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作成: 1999/01/13 天野 悦夫

データ番号   :020124
低アレルギー性の米の育成へ向けて
目的      :低アレルギー性食品の開発
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源
線量(率)   :既存のガンマ線誘発変異体から選抜
利用施設名   :農業生物資源研究所放射線育種場ガンマ線照射室
照射条件    :既存のガンマ線誘発変異体から選抜
応用分野    :植物育種、アレルギー患者等の特殊分野の要求に合わせた食材の開発
食品の特定成分の削減改良

概要      :
 米飯を食べることによってアレルギーが発症すると言う不幸な患者が近年増加している。原因となるアレルゲン蛋白は米粒の中の16kDa塩可溶性蛋白質であることが明らかにされたので、この成分を削減することを目的に既存の水稲のガンマ線誘発突然変異系統を調査して、有望系統を選抜した。1998年末現在品種登録の手続き中である。

詳細説明    :
 
 魚介類などの特定の食品からアレルギー症状を起こすことは良く知られているが、米飯を食べることによってもアレルギー症状が発症する患者が近年増加している。その原因となるアレルゲン蛋白は、米粒の中の塩可溶性蛋白であることが明らかにされ、その後、分子量16,000の蛋白(16kDaアレルゲン・タンパク質)であることも示された。農林水産省所属の放射線育種場で、主に形態に関する突然変異系統として誘発され、保存されていた約1,500系統の突然変異体の胚乳貯蔵タンパク質を、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動法によって調査したところ、分子量が約16,000のタンパク質がかなり減少した突然変異体が2系統(85KG-4及び86RG-18)見出された。 
 
 85KG-4はコシヒカリに、86RG-18はレイメイに、それぞれγ線を種子照射して得られていたもので、いずれも胚乳が粉質の突然変異体として選抜されていたものであった。これらではそれぞれの元の系統に比較して、分子量16,000のタンパク質の量が半分程度に減少していた。更に、アレルゲンタンパク質に対するポリクローナル抗体及び、モノクローナル抗体を使った検定実験により、これらの系統において減少していたタンパク質は16kDaアレルゲン蛋白であることが示された(図1)。


図1 米粒蛋白の分析例 a)タンパク質の泳動像、b)ウサギ多抗原免疫像、c)マウス単抗原免疫像. (原論文3より引用。 Reproduced from Theoretical and Applied Genetics (1993) 86:317-321, Fig.1(p.318), T. Nishio, and S. Iida, Mutants having a low content of 16-kDa allergenic protein in rice (Oryza sativa L.); Copyright(1993), with permission from Springer-Verlag and authors.)

 いずれの系統も、元の品種と交配した雑種の自殖後代の分離がメンデルの法則に従う原品種型3:低アレルゲン型1であったこと、および分離してきた低アレルゲン型の後代は全て安定な低アレルゲン型であったことから、この低アレルゲン蛋白突然変異形質は単因子劣性遺伝子に支配されていることが示された。
 
 当初の選抜形質であった粉質性はやや不安定で、透明粒が見られることもあったが、低アレルゲンで透明な米粒の系統は得られておらず、粉質と低アレルゲン性とは変異した1遺伝子の多面発現あるいは強く連鎖した二つの突然変異遺伝子によると示唆されている(表1)。

表1 低アレルゲン(16kDa)変異体系統.(原論文3より引用。 Reproduced from Theoretical and Applied Genetics (1993) 86:317-321, Tab.1(p.319), with permission from Springer-Verlag and authors.)
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Mutant line  Original cultivar  Treatment  Protein composition         Other characters
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85KG- 4      Koshihikari        Gamma ray  Low 16 kDa,low 26 kDa,      Floury endosperm
                                (200 Gy)       high 57 kDa 
86RG- 18     Reimei             Gammy ray  Low 16 kDa,low 26 kDa,      Floury endosperm
             Pale green leaf    (200 Gy)       high 57 kDa  
87KG-970     Koshihikari        Gammy ray  Trace 16 kDa,trace 26 kDa,  Floury endosperm,
                                (200 Gy)       high 13 kDa                 sterile
89WPKE-149   Koshihikari        EMS        Trace 16 kDa,trace 26 kDa,  Floury endosperm,
                                (0.2M,5h)      high 13 kDa                 sterile
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 85KG-4では他の農業形質や炊飯米の品質は原品種のコシヒカリと大差なく、低アレルゲン米としての利用の可能性がある。本系統がそのまま低アレルゲン米として利用できるかどうかは医療機関による検討を要するが、簡易な調整によって、一層のアレルゲン低減化処理が可能な材料として優れていることは明らかになっている。精白された米粒を界面活性剤を含む塩水に浸し、減圧処理するだけで、高価な酵素処理によるアレルゲン低減化米と同程度にまで16kDaアレルゲン蛋白質を減らすことができている。


図2 稲突然変異体の検出法(半粒法)(原論文1より引用)

 これらのような種子胚乳に表現される形質の突然変異については、突然変異体を分離する世代の種子を半分に切断して、胚芽のない方を生化学分析に使い、それによって変異形質として検定された時に、胚芽のある方を蒔いて、栽培育成し、種子を採取する「半粒法」を使うことが出来る。数百粒以上を検定する労力と時間のかかる仕事ではあるが、いったん得られると後は増殖できるのが「半粒法」の長所である(図2)。

コメント    :
 これは生体含有物質の遺伝的ブロック法の典型的な例である。別の分子育種の方法として、遺伝子導入法によって、アンチセンスDNAを細胞核内に組み込み、生産されるmRNAを一つ一つつぶして行くという方法も考えられているが、その方法では抑制作用が完全ではなく、又遺伝子組み換えについての特許や安全性の問題が残る。それに対して突然変異法は、誘発や選抜の技術に難しさがあるが、アミロース合成酵素を破壊してモチ変異体を作ったり、菜種などで脂肪酸組成を変更したりと、生合成過程の抑制については非常に効果的な場面が多い優れた技術である。
 

原論文1 Data source 1:
イネ種子貯蔵タンパク質突然変異体の選抜と遺伝分析
飯田 修一
農業生物資源研究所・放射線育種場
Gamma Field Symposia No.34 (1995) pp31-48

原論文2 Data source 2:
イネの低アレルゲン系統の選抜
西尾 剛、飯田 修一
農業生物資源研究所・放射線育種場
テクニカルニュースNo.42 (1992) pp1-2

原論文3 Data source 3:
Mutants having a low content of 16-kDa allergenic protein in rice (Oryza sativa L.)
T. Nishio, and S. Iida
Inst. Rad.Breed.,NIAR MAFF
Theoretical and Applied Genetics (1993) 86:317-321

参考資料1 Reference 1:
Evaluation of a Rice Mutant as a Material of Hypoallergenic Rice.
S.IIDA, T.TAKANO, K.TSUBAKI, Z. IKEZWA and T. NISHIO
Inst. Rad.Breed.,NIAR MAFF, Asahi Denka Kogyo K.K., Yokohana City Univ.
Japan J. Breeding 43: 389-394 (1993)

キーワード:突然変異、イネ、ガンマ線、米粒蛋白、アレルギー、アレルゲン蛋白、分析法、選抜法、育種、
mutation, rice, gamma-ray, rice protein, alergy, alergen protein, analysis, screening, breeding
分類コード:020101, 020501, 020304

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