園芸用受粉昆虫の無害化

概要      :
 代表的な養蜂種であるセイヨウミツバチは、産卵を専業とする女王蜂の寿命は3〜5年と長く、その死後も娘が女王となってコロニーは受け継がれるため、飼養管理がしやすく永く利用されてきた。最近では採蜜だけではなく、園芸農家のハウス栽培作物用に受粉用昆虫としても使われているが、蜂の扱いに慣れない一般農家で利用するためには刺さないミツバチの育成が望ましい。本研究はその方向への試みとして、放射線の照射によって刺針の異常を誘発したものである。将来は遺伝的変異として固定されることを期待したい。

詳細説明    :
 
 永い年月にわたり人間に役立つよう改良・育種された作物や家畜は、野生種とはずいぶん異なった形質を持つように育成されてきた。一方では同時に人間の庇護が無くてはその形質が発揮されないばかりか、生存さえも危うくなるという一面も持っている。現在我が国での代表的な養蜂種であるセイヨウミツバチはこの意味では家畜に相当し、農林水産省でも古くからミツバチを対象とする研究室がある。しかしながら、ミツバチはその特殊な生殖様式などから、人間にとって不利な形質を改良する育種が遅れており、蜂類本来の刺傷性はそのままであり、慣れた作業者でも不自由な防護装備をして飼養管理している。
  
 昆虫、特に社会構造を持つ蜂類の中で、1匹の雌(女王)だけにより巣が創設されるアシナガバチやスズメバチ等ではいかに巣が巨大になろうとも、女王の死によって、その集団は崩壊し、又巣の再利用は行われない。一方、ミツバチは高次真社会性昆虫と呼ばれ、女王を連れて一群の働き蜂が、巣を創設し(分封)、産卵を専業とする女王によりコロニーの増大が図られる。女王の寿命は3〜5年と永く、その死後も娘が女王となって受け継がれ、その集団が崩壊することはない。このような生活環を持つために、飼養管理がされやすく、永く養蜂として利用されてきたのであろう。ミツバチには四つの種があるが、今日ではセイヨウミツバチの系統が世界中で広く飼養されている。最近ではハウス栽培など閉鎖空間内での作物栽培で、花粉媒介といったアルバイト業にもかり出されているが、本来の養蜂技術のないハウス栽培農家にも容易に取り扱えるようにするためには、蜂の刺針による危害の防止が望まれる。
 
 ミツバチでは、その生殖システムが特殊で、働き蜂は全て生殖機能を持たない雌蜂であり、本来の産卵管は外敵に対処するための刺針になっている。この刺針器官を遺伝的な突然変異によって退化させて、飼養管理者の人間を刺さないような家畜化を図ることは、この蜂の生殖システムから考えて、非常に難しいが、生育段階で放射線を照射することによって、刺針を奇形化し、刺さないミツバチを作ることができている(図1)。


図1 通常のミツバチ(左)と「刺さないミツバチ」(右)の刺針(原論文1より引用)



図2 「刺さないミツバチ」の刺針。 刺さないミツバチの刺針は、刺針を構成している2種の針(styletとlancets)が分散しており、「刺す」機能を喪失している。さらに、毒液を注入するための弁(valve)も分散しているため毒液を送る機能もない。(原論文1より引用)

 刺針自身は一つの管を形成するように、2種類の針(一つのstyletと二つのlancet)で構成されており、刺針の先端には釣り針のように抜け止めの返し鈎(barbs)が付いており、刺されば抜けにくい形態となっている。刺すときには二つのlancetが交互にスライドするように機能し、刺針が相手の表皮深く刺さって行く。更に刺針の基部には毒液を入れる袋があり、全体はそれを操作する歯車的機構とそれに関与する筋肉によって動かされる。敵を刺した刺針は返し鈎のため抜けることが無く、最終的にはミツバチの身体から刺針全体がちぎれ、そのまま毒液を相手に送り込む。そのミツバチ自身はまもなく死ぬが、一つの巣には他にも多くの働き蜂が残っているので、集団としての被害は大きくない。
 
 「刺さないミツバチ」では、刺針のstyletとlancetが分散しており、互いにスライドしつつ刺すという機能を喪失している。同時に毒液を注入するための弁も刺針からはずれ、毒液を送る機能も無い(図2)。このような変化を起こさせるには、放射線量、照射法、ミツバチの発育段階などの検討が必要となる。現在二つの方法が有効であることが判っている。
一つは既に交尾し、受精嚢に精子を蓄えている女王に20〜50Gyのガンマ線を急照射する方法で、いくつかのコロニー(集団)で、0.5〜1.0%と低率ではあったが、「刺さないミツバチ(働き蜂)」が出現した。更にその様な働き蜂は分封コロニー(次世代の集団)にまで現れた。表現形式から見て、単一の遺伝子による突然変異ではないと推察される。これらの遺伝資源を元に、交配と選抜を繰り返せば、安定な「刺さないミツバチ」の系統が育成できると考えられ、努力が続けられている。


図3 ガンマ線の照射を受けるミツバチコロニー(原論文1より引用)

 もう一つの方法は働き蜂の発育途上の段階、すなわち老熟幼虫から蛹へと変態する時期、(産卵後8〜10日目)に30Gyのガンマ線を急照射する方法である(図3)。この場合は、照射個体のほとんど全て(97%)が「刺さないミツバチ」となった。この方法によれば、永続的な物ではないが、刺さないミツバチのコロニーを人工的に作ることができる。なお蜜源植物を持ち込んだ実験環境下での飛翔性、訪花性等の行動の調査では、通常のミツバチとの差異は認められなかった。照射施設を含む生産コストの面を別にすれば、この「刺さないミツバチコロニー」の実用性は十分にあると考えられる。

コメント    :
 本報告では放射線照射によってミツバチに刺針の異常を起こさせることが出来ることを示した。残念ながら効率の良かった第2法では、この刺針の異常はほとんどが遺伝的なものではなく、異常を起こした働き蜂が死ねばそれで終わりであろう。継続的に「刺さない」蜂を生産するには適期に適量の放射線の照射を続けなければならず、実用にはまだ達していない。しかしこのような端緒によって、第1法について原論文にも触れられているように、遺伝的な「刺さない」変化を女王蜂や雄蜂に誘発できれば完全な家畜として、育成する事ができよう。なお本報告では、本質的に野外放飼されるミツバチでの、改良が成功したときの環境への影響についても考察を加えているのは好感が持てる。

原論文1 Data source 1:
ミツバチの利用拡大 -刺さないミツバチ-
天野 和宏
農水省畜産試験場
エネルギーレビュー 1996年10月号 pp6-10

キーワード:有用昆虫、ミツバチ、ガンマ線、刺針異常、放射線障害
Useful insect, honey bee, gamma-ray, abnormal sting, radiation damage
分類コード:020103,020304,020502

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